37:【百鬼夜行】の七不思議
「【百鬼夜行】の七不思議ですか?」
そう聞いたのは十歳の冒険者、狩人のロビン。隣の席には同年代の召喚士クライスも居る。
彼らの前に座るのはベテラン冒険者のドイークという二十代後半の男だ。
今は三人で屋敷一階の観戦ホールで飲み物を片手にテーブル席で観戦している。
同じ斥候役のよしみで話すようになり、ドイークは新人の斥候役である二人相手に相談役のような事もしている気前のいいベテランである。
「初めて聞きましたよ、七不思議なんて」
「結構有名だぜ?冒険者だけじゃなくて庭の観客も知ってる奴が多い。まー誰が言い出したのか知らんがな」
ドイークは水代わりの薄いエールを飲みながら二人の若者に話しかける。
聞くところによると、【百鬼夜行】の七不思議とは以下の事を指すようだ。
① 年をとらないダンジョンマスター
② 屋敷二階にある従魔の集会場
③ 不敬者の処刑人
④ ダンジョンの掃除屋
⑤ 百番目の従魔
⑥ 真夜中に光る沼
⑦ タマモ様の尻尾ベッドの寝心地
「こんなとこだが、誰も分からない事を面白おかしく噂話してるだけだな。七番目なんて謎でも何でもないし」
タマモ信者ではないドイークはそう語る。
ロビンとクライスからすれば知らない事の方が多い。
一番目のビーツの年齢については十八歳との事だが、見た目が十歳くらいなので「年をとらない」とされているのだろうと思う。とは言えエルフやドワーフなど見た目が若い長命種族も多いので、そこまで気にならない。
二人からすれば出来れば七不思議について詳しく聞きたいところだったが、そう言えば何で七不思議の話しになったのかと思い直す。
「で、お前らが気になってるのが五番目の『百番目の従魔』ってやつだ」
そもそもドイークがこんな話しを始めたのが、ロビンたちがホール天井に張られた巨大絵織物を眺めてからだった。
百体の従魔が勢揃いしている巨大絵の中央には、ダンジョンマスターのビーツ・ボーエンが普段の様子からは想像つかない従魔の王たる仁王立ちを見せる。
ビーツの足元にはいつもローブの中で主の護衛をしているスライムのクラビー。
ビーツを囲むように【三大妖】。
右隣に七歳ほどに見える少女、ダークヒュドラのオロチ。
右後ろに豪奢で目立つ、ナインテイルのタマモ。
左後ろに騎士然とした佇まいの炎鬼神シュテン。
じゃあビーツの左隣にいる少女は何者?というのがロビンとクライスの疑問だった。
見た目はオロチと同じく七歳くらいの少女。
緑銀の髪は長く、右隣のオロチと同じく眠そうな目をしているように見える。
ただオロチと違うのは頭から生えた二本の角。
まるでオーガ種のようだが角の形状がオーガ種とは違う。
何かの魔物だと思うが何の魔物だか分からない。そんな少女がビーツの隣という【三大妖】と並ぶポジションに描かれているのだ。
「じゃああの女の子が百番目の従魔なんですか?」
「多分な」
改めてドイークに確認したが、何とも曖昧な返事だ。
「あの絵には確かにビーツ・ボーエンの他に百体の従魔が描かれている。これは数を数えれば分かる事だ。俺も数えたが確かに百体居た」
「確かに」
屋敷に入った新人冒険者は天井の絵織物に圧倒され、慣れてくると英雄譚などで見知った有名従魔を絵の中から探し出す。そして「ホントに百体いるのかよ」と数を数えるのは【百鬼夜行】に挑む冒険者あるあるなのだ。
「トレーディングカードとかにも従魔ナンバーとか書かれてるだろ?で、今まで発売されてるヤツで九九体は出てるんだ。でも百番のヤツだけまだ出てきていない。それが多分ビーツ・ボーエンの隣にいる少女なんだよな」
露店で売られているトレーディングカードは現在、第十弾まで発売されており、従魔カードはレア扱い。通常のモンスターやアイテムカードなどがコモン扱いである。
第十弾ともなると幹部クラスの従魔は何度か登場しており、カードコレクターや従魔ファンは歓喜しているが、未だに従魔ナンバー百番の従魔は出ていない。
コレクターの中では「希少すぎて出てこないだけでは?」との噂もあったが、どこの話しからか、単純にカード化されていないだけとの結論が出た。
つまり発売元であるビーツ・ボーエンが意図的に情報を広めていないという事。
得られている情報は巨大絵織物での姿のみという事だ。
「なるほど。ビーツ・ボーエン本人とか従魔に聞いても分からないんですかね」
「前に誰かが聞いたらしいぞ。ビーツ本人に聞いたのか、従魔に聞いたのか、それともギルマスとかに聞いたのか知らんが。でも教えてはくれないらしい。秘密だとな」
「はぁ、なんていうか意外ですね。解説とか聞いててもダンジョンの探索方法とか従魔の対処方法とか、随分開けっ広げな印象ですけど」
「だろ?だからよっぽどの秘密があるのか、それとも単純に百番目だから秘密って事にしてるのか分からんが、まぁ七不思議は七不思議のままって事だな」
改めて天井を眺める三人。
何の種族か分からない少女。
強いのか、弱いのか、全てが謎に包まれた少女。
どこかでボスとして出てくるのか、いつかカード化されるのか。
三人は期待するような目で絵織物を見上げていた。




