29:とあるカオスパーティーの探索
ロビンたち【純白の漆黒】の五人は本日、休養日。
大抵、休みの時はそれぞれ別行動で過ごすが、この日は五人共に【百鬼夜行】のホールでモニター観戦している。
朝一から来たこともありテーブル席をとれたが、すでにホール内も庭園も立ち見で埋まるほどの賑わいを見せている。
「しばらくこんな感じかもな」
「そりゃそうさ。アダマンタイト級の戦いなんて早々見られないぜ」
そう。お目当ては探索し始めた【混沌の饗宴】だ。
二日前に探索し始めて、昨日は探索していない。
そして今日が二回目の探索である。
当然、浅い階層で見どころや盛り上がりもないが、それでも見たい冒険者や観客は多い。
今もモニターでは【混沌の饗宴】はほとんど立ち止まる事なく歩みを進めている。
片手間で魔物を倒しているが、それでも歓声が上がるのだ。
そんな観客席にモニターから音声が流れ出した。
『あーあー、テステス。聞こえてるかしら』
途端に観客席がざわつく。
「実況!?」「従魔戦じゃないのに!?」「女の声だ!ポポルじゃねーぞ!」など。
『聞こえてるようね!今日は特別に私、クローディア・チャイリプスがポポルさんに代わっての実況をお送りするわ!』
その声に観戦者の皆が驚いた。
英雄パーティーの一人、【陣風】のクローディアの名を知らない者など居ない。
途端に歓声が上がり大騒ぎになる。
そしてそれを無視するかのようにクローディアの声は続く。
『そんでゲスト解説は当然こいつよ!』
『どどどどうもビーツ・ボーエンです!ってクロさん!やっぱ僕無理ですって!』
さらに観戦者が驚いた。
【陣風】の実況に【百鬼夜行】の解説。英雄パーティーの共演。
もっと言えばダンジョンマスターによるダンジョン攻略の解説など、冒険者からすれば垂涎物の情報である。
そんな観戦者の驚きを余所に、クローディアの陽気なお喋りは続く。
『安心しなさい!あんた一人に解説させないわ!というわけでオロチカモン!』
『えっ』
『ん、来た。従魔ナンバー一番、オロチ、よろしく』
『うそっ』
『というわけで【魔獣の聖刀】の二人と従魔界のトップという豪華な布陣でゆる~くお送りするわよ!拍手!』
モニター観戦者の盛り上がりがすごい。
もはや【混沌の饗宴】そっちのけで盛り上がっている。
英雄パーティー二人と最古参従魔の実況解説など誰も想像しなかった事だ。
実は実況の噂を耳にしたクローディアがたまたま来たのをいい事に、実況やらせろとビーツに迫ったのが今回の事件の始まりである。
「あークロさんならやりたがるだろうなぁ」とクローディアの性格を熟知していたビーツは受け入れたが、ポポルの手前、従魔戦で喋らせるわけにはいかない。
そこで【混沌の饗宴】の探索風景に合わせて実況しようという事になったのだが……。
『えっホントに!?オロチって解説とか一番ダメだと思うんだけど』
『私はやればできる子。だからマスターほめて』
『あ、うん……』
『まぁいいじゃない、ちゃんとした実況解説じゃないし。今回はお遊びで喋るだけよ。モニター見てる人も承知しててね~』
ロビンたちも唖然としていたが正気を取り戻した。
憧れていた英雄パーティーの二人が揃い踏みだ。
特に剣士のレリュースがクローディアの登場に興奮しっぱなしである。
もうしばらくは落ち着けないであろう。
『で、今回は一番モニターで映ってるけど【混沌の饗宴】の三人の探索を眺めながら適当にお喋りするわよ。身になる解説とか期待しないでね。ビーツとオロチだし』
『あはは……』
『ん。……ん?』
仕切り直しとばかりにクローディアメインで話し始める。
『とりあえずこの【混沌の饗宴】ってパーティーだけど……反則よね。アダマンタイト三人とか。まぁ私たちが言うのもアレだけど』
『フェリクスさんがパーティー組んで戦うの、初めて見ましたよ』
『ソロで戦ってるのは……二回かしら、見たの』
『そうそう、デイドとの連携がすごいですよね』
『ん。デイドは良い子』
フェリクスとマンティコアのデイドは人馬一体ならぬ人獣一体の連携を見せる。
基本的には隠密能力を駆使した奇襲だが、普通に戦ってもフェリクスの剣技とそれをフォローする遊撃のデイドという形は高度なものだ。
ビーツたちは偶然にも彼らが戦う現場に居合わせた事があった。
『他の二人もすごいんでしょ?【アイテムマスター】レレリアと【白爪】ベンルーファスだっけ。前王陛下って呼ばないといけないかしら』
『この前、冒険者扱いにしてくれって言われましたよ、ベンさんから』
『じゃあ私もベンさんって言うわ。獣王国も王都は寄ったけど、なんだかんだで王族には会ってないのよね』
『むしろ辺境の方とかばっか行ってましたしね』
自分たちが獣王国へ行った時の話しへと脱線するが、クローディアもビーツもお構いなしだ。
彼らは前世での実況動画を意識して、ゆるく適当にやろうと決めている。
しかし、観客からすれば、ラジオすらない世界で漫才のような喋りを聞かせる英雄二人というのは、カルチャーショック以外の何物でもなかった。
『あー、話し戻すわね。【混沌の饗宴】は一日目で五階層まで突破したらしいわね。これって最速?』
『最速記録ですね。それでも急いでるように見えないんですけどね。走ってるわけじゃないし』
『フェリクスさんが本気だしたら一日で十階は行きそうよね』
『デイドで飛べますしね』
『ん。ぐーたら男は寝てるだけでいい。デイドはいい子』
一階″チュートリアルステージ″。これは真っすぐ行けばすぐにボス。
二階″コボルトのわんわん迷路″。初心者用迷路だが地図で最短突破可能。
三階″わいわい獣ランド″。広い草原と林と川。若年冒険者たちの狩猟経験や採取に最適なエリアで、常に賑わっている。が、地図で最短突破可能。
四階″夜のドキドキ廃村(墓地もあるよ)″。お化け屋敷の廃村バージョン。当然地図で。
五階″じめじめの森″。ひたすら森の中。方向感覚が優れていれば地図で。
『で、今は六階″カラカラ砂漠″ね。砂漠って言ってもここはそんなに暑くないわよね』
『初心者用ですし、暑さどうこうより砂場での戦闘とか歩き方を意識してもらおうかと』
『初心者でも突破自体は結構楽よね。探索すると厳しいのかしら』
『オアシスを方々に作ってますから拠点にすればいけると思いますよ』
いつの間にやら各階層の攻略指南のようになっている。
しかも管理者であるビーツの意図は、初心者冒険者たちに成長を促すようなものだった。
これはホールで聞いていたロビンたち【純白の漆黒】も有難かった。
彼らは現在、五階層を探索中の初心者なのだから。
『あ、ボス部屋ね。六階のボスって何だったかしら』
『サンドゴーレム二体です』
『なるほど。さあ!【混沌の饗宴】はどのように戦うのk……もう終わったわね』
『実況する暇もなかったですね、あはは……』
『ベンさんの一撃で二体同時撃破!鎧袖一触とはこのことか!……というか、フェリクスさんとレレリアって戦ってる?』
『いや、ベンさんしか戦ってないと思う』
『ちょっと老体働かせすぎじゃないかしら』
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「すまんのう、わしばっか戦わせてもらって」
「いいわよ、しばらく通過するだけだし」
「俺は寝てるだけだし」
地図の冊子を見ながらレレリアが答え、デイドの上で寝ているフェリクスが続く。
ベン爺は戦いから一線引いていた身なので、従魔戦の前になるべく勘を取り戻そうと、これまでほぼ一人で魔物を倒している。
もっとも敵が弱過ぎてリハビリにもなっていない現状だが。
レレリアが持っている地図は屋敷前の露店で売られているものだが、普通は冊子で持ち込むことはない。
いくら実力者でもトラップなどで事故死する事は考えられるし、そうなればアイテムは全ロストだ。
その為、冊子を解いて一枚ずつ持ち込むか、最初からバラ売りのものを買う。
しかし、そんな事はお構いなしに冊子片手に歩き続けるレレリア。
彼女の目的は常にアイテムであり、地図に書き込まれた情報から、どの階層のどの場所でどんなものが採取できるのか。
どんな魔物が出て、どんなドロップがあるのかを調べながら進んでいる。
つまりはそういった細かい情報までが記載された高級地図である。
それを紛失を恐れず持ち歩くのは、さすが金持ちのアダマンタイト級だと言わざるを得ない。
「あっ、次の階層に『回復の泉』ってのがあるって!行きたい!」
「りょーかいじゃ」
「へー、そんなのあんだな。安全地帯と言い、回復と言い、生かしたい気満々だなビーツは」
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ちなみに回復の泉を持ちかえろうと必死に汲んでいたレレリアだったが、その様子は実況付きで観戦されていた。
『あー、あの泉は持って帰ってもただの水になるんですよ……』
『そうなの?泉の場所で飲むの限定で回復?』
『そうですね、しかも熱したり加工しても、ただの水になるって言う……』
その言葉に観客の一部ががっかりしていた。
実は持ち帰ると水になるというのは調べた結果、判明していた。
しかし「その水を使ってその場でお茶を淹れるとすごく美味しくなる」という話しが出始め、一部のお茶愛好家がこぞってダンジョン内ティーパーティーを開催していた。
……が、どうやらただの水らしい。
落胆した者は幾人か。
当然、持ち帰ったレレリアも後で落胆する事になるのだった。




