25:とある大商人の野望
ゲイツ商会という名前を王国で知らない者はまず居ない。
ほとんどの街で店を構えているし、扱っているものも日用品から貴族御用達の菓子・調度品など枚挙に暇がない。
注文を受ければ何でも用意するというスタイルは大商人ゲイツが、行商人時代に世界を巡り培った人脈故であり、フットワークの軽かった若き頃の行動力を弟子や子供に教え込み、そうして広げた商会は貴族を凌ぐほどの財力を生んだ。
大商人ゲイツはすでに我が子に商会を任せた隠居の身。
相談役に就いているものの現場に立つ事はほとんどなく、有り余る金を趣味に回し、老後を楽しんでいた。
趣味というのは小物集めで、金のかかる魔道具や世界に一つといった希少なものではなく、一般人が普通に買える類のものである。
なんとなく気にいった物や、巷で流行っている物などを集めていた。
現在は【百鬼夜行】関連のものが多い。
オープンから五年、さらに話題は広がり続けている。
トレーディングカードという物が出た時もゲイツは大層驚き、商売の匂いを感じるのと同時に「いかんいかん、わしは引退した身だ」と普通にカード集めに興じた。
なかなか欲しいカードが出なくてオークションで競り落とした事もある。
出来れば何パックかまとめて大人買いしたい所だったが、売り手のルールでまとめ買いは出来なかったのだ。
あの時ほど自身の財力と権力を誇示しようと思ったことはない。
そしてフィギュアだ。
いち早く宝の匂いを感知したゲイツは初めて販売される時からその入手に拘り続けた。
その甲斐あって、今まで発売された従魔のフィギュアはコンプしている。
【三大妖】のフィギュアなど今ではプレミアがつき、何百倍だか何千倍だかの値段がついているが、そうなれば隠居した身でおいそれと手が出せるものではない。
今ではゲイツが他人に自慢できる最大のものだ。
「商会自体が最大の自慢なのでは……」
「フィギュアと比べればドラゴンとゴブリンだな」
お付きの使用人にそう語るゲイツは、どうやらコレクターとして何かの扉を開いたらしい。
忙しすぎた現役時代の反動なのか、もともとの素質なのかは分からない。
その目はフィギュア愛に溢れていた。
「しかし、従魔メダルか……」
そう呟いて頭を振り払う。
先日、従魔戦の初勝利となり初めて確認されたドロップアイテム。
当然のようにゲイツは欲しがったが、同じように欲しがる者も多く、しかし【紅の双剣】は早々に手放すつもりもなかった。
彼女らにしてみれば王家が下賜する勲章のようなもので、自分たちの誇れる成果だからだ。当然だろう。
そもそもゲイツにしてみれば金を積んだところで、手に入るのはクサビラメダル一枚。
今後、様々な従魔メダルを欲しいと思っても、あの強力な従魔たちを倒さなければ入手は出来ず、一介の冒険者を雇ったところで従魔は倒せない。
ならば金は掛かるが強力な冒険者を専属とし、メダルを入手するよう依頼すればいいのでは?
そう考えるがミスリル級冒険者程度では従魔相手に何勝も出来ないだろう。
現に従魔戦で敗れたミスリル級パーティーもいる。
となればアダマンタイト級を雇うしかない。
王国に所属している現役のアダマンタイト級冒険者は七名。
うち四名は【魔獣の聖刀】でダンジョン側の人間だから無理だ。
三名は拙い繋がりがあるものの、王族や貴族に囲われていると聞く。
さて、どうするか。と考えた所でお付きの者が、王国ではない、獣王国のアダマンタイト級の名前を出した。
「レレリア様はどうです?」
「うーむ、確かに何度か依頼した事はあるが……目的がかぶるんじゃないか?いや、別のアイテムを用意すれば若しくは……」
アダマンタイト級冒険者というのは極めて強力な力を有しているが、極めて変人が多いとも言われている。
ビーツたち【魔獣の聖刀】は世間的には英雄視されまともな扱いをされているが、実際は魔法バカと本バカと魔物バカと侍ガール(おっさん)である。
レレリアと呼ばれた獣王国所属の冒険者も例外ではない。
果たして扱いきれるのか?とゲイツは悩んだが、ダメで元々とレレリア宛ての指名依頼を出すのだった。
♦
獣王国のとある町。
そこから街道に出て、森に入り、進んだ先には大きなログハウスのような建物がある。
森の木々に浸食され、道も消え、草が生い茂り、うち捨てられた廃墟の如き建物だが、窓から多少の光が漏れているのを見るに、どうやらまだ現役らしい。
「おーい、レレリアー!いるかー!」
ガンガンと扉を叩くのは町から歩いてきた冒険者ギルドのギルドマスターだった。
ギルドマスターがわざわざ町を離れ訪れるというのも異常だが、相手がアダマンタイト級で、レレリアの相手に慣れているのがギルドマスターのみなのだから仕方ない。
「うるさいわねっ!なによ!」
ドカンと勢いよく開けたのは小柄なドワーフの少女だった。
ポケットのいっぱい付いたツナギを着て、額にはゴーグルのようなものを乗せている。
赤茶色の髪は縮れてボリュームがあり、それを無理矢理まとめていた。
「お前また籠ってたのか、汚れすぎだろ……部屋も」
ちらりと部屋の中を見たギルドマスターがため息まじりに告げる。
レレリア自身も何やら煤汚れているが、部屋は足の踏み場がないほどに酷い。
「今、ノってた所だからね!って余計なお世話よ!」
「あーそうかい。で、これ。指名依頼」
そう言って依頼用紙を見せる。
レレリアは「えー」と嫌そうな顔を隠そうともせず、しかし一応は目を通す。
途端に「ん?」と真剣な表情になった。
「ダンジョン【百鬼夜行】って例の王国の王都のやつ?」
「おお、引き籠りのお前でも知っていたか」
「噂だけね」
「そこの四九階層のボス戦からビーツ・ボーエンの従魔が相手らしいな。で、勝てばアダマンタイト製の従魔メダルが貰えると」
レレリアはドワーフである。
そして冒険者として登録してある職業は「錬金術士」。
彼女はドワーフとしての鍛冶や細工の腕をアイテムの改造・製造にあてていた。
新たに生み出した薬やアイテムは数知れず、しかし僅かしか流通されず、ほとんどが自己満足で終わるか、魔物相手にお試しして終わるといった物である。
二つ名は【アイテムマスター】。
アイテムを求め、アイテムを作り、アイテムの力で戦う者。
そんな彼女がアダマンタイトに細工された従魔メダルに興味を惹かれるのは必然であった。
その技術を知れば他のアイテム製作に活かせるし、何より現物が欲しい。
見目素晴らしいアイテムというのは改造せずに飾っておきたいものだ。
「じゃあ受けるってことだな」
「えっ、いや、受けないけど」
「えっ」
食いつきが良かったのになぜ拒否なのだとギルドマスターが詰める。
「だって依頼を受けたらメダル没収でしょう。私が欲しいんだから勝手にダンジョン潜るわよ」
「いやいや、報酬で別の希少アイテムももらえるらしいぞ?」
「従魔メダル以上に希少なら報酬になんか出さないでしょうに」
「あー」
もう何を言っても無理だと判断したギルドマスターは項垂れた。
ゲイツ商会の前会長に「ダメでした」と報告するのは気が重い。
「さて、ダンジョンに潜るとしたら戦力がいるわね……」
すでにレレリアの気持ちはダンジョンに向いているらしい。
先ほどまでアイテム製造に「ノっていた」というのは何だったのか。
「ちょっと王都寄って、ベン爺連れていくかな」
「はあ!?ベン爺ってお前!―――」
野望、ついえる。




