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23:【紅の双剣】vsクサビラ



 クサビラは屋敷でも階段の踊り場で警備にあたることがあり、冒険者の観客にも顔なじみな従魔だ。

 マタンゴ自体も有名な魔物であり、一五〇センチほどの身長がある手足を生やしたきのこで、決して強くはないが毒や麻痺などの状態異常を使用する敵というのが冒険者たちの頭に瞬時に浮かぶ。



『【紅の双剣】が一気に後方へと走る!距離をとった!』


『難しい判断じゃな。普通のマタンゴ相手ならば一気に斬りかかって勝負に出るじゃろう。が、『見』から入るといった所か』


『普通のマタンゴならばそれで倒せる、と』


『マタンゴは胞子やブレスで麻痺や毒を撒くか、頭突きや殴りで戦う中近距離が主な攻撃手段じゃ。特別固いわけでもなく速いわけでもないから、状態異常攻撃をされる前に近づいて叩くというのが正攻法かのう』


『しかし【紅の双剣】は距離をとった』


『うむ、これまでの戦いで「従魔なのだから強化されているに違いない」と踏んだんじゃろ。斬りかかって倒せなければ状態異常の餌食じゃからな』


『なるほど。さて、光が収まりクサビラが現れました!おっと!それと同時に矢と魔法がクサビラに襲い掛かる!』


『矢は悪手じゃな』



 観客はなぜ矢が悪手なのか、と疑問を持った。

 が、すぐに判明する。

 カンと音を立てて矢が弾かれたのだ。



『盾!?クサビラが……マタンゴが盾を装備している!?』


『クサビラは力もなければ速度もない。なので我らが若様からミスリルの小盾と魔法防御が多少上がる指輪を下賜されておる。魔法はそれなりに効くが矢はダメじゃな』



 従魔が装備品とかありなのか!と観客から声が上がる。

 しかしよく考えてみればシュテンが背負っているのはビーツが作らせた刀であり、タマモのイヤリングも魔力増強の装備だ。

 国の竜騎士だって、自分のワイバーンに鞍を乗せている。

 召喚士が従魔に装備を渡すというのは普通にあることだと、ここに来て思い至った。



『これは後衛の攻撃では厳しいか!ああっと!双剣と大剣の前衛二人が回り込んで斬りかかった!』


『それも無理じゃな』


『ん!?クサビラの周りに光が漂う!これは胞子でしょうか!』


『すでに麻痺の胞子は撒かれておる。前衛も気付いたようじゃな。止まりおった』


『これでは近づけない!遠距離も魔法は軽減され、矢は弾かれる!……ん?しかしこれではクサビラが倒すことも出来ないのでは?距離をとられては攻撃手段が……』


『いや、そんな事もないぞ』



 すぐに分かるというヌラの声は事実で、クサビラは毒のブレスを吐き出した。

 それを見た観客が再度驚く。



『毒のブレスが長いっ!そして薙ぐように【紅の双剣】の五人に襲いかかるっ!』


『遠距離攻撃も持っているというわけじゃ。さて一気にピンチじゃの』


『モニターも紫に染まるほどの毒ブレス!これは厳しい!魔法使いのレーヴァンは風魔法を使えますが、毒を吹き飛ばすのは……』


『試してるみたいじゃが効果は薄いのう。なんせボス部屋は密室じゃし』



 普通、マタンゴと戦うのは森の中など屋外であって、屋内で戦うことなどない。

 胞子や毒が風で飛ばされない状況というのが分からないのだ。



『モニターは多少見えるようになりましたが……ティルレインが指示を出していますね。あっと!五人全員が薬ビンを取り出した!毒の状態回復薬でしょうか!』


『こりゃ決まったのう』



 ヌラの言った「決まった」の意味を観客は掴めなかったが、すぐに判明した。

 一気に毒を回復したものの部屋は毒霧が残っているので、回復薬が効いているうちに攻めなければいけない【紅の双剣】。

 それは風魔法で麻痺の胞子を少しでも飛ばした隙に双剣・大剣・弓矢で総攻撃し、回復術師はとりあえずクサビラに近い味方を適当に回復しまくるという、やけっぱちな攻撃だった。


 しかしクサビラ側からすれば堪ったものではない。

 麻痺も毒も一時的に封じられ、盾で防げるのも一方向のみなのだ。

 がむしゃらな総攻撃というのは、クサビラにとって致命的だった。



『【紅の双剣】怒涛の攻撃!ティルレインの連撃が止まらない!』


『一か八か、防御は無視の突貫じゃな』


『あーっ!クサビラが光に包まれ――粒子となる!これはっ!』


『うむ、従魔戦、初勝利じゃな。拍手をしよう』



 カツカツと骨の手を叩く音が実況室に鳴る。

 ホールや庭園では立ち上がっての轟音だ。

 叫び、称え、喜び、そして賭けに負けた者は悔しんだ。



『【紅の双剣】はちょっと放心状態のようですね、座ったまま動けないようです』


『クサビラが消え毒も消えたようじゃな。居座っても問題あるまい』


『いやぁヌラさん、今の戦いを振り返っていかがでしたでしょうか』


『決め手となったのは風魔法を有していた事。胞子を一時的にでも避ける為じゃな。そして全員が毒の回復手段を持っていた事じゃな。普通、ゴブリン相手ならば毒など使ってこんし毒の回復など考慮せん』


『確かにそうですね。このダンジョンでは死んだ際のペナルティもあって持ち物を極力少なくするのが基本だと聞きます。そんな中【紅の双剣】は毒の回復手段を持っていた』


『つまり何が起こるか分からないボス戦のために荷物を多くしたというわけじゃ。それが今回の勝敗を分けた』



 ヌラの解説に観客も納得していた。

 猪突猛進に思えた【紅の双剣】がかなり考えて準備していたのが分かった。

 王都出身でファンの多い彼女たちは、さらにファンを増やすだろう。



『あっと、ドロップアイテムですね!クサビラが消えた所にドロップアイテムがあります!』


『やっと気付いたか。消えてすぐに落ちておったぞ』


『これは……コインですか?』



 モニターの中のティルレインがへとへとの体で、それを拾っていた。

 直径五センチほどの鈍く輝くそれは、普段使っている硬貨よりも大きい。



『これは【従魔メダル】と言って従魔に勝った者が手に出来る戦利品じゃな』


『従魔メダルですか……』


『この場合、クサビラの姿が装飾されておる。倒した記念にコレクションしても良いし、売ってもいいじゃろ。アダマンタイト製じゃから複製は難しいじゃろうしのう』


『アダっ!アダマンタイト製のメダルですかっ!?それを装飾って……ドワーフの鍛冶でも無理なんじゃ……』



 武器や防具に使われるアダマンタイトは、魔法付与や魔法防御はミスリルに劣るものの、物理耐性では最硬の強度を誇る。

 熟練の鍛冶屋でなければ扱えないし、ましてやメダル状の小さなものの中に細工を入れるなど不可能であろう。

 マモリが「価値が微妙」と評したように実用性を考えると使えない物でもあったが、観客としては「すごい物を手に入れたのだ」と評する声が多い。





 地上がそんな事になっているとは知らない【紅の双剣】の五人は、ボス部屋から階段を下り、地下五〇階層に来た。

 安全部屋はいつもの如く、ダンジョン壁で作られ、転移魔法陣やトイレが見える。

 突き当りの扉から五〇階層が始まるのだが、その前にはこれまたいつもの如く看板があり、五〇階層の内容を教えてくれていた。



 『ようこそダンジョン【百鬼夜行】へ!これからが本番だよ!

  五〇階は″暗黒迷宮″だよ!

  暗いし怖いし罠だらけだよ!気を付けてね!』



 以前の実況でモクレンたちが言っていた「四九階までは初心者用」というのは本当らしい。

 まるで初めてダンジョンに来たかのように「ようこそ」と迎えられたのだから。

 今までとは何かが違う、そう思う【紅の双剣】は、五人で目を合わせた後、様子見の為に扉を少し開けた。


 そして、すぐに閉じる。

 暗過ぎて何も見えない。

 とりあえず今日のところは帰ろうと、五人は転移魔法陣へと向かった。





「お疲れ様です」



 実況室でポポルとヌラに声をかけながら、お茶を出すダンジョンマスター。

 飲むのは当然ポポルのみだ。



「ありがとうございます」



 ゴクリと飲み、疲れた喉を休ませると、張っていた気も緩まったようで、大きく息をついた。



「ヌラさん、ありがとうございました」


「ふぉふぉふぉ。なかなかの実況じゃったぞ。次はもう少し肩の力が抜ければいいのう」


「はは、精進します」



 改めてビーツからポポルに質問をする。



「どうです?実際にやってみて」


「そうですね……やはり始まるタイミングと終わるタイミングが難しいです。まぁこれは慣れていくのかもしれませんが」


「なるほど」


「それと観客の様子を見ることは出来ませんか?ここでは見ることも声を聞くことも出来ないので、反応を見ながら喋ることが出来ないのです」


「あー、完全防音にしたのが裏目に出たか。じゃあ観客の様子を見るモニターをここに設置しますか」


「えっ」



 何でも出来るのではと思わせるダンジョンマスターの力に驚愕し、その後も反省会は続いた。

 ポポルとしては初体験の出来事や、知り得なかった事など驚かされる事が多く、反省しっぱなしではあったが、それも今後の課題として受け止めていた。

 とりあえずダンジョン【百鬼夜行】の正式な実況としては成功である。



■百鬼夜行従魔辞典

■従魔No.40 クサビラ

 種族:マタンゴ

 所属:狐軍

 名前の元ネタ:菌神くさびらがみ

 備考:健気で頑張り屋な彼女は、今泣いています。

    短い手足をバタバタさせて。

    強くなれるといいですねぇ。



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