21:ある日、初実況のダンジョン
闘技場の戦いは決められた時間に始まるが、ダンジョンの戦いはいつ始まるのか分からない。
年中モニターに張り付いて見るわけにもいかず、かと言って、始まれば数分も経たずに終わってしまう戦闘を逃すわけにもいかない。
ビーツからは好きな時に始めて、好きな時に終わらせちゃっていいですよ、とは言われているが、これはやっているうちに慣れるものなのだろうか。
準備期間もとれないまま、屋敷一階奥の実況室で、生真面目なポポルはそんな事を考えていた。
実況室はビーツが新たに作成した部屋で、わざわざ踊り場の従魔に声をかけ二階に上がるのは大変だろうと、一階の左手奥、復活室の隣に増設された。
中には室内用モニターが庭園やホールと同じように並んでおり、その前に机と闘技場でも使っていたマイクと呼ばれる拡声魔道具が置かれている。
ポポルはモニターの様子を見ながら、作成した原稿と自分でまとめた従魔・冒険者のメモ帳を眺め、予習・復習に余念がない。
そうしていると実況室がノックされ、ポポルが許可の意を示すと扉が開かれた。
「こんにちはポポルさん。どうですかね、部屋の使い心地は」
ビーツと、その後ろにはエルダーリッチのヌラ、デュラハンのロクロウが並ぶ。
一度会っているとは言え、アンデッドの高位種族が二体となるとポポルとしても身構えてしまうが、ビーツを介す事で冷静にもなった。
「ええ、モニターを独占して観客の皆さんに申し訳ないですよ」
「ははは。何か足りないものとかあったら言って下さいね。あとで部屋をもうちょっと広げてくつろげるスペース作るつもりですけど」
ビーツは簡単にそう言うが、部屋を広げるというダンジョンマスターの能力が今一分からないポポルは「ありがとうございます」と適当に答えた。
「とりあえず今回は実況のお試しってことで気楽にいきましょう」
「分かりました」
「解説はヌラさんで、もしヌラさんが呼ばれちゃったらロクロウにお願いするね」
「承知しましたぞ」「ハッ」
「ビーツ様は解説なさらないので?」
「いやいやいや!僕は最初だから様子見の見守りですっ!居ないものとして喋って下さいっ」
「ははは。承知しました」
ほどよく緊張のとけたポポルは改めてモニターに向かい、マイクに魔力を流し始めた。
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『モニターをご覧の皆さまこんにちは!私の声が聞こえますのでしょうか!本日より不定期ではありますが、このダンジョン【百鬼夜行】の戦闘実況を担当させて頂く事になりましたポポル・ピオリムと申します!皆さま、どうぞよろしくお願いします!』
屋敷のホールと庭園に流れたその声に観客は反応した。
「おおっ!実況だってよ!ヒルトン!」
「ああ、不定期なのか。運がいいな、ハンズ」
「やっぱ従魔戦がメインって事かな」
「だろうな、もうすぐゴブリンキングの所だし」
そういった声があちらこちらで聞こえ、嬉しがっている声と解説を楽しみにする声が上がる。
尚、雑音防止の為、ホール内の声は実況室には聞こえないようになっている。
緊急の連絡は従魔同士の念話で伝え、それをポポルに伝えればいい。
『ちなみにこの実況ですがダンジョン内には聞こえず、モニター観戦者のみに聞こえるようになっています。音量や、いつどんな実況を行うかなど細かい所は今後回数を重ね改善していくとの事ですのでご了承下さい。
さて改めて、私ポポル・ピオリムのダンジョン初実況という試みを今日はお送りしたいと思いますが、解説ゲストにはこちらの方にお越しいただいております!』
『ふぉふぉふぉ。従魔ナンバー六六のヌラじゃ。よろしく頼むぞい』
『はい!という事で【鬼軍副長】エルダーリッチのヌラさんにお越しいただきました!いやぁ、初実況で大物ゲストという事でいささか緊張しておりますが、どうぞよろしくお願いします!』
『【三大妖】じゃあるまいし、大物でもあるまい。吾輩はただのアンデッドじゃよ。気楽に行こうぞ。ふぉふぉふぉ』
何を言ってやがる、と観客の冒険者たちは苦笑いだ。
スケルトンやレイスなどのアンデッド系上位がリッチであり、エルダーリッチはさらに上位だ。それより上位のアンデッドが居ないほどの。
初実況でそんな恐ろしい魔物と隣席するポポルに同情の気持ちを向ける。
しかし、当のポポルは一般人故にレイスもリッチもエルダーリッチも同じように恐ろしい魔物だ。
エルダーリッチの度を越えた恐ろしさがさほど実感できず、それよりも今は実況に集中している為に、恐怖している暇などないのだ。
『さて一番モニターを見てみますと、四九階層″ゴブリン王国″ですね。パーティーは【紅の双剣】の五人が映されています。【紅の双剣】は王都出身のパーティーで――』
ここで【紅の双剣】の紹介がされた。
メンバー構成やこれまでの戦歴などだが、観客としてはそういった詳しい紹介などこれまでされてこなかったので、とても盛り上がる。
冒険者としても、自分が実況されればこうして紹介されるのかと興奮気味だ。
『そんな【紅の双剣】ですが、今は王城の付近……貴族区ですね。王城西側から近づいています。さあ、ゴブリンキングと戦うのか、それともすり抜けてボス部屋に直行するのか、といった所ですが』
『今の所、ボス部屋に入ったのは三組じゃが、まともにゴブリンキングと戦ったのは一組だけじゃな。まぁゴブリンキングにやられてボス部屋に入れなかったパーティーも何組かあるがの』
『四九階層に到達しているのは現段階で十組ですね。最初に【天馬の翼】が四九階層に到達してからすでに一月となりますが、いまだに攻略はされておりません。それどころかボス部屋に入ったのもわずか三組と、厳しい戦いが続いております。
ヌラさん、ゴブリンキングを倒してからボス部屋に向かったほうが良いのか、それとも無視してボス部屋に侵入したほうが良いのか。どちらが良いのでしょうか』
グッジョブ、ポポル!と観客の冒険者たちは心の中でサムズアップする。
管理者側の従魔の意見は是非とも聞きたいところだ。
『無視できるのなら無視したほうがいいじゃろうな。あのゴブリンキングはシュテン殿の召喚眷属じゃから本気で戦ったら結構強い。まぁ手加減させとるようじゃがな。それでも我々従魔の一部より強いのは確かじゃ』
あれで手加減してるのかよ!と観客は驚く。
しかし、従魔側からして無視推奨というのは大きな情報だ。
『では戦わない方が良いと』
『ただ無視すると言っても一筋縄ではいかんじゃろ。なんせゴブリンの数が多いから、巡回のゴブリン軍やら斥候のゴブリンアーチャーに見つかればゴブリンキングは動き出す。うまい事、見つからないように進むか、見つかったら報告される前に倒すかせねばな』
『発見されないルートが固定化されれば戦わないで済むんですかね』
『ルートの固定化は無理じゃな。ゴブリンキングの指示で警戒場所やら巡回ルートを変えておる。その都度、ゴブリンたちの動きを見て、ルートを考えた方が良いじゃろうな』
ま、一番良いのはゴブリンキングを楽に倒せる戦闘力を持つことじゃがな、と笑いながらヌラが話す。
それが出来れば苦労はないので置いておくが、しかし重要な話がいきなり出たものだと観客は思う。
ありがとうポポル、ありがとうヌラさん、と。
『あっと、そうこうしているうちに、【紅の双剣】が王城の外周塀に辿り着きましたね。これは王城の北西……斥候のゴブリンも見えませんが……』
『狭いところから潜り込んだのう、重装備の居ないパーティーなのが功を奏したな』
『確かに金属鎧や大盾を持っていると厳しそうですね。さて、塀を乗り越え、王城の壁沿いを行けば、ゴブリンキングに見つからずにボス部屋に行けそうです』
『実況始めた甲斐があるのう。これで行かなかったら吾輩たちが出張った意味がないからのう。ふぉふぉふぉ』
ヌラの笑いにつられて観客席でも笑いが起こる。
都民から人気がある【紅の双剣】がやっとボス部屋に辿り着きそうだという嬉しい気持ちもあった。
しかし、着いて終わりではない。本番はこれから。
■百鬼夜行従魔辞典
■従魔No.67 ロクロウ
種族:デュラハン
所属:鬼軍
名前の元ネタ:ろくろ首
備考:元々従魔になる前にアンデッドの王として君臨していたヌラの右腕的存在。
騎士然とした佇まいはシュテンを彷彿とさせるが、生前が人間だったのかは不明。
普段から騎士の兜を首に乗せてはいるが、別になくても問題ない。




