表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/170

19:とある実況者の転職



 王都の北西部にある闘技場は国営の施設である。

 魔法や剣技の戦いの催しや、捕らえた魔物との戦闘などで観客を集める他、三万人が収容できる施設という事もあり、様々な式典などでも使用される。


 闘技場で剣闘士などが戦う姿は、ダンジョン【百鬼夜行】のモニターで見る冒険者のそれとは違い、人対人であるが故の戦い方や、魅せる戦いであったり、それはそれでダンジョンが出来た今でも娯楽施設として根強いファンを獲得している要因でもある。


 その戦いを盛り上げる一因に【実況】の存在がある。

 観客を高ぶらせ、意識を誘導し、観客が知らない知識を与える。

 例えば初めて闘技場へと足を運んだ客が戦いを見たところで、誰がどういう戦い方で、何をしているのか把握するのは難しい。

 それを補うのも実況・解説の役割である。



 ポポル・ピオリムは闘技場が抱える実況者の一人だ。

 彼は足取りも重く、支配人室へと向かっていた。

 支配人室に呼び出しをくらうというのは、大抵良くない事だと思っているからだ。



(やはり先日の実況で噛んだのが悪かったか、それとも咄嗟に選手の名前が出なかったのが悪かったのか……)



 根が真面目な彼は、予習・復習を欠かさず、試合をする選手の情報を事前に入念にチェックし実況に臨む。

 選手の得意武器や得意な攻撃、趣味に戦歴、出身に誕生日などを記憶し実況に活かす。

 そして仕事が終われば一人反省会をし、次に活かすという、お祭り男が多い実況者において『らしくない』生真面目な仕事バカであった。


 そんな彼が支配人に呼ばれた理由は、支配人からの意外な提案だった。



「わ、私を【百鬼夜行】の実況者に……ですか?」



 ダンジョン【百鬼夜行】についてはポポルもよく知っているし、何度か庭園に足を運んでいる。

 そこのモニターから出ている音声は冒険者たちの戦いの″生の音″であり、実況が入っているわけでもなかった。

 ポポルにとって実況とは演出の一つであり、ダンジョンで実際に戦い探索する冒険者の姿は、純粋な見世物ではないしお金をとっているわけでもない。

 だからこそ「これは実況がいらないものなんだ」と実況者目線で納得していた。

 ……が、そのモニター映像に実況を入れるという。



「三日前にダンジョンの四九階層でボス戦があったのを知っているか?」


「い、いえ、知りません」


「そうか。そこで初めてビーツ・ボーエンの従魔たる【百鬼夜行】がボスとして登場したらしい」


「ええっ!」



 聞けば、四九階層の以降のボス戦はランダムで【百鬼夜行】の面々が出てきて冒険者たちと戦うらしく、初めて行われた三日前のボス戦ではその説明もあり、従魔による実況・解説が付けられたらしい。

 それはダンジョンに詳しくないポポルにとっても大事件だと分かる。

 四九階層まで進んだ有名冒険者たちと相対するのは、英雄ビーツの有名従魔たちなのだ。

 その組み合わせだけでも興奮する。


 そしてその実況が好評だったらしく、今後も実況を入れて欲しいと方々から声が上がったそうだ。



「……それがなぜ僕に?従魔が実況したのならば、それを継続させれば……」


「詳しくは分からんがダンジョンの都合だろう。殿下から内務省を通じ、こちらにお達しが来たわけだ。実況者を融通できないか、とな」


「こ、国命ですか……」


「そりゃ闘技場自体が国営施設だし内務省管轄だから仕方あるまい。とは言え、強制権はないそうだ。お前がダメなら他を当たるし、それもダメなら闘技場からは出せんと言うつもりだ。で、どうする?」


「もし、やると言った場合、闘技場での実況は……」


「おそらく無理だろうな。【百鬼夜行】専属になるだろう」



 考えた末にポポルは、その話しを了承した。

 もちろん闘技場の実況に誇りを持っているし楽しいとも感じている。

 が、ダンジョンでのボス戦で【百鬼夜行】vsトップ冒険者というカードを実況できるというのは、正直惹かれる。

 是非とも実況してみたいというミーハーな職業病が出た結果だった。





 翌日、ダンジョン【百鬼夜行】へとやって来たポポルは受付の近くにいたギルド職員に支配人から預かった紹介状を見せる。



「実況の件で闘技場から参りましたポポル・ピオリムと申しますが」


「確認して参りますので少々お待ち下さい」



 そう言ってギルド職員はホールの右奥へと向かって行った。

 しばらくすると案内の者が来るとの事で、ポポルは屋敷内を眺めながら待つ。

 ポポルは屋敷に入った事自体初めてだが、朝から探索に向かう冒険者は多いらしく、まだ二の鐘が鳴る頃だと言うのに屋敷内に人は多い。

 ホール内にもすでにモニター観戦している冒険者が結構いる。

 ふと天井を見上げれば、噂に聞いた巨大絵織物が目に入り、その大きさと緻密な絵に圧倒された。

 庭園に来たことがあっても冒険者でなければ屋敷内に入る事などないのだ。



(これが【百鬼夜行】の集合絵か……)



 実況の予行練習とばかりに、絵織物の端から順に種族と名前を頭の中で読み上げる。

 いくら有名な【百鬼夜行】の従魔たちと言えど、百体全ての名前を知っている者などファンや物好きしかいない。大抵は種族で呼ぶのだ。

 ポポルも有名所しか知らなかったので、昨晩、一夜漬けで暗記したのだ。

 ちなみに教材は非公式で売られている「これが百鬼夜行の全てだ!」というファンブックであり、著作権など適当なこの世界では、そういった解説本や二次創作の英雄譚なども多い。

 ただしそこに載せられた情報が全て正しいというわけがないのだが。



 そうして眺めているとノッシノッシと二階から降りてくる人影(?)があり、ポポルがそれに気づいたのは大分近くなってからだった。



「……ん? うわあっ!」



 傍に来たのは身の丈二メートルを超える牛頭の巨漢。



(ミノタウロスのギューキ!?)



 ポポルでも知っていた古参の従魔であり、種族としても有名な魔物だった。



「はははっ!ひっさしぶりに驚かれたなぁ!」


「あっ、いえ、すみません」


「気にすんな。最近じゃおいらが出ても驚かないやつらが多くてなあ。人間ってのは慣れる生き物だって旦那も言ってたけんど、たまには新鮮でいいもんだわ」


「は、はぁ……」


「で、あんたが実況の?」


「は、はい。闘技場から来ましたポポル・ピオリムと申します」


「んじゃ、こっち来てくんろ。旦那が待ってるんで」



 そうしてギューキに連れられて、ポポルは階段へと向かう。

 踊り場でスリヴァーウィーセルという一メートルほどのイタチの魔物が寝ており(確かカマッチだよな)と復習に余念がない。

 「応接室1」とプレートが貼られた扉の前で、ギューキがノックする。



「旦那~。実況の人、連れてきたどー」



 中から返事があり、ギューキが扉を開けると、そこは貴族もかくやと言わんばかりの応接室だった。

 闘技場にも貴族が来る関係でそういった見栄えを重視する立派な応接室があるが、こちらも遜色ない。


 

(そう言えば、ビーツ・ボーエンも英雄爵だしな)



 英雄パーティーに爵位が与えられていた事を思い出すが、どうも″ダンジョンマスター″や″アダマンタイト級冒険者″が表立って、貴族活動をほとんどしないビーツ・ボーエンは貴族という感じがしない。

 強いて言えば領地がこのダンジョン【百鬼夜行】と言ったところか。


 ローテーブルを挟んだソファーから腰を上げ、ポポルを迎えたのは件のビーツ・ボーエンだった。

 護衛だろうか、ビーツを挟むようにシュテンとタマモも居る。

 いきなりの【三大妖】の登場にポポルは蛇に睨まれた蛙の心境であった。

 ちなみに蛇たるオロチはビーツの影の中である。



「んじゃ、おいらはこれで」


「うん、ありがと。ギューキ」



 そう言ってギューキは部屋を出る。

 ポポルはビーツに促されるまま、向かいのソファーに腰を下ろした。

 そこへタイミングよく、サキュバス侍女のホーキが紅茶を置く。



「ボ、ボーエン卿におかれましては益々ご健勝な事と……」


「あーいえいえいえ!僕、貴族なんて名ばかりなもので!ボーエン卿とかじゃなくていいですっ!ビーツでお願いしますっ!」


「えっ、あ、はい!で、ではビーツ様と……」



 カチカチのポポルを見て、ビーツは苦笑いをしながら紅茶を飲んで落ち着くよう声をかけた。

 「い、頂きます」と紅茶を飲んで一息つく。

 ほどよい甘みが喉を通り、ポポルは不思議なほどにリラックス出来たのを感じる。



「あ、あの、大丈夫ですか?」


「ふぅ……ありがとうございます。おかげさまで落ち着きました。申し訳ありません」


「なら良かったです。こっちこそいきなり実況のお願いとかしちゃってすみません」


「いえっ、とんでもないです。あ、申し遅れました。私、ポポル・ピオリムと申します。こちらが闘技場からの紹介状になります」



 そう言ってローテーブルに紹介状を出す。

 ビーツは受け取って、ホーキからペーパーカッターを受け取り、丁寧に開けて中身を読んだ。



「へぇ、お若いのに闘技場の実況歴は長いんですね!支配人さんからの評価も高い」


「恐縮です」



 紹介状を見ながらそう呟くビーツだったが、この場で一番若く見えるのは、見た目が十歳、実年齢十八歳のビーツである。

 余談だがこの中で実年齢が一番低いのは影の中に居るオロチとタマモで十五歳である。

 そしてポポルは気になっていた「なぜ実況をつけるのか、なぜ外部の実況者を使うのか」を聞いた。

 仕事を受けるに当たり、失礼ながらも事情を把握したかったのである。生真面目な男だ。



 話しを聞けば、やはりモクレンとマモリの実況解説が相当に受けたらしく、初戦のあとにあまり間をおかず二戦目・三戦目とあったらしいが実況のないモニター中継に不満の声が出たらしい。

 これはマズイと、ビーツは屋敷内と庭園で実地アンケートを行った結果、予想以上に実況解説を求められていると感じた。



「えっと、冒険者の人たちは情報収集を兼ねて、従魔側の解説を聞きたい人が多数でした。庭園の一般客の人たちは『その方が盛り上がる』って意見と、やっぱり冒険者が何を考えて戦って、従魔がどんな力を持って対処しているのか……つまり素人だけど戦闘のプロの考えも知りたいという声もありました」



 なるほど、一般客の反応は闘技場と同じなんだな、とポポルは思う。

 冒険者にしても実際に自分たちが戦う相手の事を知りたいだろうし、純粋に有名従魔たる【百鬼夜行】の能力を知りたいというのもあるだろう。



「で、そうなると実況が問題になるんですけど、うちに実況向きの魔物っていないんですよ。なんて言うか、実況って滑舌よくて活発で盛り上げ上手でお喋り大好きってイメージなんですけど」


「ええ、実際そういった実況者が多いですね」



 自分は仕事としてそうした喋りを心掛けてはいるが、実際はそんなお喋りでもない。

 そしてそれが実況者の中では異端だと分かっている。

 感情の赴くまま喋り倒す実況者が多い中で、自分は理論派と言うか冷静な面が出ているとポポルは自己分析していた。



「強いて言えばモクレンって事で抜擢したんですけど、彼女にずっと実況をやらせると本業が滞っちゃいますし。だからプロの実況者を雇うことにしたんです」



 そもそも言葉を話せるのがあんまりいないですし、とビーツは続けた。

 本業とはダンジョン管理のことだろう。

 そしてこれからボス戦が重なればモクレンが戦う場面も出てくるのだ。

 戦闘と実況の両立など出来るわけもない。



 ビーツの話しを聞き、ポポルも納得できた。



「じゃあ実況お願いできますか?」


「はい。受けさせて頂こうと思います。ただ失礼ですが確認したい事が色々とありまして……」


「なんでしょう」


「実況するに当たって戦う選手……この場合冒険者と従魔の皆さんですが、その情報を事前に頭の中に叩き込んでおきたいのです。そういった個人情報を頂くことは可能でしょうか。あっ、従魔の皆さんの弱点だとか攻撃手段を全て知りたいという事ではありません」



 ビーツは前世の競馬実況やプロレス実況を思い出していた。

 競走馬の名前を知り事前練習しないとろくに喋れないし、技の名前を知らないとプロレス実況が成り立たない。

 「ジャンピングボディープレスだ~!」と言うのと「飛んで覆いかぶさる~!」と言うのでは全然違うだろう、と。


 結局、この後時間が許す限り、従魔の事、ダンジョンの事を説明するとなった。

 冒険者の情報についてはギルドに聞かないと分からないのでそれも確認しようとなり、シュテンがギルド職員を通じ聞いたところ、モニター撮影権を許可している冒険者に限り、パーティー名・個人名・職業・ざっくりとした戦歴をポポルに渡す事に合意した。

 もちろんダンジョン情報についても冒険者情報についても、実況に利用する以外に漏らさないよう誓約書に記す事になり、それはポポルも当然と了承した。



「従魔戦以外の実況はどうします?」



 今度は逆にビーツから質問された。

 てっきり従魔戦のみの実況だと思っていたポポルはどういう事かと聞き返した。



「えっと、今は四九階層のボス戦でしか従魔が出てきてないんですけど、多くても一日に一回か二回です。そこまで辿り着ける冒険者もあまり居ないですし、一回負けちゃうと装備とか無くす関係で、どのパーティーも連戦できません」


「なるほど、そうなると実況している時間が極端に短いわけですね」


「もっと探索が進めばボス戦連発もありえますけどね。で、モニターに映っているのは普通に探索している冒険者を映すのが現状ほとんどなんですけど、その探索風景とか魔物と戦っている姿を実況してくれ……って絶対言われるだろうな、と」


「逆に実況しっぱなしになりませんか?あ、いえ、嫌という話しではなくて大本の従魔戦実況に向けての準備だとか練習だとかの時間が……」


「ええ、ですので近い将来の話しです。空いてる時を見て少しの時間だとか、実況者を増やしたり、なんならベテラン冒険者に好き勝手に喋ってもらうってのも面白いと思うんですよねぇ」



 ビーツが想像しているのは前世の実況動画のそれであったが、ポポルにしてみれば素人に実況をさせるのか、と少し驚いた。

 しかしずっと自分が実況しているわけにもいかないので、空いた時間ならば雇用主であるビーツの意見でいくべきだろうと肯定の意を示す。



「ベテラン冒険者の声というのも面白いですね。解説を従魔の皆さんだけでなく冒険者側からも呼ぶというのもいいかもしれません」


「ですよね」

「ふむ、そうなるとご主人の出番かや」

「えっ」

「たしかに。ベテラン冒険者と言えばアダマンタイト級の主殿を置いて他ありません」

「えっ」



 今まで黙っていたタマモが急に喋りだしたと思ったらシュテンも追従した。



「いやいやいや!無理だって!僕が解説とかできるわけないじゃない!」



 慌てふためくビーツの様子に、すっかり気を許し可笑しくなったポポルも声を掛けた。



「確かに従魔の皆さんの事も冒険者の事も全て知っているのはビーツ様くらいでしょう。どうです?一度解説として……」


「いやいやいや!勘弁して下さいっ!」



 その後、細かい契約の打ち合わせをし、ポポルはビーツと共に屋敷内や庭園を回りながらダンジョンの事を説明した。

 冒険者が初心者講習で習うようなダンジョンのルールも、一般人であるポポルは細かいところまでは知らないのだ。

 実際に転移室や復活室を見て、こういう仕組みなのかと感心する。

 解説として参加しそうな、喋る事が出来る従魔たちも別室に集合させ、ポポルの紹介及び顔見せを行ったが、そのあまりの迫力に一般人であるポポルが失神しなかったのは、闘技場での経験の為か、それとも事前に【三大妖】に会ったからなのか。


 そしてポポルは正式にダンジョン【百鬼夜行】の実況者として活躍する事になる。



■百鬼夜行従魔辞典

■従魔No.12 ギューキ

 種族:ミノタウロス

 所属:鬼軍

 名前の元ネタ:牛鬼うしおに

 備考:言葉を話せる他の従魔に比べ、あまり表に出ない牛頭。

    本業はダンジョンのとある階層で大規模な農園を作っている。

    ドリアードのコダマも絡んでおり、ビーツや従魔達からは美味いと評判。

    戦えば普通に強いが、最近は斧より鍬のほうが手になじむ。


■従魔No.18 カマッチ

 種族:スリヴァーウィーセル

 所属:蛇軍

 名前の元ネタ:鎌鼬

 備考:体長1mほどのイタチ。他の従魔に比べれば小柄。

    鎌鼬のように両手が鎌というわけではなく、尻尾が鋭利な刃状になっており、素早い動きからの斬撃が得意。

    好奇心旺盛だが臆病者という相反した性格。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ