169:エピローグ
二年後。
そう、新生【魔獣の聖刀】のダンジョン挑戦から二年の月日が経った。
そして彼らは百階へと辿り着いた。
彼らより先に探索を始めていた【不滅の大樹】【黒竜旅団】【白の足跡】、そういった面々を追い抜いた。
一時的に離脱していた【覇道の方陣】【交差の氷雷】、これもまた追いつけなかった。
前人未踏。
本格的にオープンしてから初の快挙。
これに盛り上がらない王都ではない。
いや、もはや王国中、世界中が注目する事態となっていた。
庭園の大型モニターは増設・拡張され、庭園に入らずとも見られるように大通りを向いている。
王都の中心部、大十字路には特別観戦席が設けられ、馬車が一台通るのがやっとという有様だ。
警備の衛兵も、騎士団全て揃っているのではないかという程の増員ぶり。
今か今かと待ちわびる人で、朝から王都は溢れかえっている。
【魔獣の聖刀】が百層に到達するまで、すんなり来れたわけではない。
苦戦する階層もあったし、従魔戦でメンバーが脱落する時もあった。
一層の探索で何日もかかった事だってある。
困難な道のりをそれでも彼らは彼ららしく、楽し気に攻略していたのが印象的だった。
特に九七階層からはとんでもない鬼畜仕様。
実際、【魔獣の聖刀】以外に九七階層以降の突破者はいない。
それもそのはずで、九七階層以降は『ボス部屋』がないのだ。
つまり、『フロア自体がボス部屋』なのである。
九七階は、【蛇軍副長】アラクネのジョロが管理する″女郎蜘蛛の棲家″。
九八階は、【狐軍副長】ウンディーネのマモリが管理する″水精の楽園″。
九九階は、【鬼軍副長】エルダーリッチのヌラが管理する″不死王の魔城″。
幹部たちが自分でプロデュースした、自分たちに有利な階層。
もちろんフロアに出て来る魔物は自分だけではない。
眷属や同系種族。そういった魔物たちと合わせて探索者に牙をむく。
″徘徊ボス″=″フロアボス″とも言えるが、肝心のそのボスが災害級。
アダマンタイト級のパーティーたちがその様子をモニターで見て「こりゃ無理だ」と匙を投げる有様。
よく突破できたものだと、見ている人々は口を揃える。
そしてやって来た百階。
観客たちにもすでに予想はついている。
「まだ出てきていない強力な従魔が四体もいる」と。
だからこそ盛り上がるのだ。やっと見られるのかという思いが強い。
モニターには【魔獣の聖刀】が映し出される。
安全地帯からの扉を開けるのは、パーティーリーダー【大魔導士】アレキサンダー・アルツ。
それに続くのは【聖典】デューク・ドラグライト。【陣風】クローディア・チャイリプス。
最後尾はマンティコアのデイドに跨った【怠惰】フェリクス・フルブライト。
二年間、注目を浴び続けた四人と一体。
割れんばかりの歓声が王都を轟かす。
英雄たちの活躍を期待する声が飛び交う。
アレクが入った扉の先、そこは広々とした石造りの空間だった。
観客からすれば、【百鬼夜行】での避難訓練で使用される大きな石の部屋を連想させる。
ただ違うのは、真正面にある大きな金属製の扉。
今までのボス部屋への扉とは訳が違う、仰々しいそれには、『竜』の絵が大きく装飾されていた。
そしてその扉の中央、目線の高さには何かをはめ込むような丸い穴が三つ……。
アレクたちはその扉へと向かわず、ぐるりと部屋を一周する。
つられるようにモニターのカメラが右を向くと、そこにも大きな扉がある。そこには『八本頭の蛇』の絵が。
さらに右、竜の扉の向かいには『三本角の鬼』の扉。
そして残りの一面、そこは『九本尾の狐』の扉がある。
入口となる祠を囲むように『竜』『蛇』『鬼』『狐』の扉しかないフロア。
敵もなし。道もなし。そんな異様な雰囲気が漂う最下層に観客は息を飲む。
誰彼ともなく口にする。
――【三大妖】を倒してからオオタケマルを倒せって事か……?
【蛇軍長】ダークヒュドラのオロチ。
【狐軍長】ナインテイルのタマモ。
【鬼軍長】炎鬼神のシュテン。
――そしてダンジョンボス、エンシェントドラゴンのオオタケマル。
それはもう九七階から九九階層の鬼畜が優しく思える所業。
世界最高難易度のダンジョンと呼ばれるに相応しい、その最終階層に相応しいとも言える。
こんなのクリアできるわけがない。
人間には無理だ。
でも、英雄たちならば……。
肯定と否定、不安と期待が入り混じる。
彼らはどの扉から攻略するのか、目はモニターに釘付けとなる。
そんな観客の様子をダンジョンマスターのビーツ・ボーエンは庭園の近くで眺めていた。
親友たちの挑戦、信頼する【三大妖】との戦い。
それを見守りたい気持ちはある。
それでもそんな様子を楽しんでくれている観客の人たちがいる。
ここは恐ろしいダンジョンでありながら、楽しい娯楽施設。
自分はそこの管理者であり経営者である。
そんな矜持とも言えない気持ちで、日課の見回りをしていた。
周りを見渡せば視界には入りきらない人々。それが一様に熱中している。楽しんでいる。
どんな祭りだって、国中の人が集まる建国祭だってこうはならない。
それを自分の目で見て、ビーツは思うのだ。
ああ、やってきて良かった。
やっぱり間違いじゃなかったんだ、と。
ふと大通り沿いの柵門を見る。
人波をかき分けるように入ってくる少年少女がいた。
見た目は悲しいかな自分と同じくらい。おそらく十歳の新人パーティーだろう。
初めて見るその冒険者たちはキョロキョロと物珍しそうに見回しながら屋敷へと近づく。
登録か、はたまた観戦か。
ビーツはニコリと微笑み、彼らに近づいた。
そしてこう言うのだ。
「王都ダンジョン【百鬼夜行】へようこそ!」
これにてこの物語は終了です。
ここまでご愛顧頂きまして誠にありがとうございました。
また別の作品でお会い出来る事を楽しみにしております。
藤原




