168:とある従魔の王城訪問
サレムキングダム王国、王都にある王城の一室。
国王エジルの執務室には、そこで書類仕事をするエジルと第一王子エドワーズ、文官衆と共に宰相のベルダンディも居た。
いつもの光景ではあるが、なぜかその日、その場は謎の緊張感に包まれていた。
同じ部屋にいつもは居ない女性の姿があったからだ。
髪の毛から服から肌から、全てが白い。唯一目だけが紅く輝く美しい女性。
誰もが見惚れる容姿を持つその人……いや、その魔物はアラクネのジョロである。
「国王陛下、こちら分け終えた書類になります」
「う、うむ」
フェリクスとアレクが王城を離れる探索時、手薄になる国王周りの警備の補助としてビーツから遣わされたのがジョロである。
従魔の中で見た目も能力も含め、一番適していると抜擢され、それをエジルもエドワーズもベルダンディも了承した。
確かに従魔の中で一番マシなのはジョロだろうと。他の従魔はいろいろとアレなのが多い。
しかしながらエドワーズと違い、初めて至近距離で接するエジルにはどうしても緊張が伺えた。
それはとてつもない美人だからなのか、はたまた災害級の魔物だからなのか。
そんなエジルの様子を気付いていながらもどこ吹く風、ジョロは淡々と告げる。
「こちらが国王陛下の決済が必要な書類、こちらは宰相様、殿下で対応可能なものです。また、こちらが計算間違い、誤字のあるもの。非常に多いので返却に回します。修正が必要な個所は指摘しておきました。また、虚偽と思しき報告書も数点。これは重々ご確認下さい」
「お、おう……」
ドンドンドンと積み重ねられる書類の束。
これにより文官衆の仕事はなくなった。部屋に居る皆が唖然とした表情で書類とジョロを見比べている。
思えば「警護につくのはいいのですが暇なので何かお手伝いさせて下さい」とジョロが言い出したのが始まりだった。
エジルは「ならば」と隣接する書斎の整理を頼んだ。
これならば離れるわけでもなし、暇つぶしにもなるだろう。
ジョロの能力があれば、有事の際に隣室から執務室まで来るのは一瞬のはずだ、と。
そして一時間後、ジョロは執務室へと戻って来た。
「書庫の整理が終わりました」と。
国王の書斎には本はもちろん様々な資料や報告書がいくつもの棚に埋まっている。
とても一時間程度で終わるものではない。
それが終わったという言葉に驚きながらも、書斎を覗けばなお驚いた。
棚の整理も完璧なのだが、隅々まで掃除がされている。ピカピカに輝いて見える。
侍女たちを総動員して丸一日大掃除してもこうはなるまい。
と、そこまで思考は飛んでいたが、急に我に返った。
ん? 書庫と言ったか?
「はい。大書庫の整理も合わせて行いました。あぁ禁書庫へは入っておりませんのでご安心下さい」
は? と一同がまた真っ白になる。
王城の大書庫と言えば、王都の図書館も顔負けというほどの貯蔵量を誇る。それこそ書斎などごくごく一部だ。
慌てて執務室を飛び出し、大書庫へと向かえば、そこにはピカピカと輝く大書庫が……。
つまりは一時間のうちに書斎の大掃除だけでなく大書庫まで掃除したという事だ。
有能というレベルではない。
人間業ではない。いや人間ではないのだから魔物業か。いや魔物業でもないだろう。
混乱したエジルを揺り起こしたのは多少の免疫があったエドワーズであった。
この時、エジルは正式に次期国王をエドワーズに決めたという。
閑話休題。
書庫の整理が終わってまた暇になったジョロに書類仕事をさせてみればこの調子だ。
さてどうしようかと考えた矢先、ジョロからまたも爆弾が落ちる。
「陛下、どうやら謀反を企てている輩がおりますが、いかがなさいましょうか」
いきなり何を言い出すのか。意味を理解するのに時間を要した。
「今、東側二階の奥の部屋にて貴族と思われる三名が話し合っております。フェリクスとアレキサンダーが居ない今がチャンスだとか何とか……。申し訳ありません。声を拾っているだけですので容姿までは分かり兼ねますが、喋り方からおそらく貴族の男性ではないかと」
言葉を失くす執務室。それは即ち王城内の話し声を聞き取り、精査しているという事。
そんな事が可能なのか、いくらジョロだとは言え。
恐ろしい。絶対に敵に回してはいけない。
呆然自失となったエジルを正気に戻したのは、またもエドワーズであった。
エドワーズはすぐに衛兵を引き連れ、その部屋を強襲。反逆者の捕縛を行った。
この時、エジルはそろそろ退冠しよっかなと考えたという。
その後、やる事のなくなったジョロは執務室の隅で趣味の裁縫に興じた。
「もう遊んでても警護できるだろ? 好きにしててくれ」というのが国王の本音である。
久しぶりに趣味の時間を多くとれるとあってテンションが上がったらしい。
王城内で使われるシーツやナプキン、テーブルクロスなどは全て一新された。輝くような真っ白なものに。
王城勤めのメイド達が着ているメイド服もデザインはそのままに新調された。
何かあっては困るからと、防御力と軽さを追及した【百鬼夜行】仕様である。ホーキやマールも着ているものだ。
ちなみに全て原材料はアラクネの糸であり、超高級品である。
「ありがとうございます、陛下、ジョロさん!」と喜ぶメイドたちを、エジルたちは「お、おう」と苦笑いで返した。
こんな予定じゃなかったんだよ、と言いたいが我慢である。
頭を抱えたいが国王的にそれはNGである。
一家に一台、いや、一国に一体欲しい人材である事を一日で示したジョロ。
これ以上ないほどに助かったという気持ちと、しばらくゆっくりさせてくれという気持ち。
いつもより効率よく短時間で仕事が終わったというのに虚脱感が半端ない。
その日、エジルは風呂から上り、マッサージチェアに掛かり続けたと言う。




