167:とある英雄パーティーの探索開始
「モニターをご覧の皆さん! どうぞご注目下さい! いよいよ始まろうとしております! あの【大魔導士】アレキサンダーが! 【陣風】クローディアが! 【聖典】デュークが! なんと【怠惰】のフェリクスを引き入れて帰ってまいりました! 英雄たちの戦いの舞台! それはここ、ダンジョン【百鬼夜行】! 同志であるビーツ・ボーエンがダンジョンマスターを務める世界最高のダンジョン! 今、新生【魔獣の聖刀】の挑戦が始まろうとしております!」
かつてない熱を帯びたポポルの実況に、庭園の観客も、そしてホールのモニターを眺める冒険者たちも騒ぐ・騒ぐ・騒ぐ。
庭園もホールも人が溢れんばかり。いや、実際に溢れている。
確かに【覇道の方陣】や【不滅の大樹】が挑戦し始めた際にもまさしく祭り騒ぎとなったのだが、今回はケタが違った。
衛兵も緊急増員している。ギルド職員も慌ただしい。モニターを見つめる中には同じアダマンタイト級の″祭り組″パーティーの姿もあった。
ポポルの声を張り上げるような実況は続く。
「記念すべき本日の解説は、英雄たちの事を誰より知っている従魔と言えるでしょう【三大妖】のお一人! 【鬼軍長】シュテンさんにお越しいただきました!」
「よろしくたのむ」
それでまた観客が盛り上がる。
シュテンは解説に出る事は少なからずあるが、それでも【三大妖】として知名度、人気は群を抜く。
従魔の中でも解説向きの性格と声。ファンでなくとも余計に盛り上がるものだ。
「シュテンさんは幼少期からビーツ様の従魔となり、【三大妖】として従魔を代表して召喚される存在。【魔獣の聖刀】がパーティーを組み始めた当初からお付き合いがあると聞きますが」
「そうだな。主殿とアレク・クローディア・デュークがパーティーを組もうとしたのは五歳の時だ。その頃すでに私は従魔となっていたが会った事があるのはデュークくらい。実際に面と向かって会ったのはパーティーを実際に組んだ十歳の時だった」
「シュテンさんは稽古をつける立場だったと英雄譚にありましたが」
「ああ、特にクローディアとデュークに関しては随分と模擬戦したものだ。まぁ当時は二人は十歳だし私もフレアオーガクイーンだったので、弱い者同士のお遊びみたいなものだ」
あれほど盛り上がっていたホールの冒険者たちがシーンとなった。
オーガ系最上位種がオーガキング。それの火属性に特化した個体がフレアオーガキング。雌の場合がフレアオーガクイーンである。
まだ現在のシュテンの種族である『炎鬼神』というものが判明していない当時、最強のオーガ種と言えばそれであった。
単体では違うものの、眷属の群れをなせば、確実に災害級の指定を受ける魔物である。
その最強のオーガと十歳から模擬戦をしていたらしい。
お遊びどころか、死ぬより恐ろしい拷問である。
そんな英雄に戦慄し、そんな従魔を当時から従えていたビーツに戦慄する。
つまりは「やっぱ英雄ってヤバイ」となる。
「そこから魔族討伐、そして大陸一周を共にし、成長を見て来られたと思います。それをもって今回のダンジョン挑戦、シュテンさんはどこに注目されますか?」
「まぁ一番の関心事は『強くなっているか、弱くなっているか』だな。あれから七年、訓練はしているだろうが、戦いの密度は限りなく減っている。第一線を離れたことが吉と出るか凶と出るか」
「ブランク……ですか」
「大いにあるだろう。少なくとも新しくフェリクスとデイドを入れた事で連携面に影響が出るのは間違いない。おそらくしばらくの間は連携確認と感覚の取り戻しに翻弄されることになるだろうな」
シュテンのその言葉はモニターを眺める観客に少しの静寂をもたらせた。
英雄の登場だと浮かれていた者たちに一瞬の緊張が走った。
そしてそのまま、目はモニターを見続ける。
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「じゃあ行くか。フェリクスさんとデイドは打ちあわせ通りに最後尾で。デイド、オレたちの探知に抜けがあったら教えてくれ」
パーティーリーダーであるアレクの声で新生【魔獣の聖刀】の探索は開始された。
場所は五〇階層″暗黒迷宮″。
アレク、クローディア、デュークの三名はプレオープン時に百階まで到達したことで、そこまで転移できる。しかしフェリクスは【混沌の饗宴】時に五〇階に到達しただけ。
従って彼らの挑戦は五〇階層からとなる。
これにフェリクスは「悪いな、足引っ張ってるみたいで」とちっとも悪くなさそうに言ったが、三人とていきなり百階など行くつもりはない。
実戦感覚の取り戻し、連携の確認、フェリクスが加わった事での新たな戦術の見出しなど、深部に行くまでにやらなければならない事は大いにある。
早くに結果を求めるであろう国王や観客には申し訳ないが、そこまでの時間稼ぎは重要だ。
その意味でもフェリクスに感謝こそすれ、悪く思うことなどなかった。
「じゃあ先頭は俺な。さて、一番遠ざかってるのが俺だろうし、錆びれてなきゃいいんだが……あ、5m先、足元に糸な」
「了解。私はデューク以上にアレクが心配よ。私は日頃から振ってるからね」
「オレだって使っちゃいるよ。それこそ探知なんか王城でいっつもやってるし」
三人とも不安と自信を含ませつつ、暗闇の中を歩き始める。
先頭のデューク、そして二列目のクローディアとアレクが魔力探知をしつつ進む。
そうして発見した罠や魔物を口頭で告げる。
これは「気を付けろよ」という意味ではなく「気付いたから言わなくても大丈夫だぞ」とデイドに言っているのだ。
もし三人の誰もが言わずにいた場合、それは罠を探知していないと見て、デイドが注意を促す事になっている。
言わばちゃんと魔力探知が使えているかの確認だ。
そんな四人(フェリクスはデイドの上で寝ているだけなので三人と一体だが)の探索速度は驚くほど早い。
四人ともが魔力探知を使っているのだから当然だが、普通に歩く感覚でトラップの糸を潜り抜けていく。
モニターを見る観客……特に冒険者や常連の一般客は、その様子を唖然とした表情で見つめていた。
これは本当にあの″暗黒迷宮″なのか、と。″祭り組″でさえ探索が遅々となった五〇階層なのか、と。
「これ、モニターで映されてるのよね……確か今日の解説はシュテンよね」
「だろうけど……お前やめろよ! おい! 手を振るなバカ!」
「シュテーン! 待ってなさい! あんたは私が倒すわよ!」
暗闇の中、虚空に向かって刀を突きつけ、叫ぶように宣言するクローディア。
ただのファンサービスである。
彼女自身、弟子たちと潜ることはあっても、その戦闘シーンをモニターに映された事はない。だからはしゃいでいるのだ。
……まぁこんな事をやる探索者など他に皆無なのだが。普通の探索者は皆真剣である。
「お前ら、いつもこうなのか……」
騒ぐ子供をみつめるように保護者感覚のフェリクスはデイドの上に寝転がったまま、そう呟いた。
そして地上では、クローディアの挑戦を受けたシュテンが発した『ほぅ』と言う言葉に、観客たちはなぜか身震いし、シュテンの隣で一瞬の殺気を感じたポポルは気絶寸前になったと言う。
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そんなダンジョン内と地上の様子を管制室のモニターで眺めるビーツ。
隣にはいつもは影の中にいるオロチと、タマモが並んで立っていた。
「いよいよかぁ」
そう言うビーツの表情は何とも言い難い。
観客は超満員、冒険者たちも賑わっている。
それを喜ぶダンジョン経営者としての嬉しい思い。
一方で、【魔獣の聖刀】の中に自分がいないという事実。
寂しさ、もどかしさ、様々な感情がよぎる。
これから彼らは自分の愛しい従魔たちと本気の戦いをするのだろう。
もちろんどちらも死ぬ事はない。
しかし、どちらも苦しい目にはあう。
それが戦いであり、それがダンジョンというものだ。
だからこそ、こう呟くのだ。
「がんばってね」
彼らにも、従魔たちにも。




