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166:とある混乱の日常風景



「だだだだ大スクープにゃあああ!!!」



 王都にある新聞社、シェケナベイベータイムズの社屋から走って飛び出した猫獣人。

 ダンジョン【百鬼夜行】担当番記者のニャニャシーである。


 獣人特有の膂力をもって大通りを中心部へと走る、走る、走る。

 当然騒いでいるのは″新生″【魔獣の聖刀】の件である。


 【覇道の方陣】の帰還に続き、【交差の氷雷】が帰還するとの情報を得た。

 そのスクープはすぐにでも新聞化しなければならない。

 王都中、王国中、下手すれば世界にまたがる【百鬼夜行】ファンが大いに驚く内容だ。

 だからこそ必死になって記事をまとめていたのだ。


 ところが【交差の氷雷】帰還情報のすぐ後にとんでもないスクープが舞い込んだ。

 フェリクスがビーツの代わりに【魔獣の聖刀】に入る?

 そして四人でダンジョン【百鬼夜行】に挑む?

 アレク、クローディア、デュークという″聖典″で描かれた英雄たちの戦いが、今度は庭園のモニターで見られる!?


 大パニック間違いなし。いやもうすでにパニックは始まっている。

 ニャニャシーの精神状態もパニックだ。



「ととととりあえずビーツ様のアポイント! そ、それから四人にも聞かにゃいと! 出待ち! 出待ちして捕まえるかニャ!? 応援呼ぶかニャ!? でもそんな時間が……」



 単独突撃中である。無計画に突っ走っているとも言う。

 それほど混乱しているのだ。

 はたしてちゃんとした記事になるのか不安なところである。





「ハンズウウウウウウ!!!」


「うおっ! ど、どうしたヒルトン!」



 王都中央区、南寄りの大通りに面した『渡り鳥の羽根休み亭』。

 そこの店主、ヒルトンが隣の『ハンズの道具屋』に怒鳴り込んできた。

 元々店主同士の仲が良い二人ではある。休憩時間にはお互いの店を行き来するし、共にダンジョン【百鬼夜行】の庭園で観戦するのを趣味とする自称・観戦マニアだ。


 しかし今は休憩時間でも何でもない。

 ただならぬ雰囲気にハンズはカウンターの奥で後ずさった。



「ままま魔獣の! ビーツが! フェリ、フェリクスが!」


「待て待て待て! 何言ってるか分からん! 落ち着け!」



 興奮の赤から青や白へと顔色と変化させているヒルトンを何とか押さえつけ、ハンズはカウンター裏の個室へと押し込んだ。

 とりあえずお茶を飲ませ落ち着かせる。

 なんとか話せる状態になったヒルトンから聞いた情報に、今度はハンズが取り乱した。



「ななななんだってえええ!!!」


「やばいだろ!? なあ! やばいよなあ!?」


「こ、こうしちゃいられねえ! 早く行かないと!」


「ま、待てハンズ! 店は!」


「知るか! 母ちゃーん! 任せるぞー!」



 店を放り出して逃げるように走り去る二人。

 その後ろからは奥さんの悲痛な叫びが響いた。

 後に大目玉をくらったのは言うまでもない。





「ええい! あのバカどもが! 一言くらい言っておかんか!」



 ダンジョン【百鬼夜行】の向かいにある冒険者ギルド。

 そのギルドマスター室ではエルフの美女が、美女らしからぬ怒鳴り声を上げていた。

 ユーヴェリーネ・セルスリーゼ。ギルドマスターにしてビーツの姉弟子、ユーヴェである。



「言われた所で変わらないんじゃないですか?」


「そうそう、俺らも見に行きたいくらいだし」


「五月蠅い、だまれっ! パベル! チュード!」



 ギルド職員の二人に八つ当たりする。

 パベルとチュードは現役時代にパーティーを組んでおり、【魔獣の聖刀】の四人が暮らしていた辺境の村に毎年依頼で向かっていた。

 幼少期から見知った仲であり、そこから英雄まで上り詰めた四人を誇らしくも思っていた。

 当然、自分たちがギルド職員となってからも付き合いのある連中だ。

 そんな彼らの活躍がモニターで見られる機会など早々ないだろう。

 【百鬼夜行】は目の前。すぐにでも行きたい所なのだ。


 しかし、そんな事をすれば目の前のギルドマスターがさらに激怒するに違いない。

 自重せざるを得ない。



「やつらが潜る日を調べてこい! それと現在の依頼票の確認だ! 依頼期限を全て報告しろ! いいか! 全てだぞ!」



 新生【魔獣の聖刀】がダンジョンに潜るというのは、王都民にとって最も身近な英雄の戦いぶりが見られる最高の機会だ。

 今まで英雄譚や噂話でしか知らなかった彼らの戦いをその目で見る。

 そして英雄が英雄に挑むというシチュエーション。


 大混乱は目に見えている。

 探索日には未だかつてないお祭り騒ぎになるだろう。

 国中から人が集まるかもしれない。治安はどうだ? 酔っ払いが溢れかえる? 絶対に問題を起こす冒険者が出て来るぞ?


 おまけに観戦したいとホールにたむろする冒険者が大挙するはずだ。

 その日の依頼達成数は極端に減るはず。期限を見誤れば依頼の未達成が増える。

 ギルド側で依頼を受ける際に調整しなければならない。


 そういった諸々を含め、ギルドマスターは考える事が多い。

 決して相談もせずに寝耳に水の如く起こっていい事件ではないのだ。

 だから叫ぶ。



「くっそがああああ!!!」



 再度言うが、彼女は美人のエルフである。





 そして王都から離れた、王国最北の港町、ファンタスディスコまでも情報が届いた。



「お、お姉さまが【百鬼夜行】に!? アレク様とデューク様と……フェリクス様と!? ビーツ様に挑むんですの!? なんということでしょう! これはもう英雄譚の再現! いえ、新たな英雄譚の始まりですわ!」


「セ、セレナ、落ち着きなさい」


「お父様! 落ち着いてなどいられませんわ! わたくし王都に行って参ります! この目でお姉さまの大活躍を見なければなりません! 待っていて下さい、お姉さま! わたくし、今参りますわ!」


「ちょっ、ま、えっ……」



 ファンタスディスコ領主、デカルト・ドル・ファンタスディスコの声は虚空へと消えた。

 部屋は無音に包まれた。




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