165:とあるパーティーの新結成(王命)
数日前の王城、国王エジルの執務室にて。
エジルと並ぶエドワーズ王子とベルダンディ宰相、そしてその前に並ぶのは王国が誇る五人のアダマンタイト級冒険者。
すなわち、アレク・ビーツ・クローディア・デュークの【魔獣の聖刀】四名と【怠惰】のフェリクスである。もちろんフェリクスの後ろにはマンティコアのデイドも居る。
エジル国王がここへと呼んだ経緯について説明していた。
「―――というわけで【交差の氷雷】は一端マハルージャへと帰還させる。今後はおそらく一月か二月ごとに王都とマハルージャを往復するような形になるだろう。ま、依頼の内容にもよるだろうがな」
ブラッキオ・ドル・マハルージャ伯爵は王へと直々に嘆願したと言う。
いくら国王に重用されている伯爵と言えども普通はありえない事だ。そもそも【交差の氷雷】が【百鬼夜行】へと挑戦するのは国命だったのだから。それを取り下げてくれという直訴に等しい。
それほどまでにマハルージャが不安定なのか、もしくは厄介な依頼でも抱え込んでしまったのか。
話しを聞くだけのアレクたちに真相は掴めない。
「【覇道の方陣】が王都を去った。これで【交差の氷雷】まで去るというのは頂けない。世界中の猛者が最前線で鎬を削る現在の【百鬼夜行】、そこに王国所属のパーティーが居ないというのは盛り上がりに欠けるというもの」
実際、建国祭から続く″祭り組″の快進撃は、いまだかつてない好景気を生んだ。
ダンジョン【百鬼夜行】の周りが大盛況なのはもちろん、触発された冒険者や観戦したい富豪、商機と見た商人も世界中から集まる。
冒険者が増えれば王都周囲の魔物討伐も増える。魔物に対する治安も良くなる。
人が増えたことで都内の治安に不安な面もあったが、騎士団が危惧するほどでもなかった。
以前にビーツが【奈落の祭壇】に出張した際に体験した、フレイド侯爵の大捕り物劇、スタンピード強襲からのオオタケマル騒動。
そうした経験が密にあった事で騎士団の意識も変わったのだろう。ビーツという爆弾を抱え込んでいる事実をより実感したと言ってもいい。自分たちが王都を守らねばと改めたのだ。
閑話休題。
ダンジョン【百鬼夜行】が盛り上がっている要因の一つが【交差の氷雷】の存在である。
もちろん″世界最強″である【覇道の方陣】も人気があるが、ここは王国サレムキングダム。王国所属のパーティーの人気というのは本当に高い。
観客の多くは地元出身のパーティーを応援し、その歓声は周囲に伝染する。
【交差の氷雷】が【百鬼夜行】で戦っているというその事実が、好景気を維持している要因の大きな一つだと、エジル国王も考えていた。
それを一時的とは言え、抜けたままにするのは愚策。
エジル国王は本題に入った。
「そこでお前らに【百鬼夜行】に潜って欲しいのだ」
「ええっ!?」
驚いたのはフェリクス。【魔獣の聖刀】は事前にエドワーズから話しが行っている。
四人の反応で「お前ら知ってたのかよ」と流し目のフェリクスだったが、気を取り直してエジル国王へと質問した。
「えっと陛下、俺もですか? 俺がこいつらに加わって潜れと? ビーツはどうするんです?」
「プレオープン時じゃあるまいしビーツを探索者とする事は出来ん。あくまでダンジョンマスターとして、運営側として探索者と対峙してもらう」
「はぁ」とビーツが残念そうに溜息をつく。
せっかく【魔獣の聖刀】が揃って戦いの場に赴くというのに、そこに自分は居られない。しかも仲間に敵対する側、その大将役なのだ。
自分で決めた配役とは言え、実際にそれが始まるとなると″楽しい″や″悲しい″よりも″残念″の気持ちが強い。みんなと一緒に楽しめないのかと。
「ビーツを抜いた【魔獣の聖刀】では百層到達は不可能。そうなのであろう? アレクよ」
「はい、不可能です」
「それで指名されたのがフェリクス、お前だ」
「うわぁ……まじかよお前ら……」
「【魔獣の聖刀】の中でビーツの役割は主に中衛とデバフ。もちろん従魔の戦闘力もありますが基本的に戦闘参加はさせていませんでした。よほどの強敵相手の時は別ですがね」
項垂れるフェリクスを余所にアレクが語るビーツの役割。
パーティー戦闘時はビーツは″召喚士″ではなく″鞭術士″として活動していた。
それは従魔の力に頼り過ぎになる事を恐れた為。自分自身が強くならないと従魔に顔向けできないと考えた主としての矜持でもある。
「ただダンジョン……特に【百鬼夜行】クラスのダンジョンを探索するとなれば、オロチの探索能力を当てにする他ないでしょう。仮に【魔獣の聖刀】で潜っていたとしてもオロチに助けてもらうと思います。 ビーツとオロチの代わりが出来るのは失礼ながらフェリクスさんとデイドを除いて他に居ないでしょう」
「過分な評価どーも」
アレクにそう言うフェリクスは、全く感謝の籠っていない表情を向ける。
指名すんじゃねーよ、と言わんばかりだ。
しかしここへ来て「やりたくありません」は無理なんだろうなーとフェリクスはエジル国王へと顔を向けた。
「話しは分かりましたが、そうなると俺とアレクが両方とも王城から離れますよ? そこら辺はどうするんです?」
「うむ、まずは探索を多くとも三日に一度とする。出来れば五日に一度程度が望ましい。調子が良いからと連日潜るような真似は禁ずる。皆、すでに本業があるのだからな」
フェリクスは国王の警護や密偵。アレクは宮廷魔導士長としての仕事。デュークは教会の司祭としての仕事。
クローディアは「私の本業って何だったっけ……」と少し考えたが、騎士団の訓練とか道場経営とかしていた。
皆、現役アダマンタイト級冒険者でありながら、冒険者としての活動はすでに本業とは言えない。
「そしてフェリクスとアレクが王城不在となる探索時には、ビーツから従魔を派遣してもらうつもりだ」
「ええっ!?」
フェリクスのその驚きはもっともなもので、宰相のベルダンディなどは苦笑いをしている。
他の貴族の手前、従魔を王城に入れる事については厳しく制限していたのだ。
今も付き添いのシュテンとオロチは護衛控室で待機している。
いくら有名で人気のあるビーツの従魔と言えども、魔物を国王に近づけるわけにはいかない。そう決めていたものを取り払うと言うのだ。
「まじかよビーツ」
「えっと、基本的にはジョロを警護につかせるつもりです。ジョロの都合がつかなかったらホーキかなぁと。出来るだけ人間の見た目で尚且つ警護できる力量となるとジョロかマモリなんですけど……」
「マモリは無理だ。ホーキで正解だろ」
「まぁ基本的にジョロなら問題ないでしょう。なんでも出来るし。むしろジョロが居なくなる【百鬼夜行】が心配だわ」
「それこそホーキとかに頑張ってもらう感じになるね」
デュークが即答で否定したようにマモリでは見た目が幼すぎる。とても国王の警備についているとは思えない容姿だ。
その点ホーキならばマモリより戦闘力は劣るものの、翼と角を除けば見た目は侍女。国王の傍に居ても問題なさそうに思えた。
クローディアが危惧したジョロ不在の【百鬼夜行】に関しては、むしろ使い勝手の良いジョロに色々と任せ過ぎていた所もあり、ビーツとしては見直す良い機会ととらえた。
兎にも角にも、こうしてダンジョン【百鬼夜行】への挑戦が決まった。
パーティー名はどうしようかという話しになり、ビーツの代わりにフェリクスが入るだけなので、そのまま【魔獣の聖刀】を継続する事にした。
もともと【魔獣の聖刀】は四人を現す一文字ずつを合わせたパーティー名である。
『魔』がアレク、『獣』がビーツ、『聖』がデューク、『刀』がクローディア。
フェリクスもデイドという『獣』を従えているのだから問題ないだろうと。
そうして決まった新生【魔獣の聖刀】。
ビーツは皆の手前、賛同したが、内心は少し寂しかった。
自分の抜けた『獣』の場所にフェリクスが入る。
【魔獣の聖刀】に自分の居場所がない。
頭で理解はしているものの、心はどこか曇っていた。
立場は違えど仲間である事には違いない。
そうビーツが思えるまで少しの時間を要するのであった。




