164:とある英雄の宣戦布告
「おお、ビーツよ! お前からも伯爵に言ってやってくれ! 私はまだ探索したいのだ! それを依頼がなんだと五月蠅くてかなわん! なぜ指名依頼などするのか! なぜ私とビーツの逢瀬の邪魔をするのか!」
「アハハ……」
「姉ちゃんから離れろよ、ビーツ! お前ばかりずるいぞ!」
「アハハ……」
地上部の屋敷にてスノウとサッズに挟まれたビーツは終始苦笑いだった。
目でソルトに訴えかける。何とかしてくれと。
「えっと、ソルトさん、すぐに帰るんですか?」
「ああそうだな。何件か依頼が溜まってるらしいし。で向こうで一月くらいかけて消化して……それからまた戻って来る感じか」
「ハードですね……」
「しょうがないだろ。早く戻って来ないとスノウが五月蠅くてかなわん」
ソルトはそう言って頭を掻く。言う事を聞かないメンバーを持つリーダーの苦悩は計り知れない。
その後もスノウはビーツにくっついたまま、頭をナデナデし続け、ごね続けた。
が、最終的には諦めたようだ。
「いいか、ビーツ! すぐに戻って来るからな! 私のことを忘れるんじゃないぞ! 伯爵の依頼なんぞパパッと片付けてきてやる!」
そんな捨て台詞のようなものを残し、【交差の氷雷】は【百鬼夜行】を後にした。
その様子は冒険者から庭園の観客へと知られることとなり、【交差の氷雷】の一時的離脱がすぐさま広がったのだ。
【覇道の方陣】に続き【交差の氷雷】もダンジョンを去る。
どちらも一時的なもので戻って来ることを示唆してはいたが、それでも観客からすれば楽しみが減るのは確かな事。
ショックを受けたものは予想以上に多かった。
しかし、その落ち込んだ気分は急速なV字回復を見せる。
落ち込んだ分の反動からか、ダンジョン【百鬼夜行】は空前絶後の盛り上がりを見せるのだった。
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それは大通りから聞こえて来た騒ぎが始まり。
驚きと歓声と、何やら人々の大声が聞こえ始めた【百鬼夜行】の庭園ではざわざわとし始める。
一体何を騒いでいるんだ、どこかの王族か有名人でも現れたのか、そんな声が広がる。
見つめる【百鬼夜行】の入口、柵門。そこから見える大通り。
そこに現れたのは観客の誰もがよく知る有名人……いや、有名人たちであった。
先頭を歩くのはいつもの紫ローブではない、深緑のローブを纏った青年。王国が誇る宮廷魔導士長【大魔導士】【消臭王】アレキサンダー・アルツ。
二人目にこちらはいつもの赤いハーフマントを背負い太刀を佩いた容姿端麗の女性。陣風一刀流師範【陣風】クローディア・チャイリプス。
三人目に青い神官用のローブを羽織り、それと裏腹にタワーシールド、プレストプレート、ガントレットなど部分的重装備を身に着けた長身の男性。創世教司祭位【聖典】デューク・ドラグライト。
四人目にマンティコアの上に気だるげに寝そべる優男。王国では知らぬ者は居ない大剣の使い手。それでいてマンティコアのデイドという規格外の魔物を従えた国王の懐刀。【怠惰】フェリクス・フルブライト。
その四人と一体が柵門を越えて【百鬼夜行】の敷地へと入って来た。
庭園の観客は皆、立ち上がり声を上げる。王国が誇るアダマンタイト級が四人、いやビーツも含めれば五人。それがこの場に集結しているのだ。
何事か、一体何が始まるのか。ただ事ではない雰囲気に観客のボルテージは上がる。
アレクたちを迎えるように屋敷の入口にはビーツが立っていた。
友達を自分の家に招くように笑顔のまま。
しかし空気を読まない……いや、観衆の空気を読んだサービス精神旺盛な女が一歩前に出る。
なんだ、どうした? と疑問符を浮かべたアレクたちを余所に、クローディアはビーツに対し、刀を抜きその切っ先を向けた。
少しビックリするビーツ。対面のクローディアはニヤリと笑って叫んだ。
「我ら新生【魔獣の聖刀】! これよりダンジョン【百鬼夜行】制覇に向けて探索を開始する! ダンジョンマスター、ビーツ・ボーエン! いざ尋常に勝負よ!」
その言葉に庭園の観客がどよめく。
「うおおおお!!!」
「新生【魔獣の聖刀】だってよ!」
「ビーツの代わりにフェリクスが入るのか!」
「とんでもない事になったぞ!」
「英雄が英雄に挑むのか! こりゃ大ニュースだ!」
庭園だけではない。様子を伺っていた屋敷内の冒険者や大通りから覗く都民もが騒ぐ。
ビーツのパーティーメンバーだからこそ【百鬼夜行】には挑戦しないものだと思われていた英雄たちが、フェリクスを引き入れてパーティーを再結成。
そして挑むというのだ。世界最難関のダンジョン【百鬼夜行】へと。
クローディアの後ろのアレク、デューク、フェリクスは「こいつ……」と言いたげにクローディアをジト目で見ている。
対してクローディアはドヤ顔だ。
そして目でビーツに言っている。「ほら、返しなさい」と。無茶ぶりだ。
「えっと、あの、ぼ、僕は―――」
突然のことに動揺を隠せないビーツ。もとより人前では話すことが苦手な小市民体質である。これだけ注目をされながら「その挑戦、受けてたとう!」などと芝居がかった真似が出来るはずもない。
そんな主の不安を読み取ったのか、クローディアの出した切っ先の前に、ビーツの足元からニュルンと出て来た少女―――オロチだ。
「ん。―――百階で待ってる」
それだけ言うとオロチは影に戻った。
それはクローディアの挑戦に対し、最古参従魔であるオロチが受けたという事。最下層まで降りてこい、そこで雌雄を決しようと。
少なくとも観客たちにはそう見えた。だからこそさらに盛り上がった。
終わることのない喧噪の中、アレクたちは再びビーツに迎えられ屋敷へと入った。
クローディアのみがやりきった顔。その他男性陣は探索前から疲れた様子だった。
「オロチ、助かったわよ。あんたやるわね」
「当然。私はやればできる子」
ビーツの足元と小声で会話しているクローディアに「後で説教な」と告げた。




