162:とある最強パーティーの帰還
「というわけで、この人がダンジョンマスターだそうです」
「……長時間かかったわりには、あっさりしすぎだろ」
ビーツがグラディウスへと話した報告では、兵糧攻めについて触れていない。
確実なダンジョンマスター攻略方法を隠したまま、「ヌラさんが乗り込んでダンジョンマスターを発見、討伐した」と話した。
グラディウスが不機嫌になるのも仕方ないことだ。彼はこの件を皇帝に報告しなければならないのだから。経緯が曖昧すぎる。
加えて言えば、ヌラはザルツシェルトを死体のまま持ち帰り、帰還後にアンデッド化した。
事前にアンデッド化するとビーツの召喚に弾かれるからだ。だから死体を荷物扱いで持ち帰った。
「一応ヌラさんのほうでアンデッド化させたんですけど、どうします?」
「どうするとは?」
「えっと、今はヌラさんの眷属ゾンビみたいな感じなんです。ほとんど人形みたいな状態で記憶もなければ喋ることもできません。だからこの人……ザルツシェルトさんって言うらしいですけど、情報を引き出すとかは出来ないんですよ」
「ん? 名前は分かったのか?」
「ええ、ダンジョン内に研究室があったそうです。ヌラさんが調べたら資料が出て来たと」
「ご丁寧に記名してあったぞい。よほど自己顕示欲が強いんじゃろうなぁ、ふぉふぉふぉ」
「その資料は?」
「ありますけど、渡しちゃうと帝国で研究されちゃいますよ?」
「うむ……」
グラディウスが唸る。
冒険者の常識的に考えれば提出すべきだ。そこに「魔物を操り人工スタンピードを起こす」という前代未聞の犯行方法が載っているわけだから。言わば犯行の証明であり、犯人の証明であり、被害者であり依頼人である皇帝が欲しているものなのだから。
しかしビーツが危惧するのも分かる。
皇帝が仮にこの研究をしないと結論づけたとしても、その資料が他者に渡ったら? 未来の次皇帝が研究したがったら? いくらでも懸念はある。
ならば、どれが正解か。
グラディウスはしばらく悩んだが結論は出なかった。一度持ち帰ることとなる。
「えっと、話しを戻しますけど、もし皇帝陛下が処刑を望んだとして『生きたまま捕らえた』と公表したがった場合、アンデッドの状態で渡すのがいいかなぁと。もし討伐しましたーで了承してもらえるならそれでもいいんですけど、その場合は死体を引き渡すか、こっちで処分するかになります」
「なるほどな。パッと見じゃアンデッドとは分からねえしな」
「まぁ死体に見えなくても魔族は魔族ですから、一緒に帝国まで帰るとなると大変でしょうけど……」
アンデッドのまま持ち帰るとなれば、馬車に隠すようにして帝国まで運ぶことになるだろう。
もし馬車の中を調べられたらどうするか。【覇道の方陣】はアダマンタイト級パーティーなのだから権力のようなものを使って言い包める事は可能だ。ただ噂は立つだろう。
微妙にいやらしい問題。
これもまた持ち帰ることとなる。
「ダンジョンコアはどうしたんだ?」
「…………」
「おい」
「うーん……いや、ありますけど、研究資料以上に渡したくないってのが本音で……」
「ふむ……」
今回の依頼はあくまで「ダンジョンマスターの討伐」であり、ダンジョンコアは副産物のようなものだ。依頼内容には含まれない。
ただ持っていれば皇帝が欲しがるだろう事は想像に難くない。
もう壊しましたと言うのは簡単だが、ビーツとしてはグラディウスに対して正直でありたかった。
【魔獣の聖刀】がアダマンタイト級パーティーとなったのに、未だベテラン冒険者たちに「お前らは甘すぎる」と言われる所以である。正直さや優しさは、度が過ぎれば冒険者にとっての不利益になるものだ。
「宿でメンバーと相談するが、一応渡さない前提で陛下に報告するつもりだ……とだけ言っておく」
「ありがとうございます」
今や万人が欲するダンジョンコアの魅力。
グラディウスはそれも分かっているが、同時にダンジョンコアの怖さも少しは分かっているつもりだ。
ダンジョン機能によって魔物のスタンピードが起こされた。その実例。
そしてダンジョンマスターであるビーツ本人が誰より危険性を示唆している。
確かに神の如き力を得る事も可能なのだろう。金のなる木でもあるのだろう。
しかしそこに何らかの悪感情が入り込んだ時にそれは大いに牙をむく。他者の破滅か、自己の破滅か。
扱いに困るものである以上、スペシャリストのビーツが保管しておいたほうが良いのでは、グラディウスはそう傾いていた。
結局、その日は結論がでない問題を抱えたままグラディウスはダンジョン【百鬼夜行】を後にした。
宿へと帰り、【覇道の方陣】のメンバーと協議する。
しかる後に皇帝と鳥を使った文書のやりとりを経て結論を出した。何度も鳥を往復させたのは言うまでもない。
ダンジョンマスター討伐の報告を受け、皇帝は例のダンジョンへと再度派兵を行った。これは本当に討伐されたのか、その確認も含めてである。あわよくば魔族が残した研究資料など残っていれば押収したかったというのもある。
ダンジョンコアを壊したわけではないのでダンジョン自体は機能を失いながらも崩れずに残っているのだ。探索するのは自由。
だが資料は全てヌラが回収しているので無駄なのだが。
もちろんそれはグラディウスからも報告を入れているが念の為というやつだろう。
ザルツシェルトの死体に関してはアンデッドの状態で持ち帰るようグラディウスへ通達された。
これにより仮面をつけてローブを羽織った怪しい人物が【百鬼夜行】から【覇道の方陣】と共に出ていくことになる。
ミラレースやマールに施したような変装も考えたが、ビーツがその場に居ない以上、そのまま帝国に行っても変装を解くことが出来ないとなり断念。【覇道の方陣】は苦労して帰路につく事になる。
研究資料については当然のように提出要請が来た。
しかしそのまま渡すのも危険だと、グラディウスにも内緒でビーツとヌラは改竄を試みる。
もとより大量のダンジョン魔力がなければ完成しない代物だが、いつか帝国がダンジョンを有し、この研究を実践されたら堪ったものではない。
従って、ダンジョンマスターにしか分からないレベルで、絶対に研究内容が実現しないよう資料の書き換えを行ったのだ。ダンジョンの性質を理解したダンジョンマスターが研究しようと試みて初めて分かるほどの微妙な改竄である。皇帝やグラディウスたちにそれが分かるはずもない。
彼らはその研究資料を見て「確かにこの研究によってスタンピードが起こされたのだろう。しかしその魔道具は作れない」という結論になるはずだ。
ちなみに、提出した全ての研究資料は、ヌラが独自に写本済みである。自分でも確保しておきたかったらしい。
ダンジョンコアについては「依頼を受けた冒険者ビーツが依頼の範囲外で手に入れた宝であり、提出義務はない」との旨をグラディウスから皇帝へと報告された。
皇帝としてもダンジョンコアは入手したかったが、グラディウスにそう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。正論以外の何物でもないからだ。
もちろん皇帝の権力を行使して、有無を言わせず横取りする事も出来た。
しかしそれは皇帝から【覇道の方陣】への絶縁状に等しい。最強の手駒を手放すわけにはいかない。
今現在【百鬼夜行】に二つのダンジョンコアがある、その情報を手に入れただけで良しとしたのだ。実際、流布できない極秘情報なのだから。
かくして【覇道の方陣】は帝国へと帰還する。
改竄された研究資料と謎の仮面男を引き連れて。
ダンジョン【百鬼夜行】を賑わせていた″世界最強の冒険者″【覇央】グラディウス率いる【覇道の方陣】の離脱。
これにがっかりしない観客は居なかった。
去り際にグラディウスはビーツに対しこう言った。
「俺が帰って来るまで″リドルの館″の100%達成者出すんじゃねえぞ。誰か出しそうならお前の力で謎解きいじっておけ」
ああ、やっぱり帰って来るんだ、と観客たちは安堵した。
ビーツは苦笑いのまま返事をしないで見送った。




