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王都ダンジョン【百鬼夜行】へようこそ!  作者: 藤原キリオ
第十章 挑む者、挑まれる者
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161:【最狂】ザルツシェルトvsヌラ



 とあるダンジョンの最奥、器具や書類、素材の類が散らばった雑然とした研究所に一人の男が居た。

 見てくれは三十台の細身の男。しかし髪は銀髪、肌は紫――つまりは魔族。

 かつての十魔将の一角、【最狂】と呼ばれた研究者、ザルツシェルトである。


 スタンピードを引き起こし帝都を襲撃させたのは数か月前のこと。

 それ以来、共犯まがいに利用していたブザーマ侯爵とは連絡をとっていない。こちらからとる気もないが、おそらくは早々に捕まったか殺されたかしたのであろう。

 まぁどの道、侯爵はすでに用済みだ。気にする必要もない。


 それから思惑通りに帝都の騎士団がダンジョンへとやって来た。

 その全てを殺し、ダンジョン魔力に変え、魔力の貯蓄は増えた。実に有り難いことだとザルツシェルトは感謝する。おかげで研究が捗ると。



 魔物の洗脳の次は人間の洗脳だ。すでに理論は出来上がっている。

 プロトタイプの魔道具を造り、検証の後に本格的製作へと入る流れ。その予定もすでに組まれている。

 あとは魔道具作成に必要なダンジョン魔力の確保のみ。

 騎士団から確保した魔力は、研究設備の増強や素材への変換、あるいはプロトタイプ作成の前段階の試作にて使われている。

 この残りだけで本番用の魔道具作成までこぎつけるのは不可能。ザルツシェルトの優秀な頭脳はその不足分までもすでに計算されていた。



「ふむ、しかし……いくらなんでも大人しすぎるな」



 研究の手を止めて、そうごちる。

 彼の憶測では第一陣の騎士団が全滅した事により第二陣が侵入してくるはずだった。

 帝国を統べる皇帝の性格は調べ尽くしている。第一陣が全滅となった事で余計にダンジョン攻略に乗り出すはずだ。

 最悪、騎士団でなくとも傭兵団を雇ったり、冒険者ギルドを通して冒険者に探索させたり、手持ちの最強札【覇道の方陣】を王国から呼び戻して攻略に当てる……方法はいくらでもある。


 なのに、第一陣の騎士団を投入して以降、数か月も音沙汰なし。

 どこからか迷い込んだオークが数体入っただけだ。

 まさかあの皇帝が臆したのか?……いやありえない、とザルツシェルトは頭を振る。


 いずれにせよ予想外の展開が起きているのは確か。

 このままではダンジョン魔力が干からびる。余計な研究製作をしなかったとして約一月か。脳内で瞬時に計算する。


 ザルツシェルトは重い腰を上げた。

 帝都の様子を見に行くついでに、適当な人間か魔物を拉致して来ようと。

 偵察と魔力確保を実行する為にダンジョンの入口に転移した。



「さて、念には念を入れねばな」



 入口から見えるダンジョンの外部、久しぶりに見る荒野の岩石地帯は以前と何も変わっていない。人も魔物も何も見えず至って静かだ。

 それでも監視されている可能性がある、とザルツシェルトは両手の魔道具を起動させた。


 右手の腕輪はマーダーカメレオンの魔石からダンジョン能力によって作成した魔道具。

 自身を周囲の景観に馴染ませ、姿を見えなくさせるもの。マーダーカメレオン自体が高ランクの魔物なので作成にはかなりのダンジョン魔力を必要とした。自慢の逸品である。


 左手の腕輪は光属性魔法『ミラージュ』の魔道具。これは高価ながら人間でも普通に作れるものだ。

 『ミラージュ』の効果は『気配を周囲に馴染ませることで探らせにくくする』といういわゆる『気配遮断』だ。斥候や密偵にはうってつけの魔法・魔道具である。


 この二つの魔道具によりザルツシェルトは、見た目も気配も探らせないようにする事が出来る。彼がダンジョンの外に出る際には必ず使用するものなのだ。

 魔道具の使用に必要な魔力も、魔族である彼ならばほぼ無尽蔵。使用に難はない。



 魔道具を起動させた後、ダンジョンの入口から顔を出す。

 改めて周囲を目視確認してみるが、やはり人影はない。

 帝国兵の監視でもいるかと危惧していたが、どうやら杞憂だったらしい。


 しかし、そうなると余計に疑問が出る。

 攻め込みもせず、監視もつけず……まさか本当に皇帝は諦めたのか?

 スタンピードにより帝都を荒らされ、ダンジョンに送り込んだ騎士団を全滅させられ、それで諦めたというのか? あの皇帝が?


 ますます帝都を探る必要が出て来た。

 ザルツシェルトは意を決したようにダンジョンの外に出ると、背中の蝙蝠のような翼を広げた。

 そう、魔族は飛行可能な種族なのである。

 エルフをはるかに凌駕する魔力、人間以上の膂力、さらには飛行能力。″人類の敵対者″と呼ばれるのにはいくつもの理由があった。


 ふわりと地面から浮かぶ。

 そのまま上空へと昇り速度を上げて王都へ……



 ……そう思っていた。



「―――ッ!?」



 突如、胸に激痛が走った。


 突然すぎて理解が追いつかない。


 その原因となる胸を下目に見る。



 ……胸から手の骨(・・・)が生えている。


 いや、骨の手(・・・)か。


 それ以上は何も考えられない。

 ゴボリと口から何か出た。血か。俺の……血か。

 瞼を閉じるわけでもなく視界が暗闇に染まる。

 薄れていく意識の中、背後からの声が聞こえた。



「随分と引きこもっておったのう、ヒマすぎたぞい」





 魔族の死体を傍らに下ろし、ヌラは隣に立つロクロウと顔を合わせた。

 己の手についた魔族の血を綺麗なハンカチで拭きながら話す。


 やはり魔族は情報通りに姿を消す魔道具を有していた。

 そして魔族からは視認できないレイスと、そのレイスの魔力探知により魔族を発見できた。

 何かしらの魔法もしくは魔道具を使っているとは思っていた。そしてそのどちらでも魔力の反応は出る。

 自身の魔力と魔道具の魔力を完全に隠蔽できなければ、魔力探知の網は潜れないという事だ。魔族が魔力探知の存在を知らなければ防げるはずがない。



「レイスの報告が間に合って良かったわい。早々に飛び立たれていたら危うかったのう」

「……」

「うむ、真面目に監視しておったようじゃ。まぁ褒めるのは後にして……ダンジョンを調査するかのう」



 このままダンジョンに乗り込むのは得策ではない。

 今殺した魔族が本当に件のダンジョンマスターなのか、実は魔族が二人居て、ダンジョン内に残っている可能性はないか。

 そうした懸念もあり、まずは適当な魔物をダンジョンに入れてみる。


 以前はオークが少し入ったところで落とし穴が発動したが、どうやらそれは見られない。

 念の為、さらに奥まで進ませてみたが罠の発動はなし。

 やはりこの魔族がダンジョンマスターであり、ダンジョンに他の管理者は居ないと結論付ける。


 ヌラはロクロウと共にダンジョンへと入った。レイスたちは緊急用にダンジョン外に待機させている。

 洞窟を進むと大部屋となっており、ここで人間をまとめて始末していたのかと想像する。

 さらに奥に進むと、そこはもう研究室だった。


 階層もボス部屋もないダンジョン。

 完全に研究と屠殺施設のみの構成。用途が限定されすぎたダンジョンとも言えないダンジョンだった。



「ふむ……なかなか面白い研究しとるのう」

「……」

「分かっておるわい。帰ってからゆっくり読むとするか」



 ヌラは生前、死霊魔術の研究に熱中しすぎた人間だった。結果死んだ後もエルダーリッチとしてアンデッド化したわけだが、その研究熱が冷めたわけではない。

 ザルツシェルトの研究記録はヌラの琴線に触れるものだった。

 ヌラはロクロウに指示し、空き巣泥棒のごとく器具から資料から素材から、全てをまとめる。


 まぁここでヌラが放置しておくと、もれなく帝国に研究資料が渡るであろうから、空き巣泥棒も正解と言えば正解なのだが……。


 ゴミ以外をあらかた確保したヌラは最後の仕上げとばかりに隣接するコアルームへと向かう。

 石造りの小部屋にあるのは台座に乗ったダンジョンコアのみ。

 壊せばダンジョンが崩壊する。しかしヌラは手土産として持ち帰ることにした。



「うおっ! ……なるほど、これがダンジョンコアの力か」



 コアを手にした瞬間、ヌラのあるはずのない脳に大量のダンジョン知識が流れ込む。

 この話しは聞いていたし、得た知識というのもビーツから全て聞いているものだ。ヌラ自身が【百鬼夜行】の管理者側なので特に驚くような事はない。

 それでも未知の体験というのはヌラにとって新鮮なものだった。



「さて、では戻ろうかのう」

「……」

「うむ、懐かしの我が家、我がダンジョン【百鬼夜行】か。まぁ言うほど懐かしくもないがのう、ふぉふぉふぉ」



 そう一笑いし、ヌラはビーツへと念話を送った。




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