160:とある最強の呼び出し
「陛下、おつかれ」
「おう、おかげで楽しめたぞい」
「一人だけずるい」
玉座の後ろにあった通路から暗殺者のリーシュが出て来た。ローランドの嬉々とした顔を見ると悔しそうに顔を歪ませる。
彼女はローランドとアカナメの戦闘が始まったのを確認すると、一人待ちぼうけとなり暇だったので、先に玉座の背後にある通路に潜入していた。
その姿をアカナメが把握していたのかは定かではない。
相手に悟られずに潜入するのはリーシュの十八番である。
通路の先は小部屋になっており、これ見よがしに宝箱がポツンと置いてあった。
おそらくアカナメはこの宝箱を守る存在として配置されたのだろうとリーシュは思う。
罠を調べるのも解除するのもお手の物。しかしその宝箱に罠はないようだった。
「これ、お土産」
「靴……? 二足か」
「中に紙も入ってた。溶岩を歩けるようになる魔道具だって」
「ほう」
そんな魔道具は聞いたことがない。おそらくこのダンジョン特有の魔道具だろう。ローランドの脳裏に鍛冶師兼トラップデザイナーのサキュバスの姿が浮かぶ。
二足という事はこの部屋に入った人数をカウントしているのか。
アカナメを倒した時に生存していたパーティー人数分、入手できるのか。それは定かではない。
しかし、この靴の意味は分かる。
この階層を探索するのに使え、という事だろう。
エリアの大部分を占める溶岩流は絶えず火山から噴き出し、それが探索者の足枷となっている。つまりは探索できない部分が多すぎる階層とも言える。
それがこの靴を使う事で探索可能となるわけだ。
探索した先にあるのは宝か、それとも強敵か。
「あと三つ手に入れるか、無視して先の階層に行くか……じゃな」
「戻ってみんなと相談する」
「じゃな。どのみち二人で従魔戦に挑んでもしょうがあるまい」
二人でクリアしたところで、リタイアした三人が五四階層をクリアしない限り五五階層へは進めない。五人そろってクリアしてから次階層へと挑むべきだろう。
ローランドとリーシュはリポップされたレッドリザードマンたちを倒しながら、五四階層の転移魔法陣へと戻って行った。
♦
「あーっと、この謎解きは終わってる。あとこの部屋で残ってそうなのは……」
自前のメモを見ながらブツブツと探索しているのは世界最強の冒険者【覇央】グラディウスである。
探索時には欠かせない両手の大剣を、今日はペンとメモ帳に変えて挑んでいる。
場所はもちろん五三階層″リドルの館″。
本日【覇道の方陣】は休息日。
アダマンタイト級の彼らと言えども、探索は三日に一度か長い時には七日に一度という事もある。
それは身体を休める為であったり、武器の補修、道具の補充もある。単純に冒険者の仕事としてギルドから依頼を受ける場合もある。もっとも彼らは帝国所属のパーティーなので、王国のギルドから指名依頼が来ることなど滅多にないが。
この日は身体を休めようという目的の休息日である。本来ならば宿で寝ていたり、王都を散策するなどして過ごすものだが、グラディウスはこの日もダンジョンに潜っていた。
彼にとっては″リドルの館″の謎解きが何よりの遊びなのだ。休息日の度に一人で潜り、ちまちまと謎解きを行っている。
他のパーティーや観客たちの謎解き情報は決して手にしない。あくまで自力での攻略を楽しむ。ネタバレ厳禁である。
グラディウスは一人で館を探索し、一日の終わりに屋敷の裏手から出て納屋で″謎解き率″のチェックを行う。これが日課。
そうして長い時間をかけて一つの謎を解くと、その日は実に充実した休息日だった、となるわけだ。完全に趣味だ。そこに″世界最強の冒険者″としての姿はない。
現在の″謎解き率″は91%。
これは五三階層に挑戦した全てのパーティーでぶっちぎりの数字である。
しかしながら100%を目指すグラディウスは満足せずに探索を続ける。……とは言えここから残りの9%を見つける事が至難の業なのだが。
「やっぱ怪しいのは食堂のカトラリー、それと寝室の天蓋か……いやそれにしたって全然数が足んねえぞ? あーっ! 分かんねえ! おもしれえっ!」
笑顔で頭をボサボサと掻く。謎解きのイライラでさえも楽しんでいるようだ。
何よりである。ビーツの思惑以上のハマりようだが何よりである。
と、そこへエリア全体に響く放送が入った。
『ピンポンパンポーーン。えー探索中に失礼します、こちらはビーツ・ボーエンです。探索者のお呼び出しをします。パーティー【覇道の方陣】のグラディウスさん、なるべく早く探索を切り上げ、帰還をお願いします。繰り返します。パーティー【覇道の方陣】のグラディウスさんはなるべく早く探索を切り上げ、帰還をお願いします。以上、お騒がせしました』
「…………は?」
グラディウスが館内放送を聞くのは初めてである。
何なんだこれはと訝しんだのが一瞬、せっかく謎解きしてるのに邪魔するなと怒ったのが一瞬。
しかしすぐに、その意味に気付く。
小僧がわざわざ自分を呼ぶ出す要件など一つしかない。
グラディウスは慌てて五三階層の転移魔法陣へと走った。
♦
帰還室から出て来たグラディウスはジョロに出迎えられた。
逸る気持ちを押し殺し、若干の早歩きでホールと大階段を進む。
通された応接室には、すでにビーツとエルダーリッチのヌラ、デュラハンのロクロウが座っていた。
……そしてヌラの後ろに立っている男が居る。銀髪に紫の肌をした……
「あ、グラディウスさん。すみません急に呼び出したりして」
「おう、いや、それはどうでもいい。それよりもこいつは……」
そう言ってグラディウスはその男を指さした。
表情もなく人形のように立っているその魔族を。
「えっと、この人が例のダンジョンマスターで、ヌラさんがとりあえずアンデッドにしました」
「…………詳しく話せ。全然分からん」
頭を抱えたグラディウスは、ドカッと向かいのソファーに座り込んだ。
 




