159:【剣聖】ローランドvsアカナメ
それは唐突に始まった。
レッドリザードキングのアカナメと【剣聖】ローランド。互いの目が合うと、互いにニヤリと笑う。そして同時に間合いを詰めた。
先手をとったのはミスリルスピアを持つアカナメ。鋭い穂先がローランドの顔面に向かい繰り出された。
二メートルを超える体躯から、音をも切り裂くような瞬時の突き。
ローランドはそれを頭を傾けることで躱す。まさに紙一重の回避。
速度を落とさないまま、ローランドは間合いを詰めにかかる。
ローランドの右手は打刀。左手は脇差。取り回しの良さを追求したような二刀流だ。
相手は槍。当然のことながら間合いが異なる。
ましてや小柄なローランドに対し、アカナメは巨躯。ますます間合いに差が出る。
刀と槍では槍の方が有利と言われる。それはやはり間合いの問題が大きいだろう。
この世界には魔法がある為、一概に槍が有利とは言い難い。冒険者でもその多くが剣であり、槍を好んで使う者はそれに比べれば少ない。
だからこそ本格的な槍使いというのは珍しく、だからこそ槍使いへの対処が難しくなる。
ローランドも今現在、槍というものの厄介さを改めて認識していた。
間合いを詰めたいが、アカナメの槍は容易く懐に入れさせてくれない。
(こやつ……強いのぅっ!)
ますます笑みが深くなる。それはアカナメも同じだ。
アカナメの槍はまるでボクシングのジャブのように幾度も幾度も突いてくる。突いては引き戻し、また突く。それがとてつもなく速い。
暴風雨のような槍の連撃に、それでもローランドはさすが【剣聖】と言うべきか、巧みに刀を操り対処していた。
しかしながらそれは他者から″防戦一方″と見られるだろう。躱し、逸らし、弾き、それでも前へと進めない状態が続く。
リザードマンという魔物の特徴として、体力の低さ、頭の悪さ、足の遅さなどが短所として挙げられる。
では長所はと言えば、硬い鱗の下にある、まるでゴムのようにしなやかな筋肉がその一つだ。柔軟で且つ力強いそれは攻撃にも防御にも役に立つ。
アカナメはそれを二メートルもの身体全てに纏っている。しかも普通のリザードマンと比較にならない質量でだ。先に挙げた短所もアカナメにとっては短所にならない。
しなやかな肉体から繰り出されるしなやかな槍。おまけにアカナメ本来の力強さも槍に乗せている。
ジャブのようでいて、その全てが一撃必殺の威力を持つ。
リーチの差は圧倒的。ローランドの二倍か三倍か。
―――キン! キン! キン!
絶えず聞こえる金属音は止むことなく、衰えることもない。
(ふむ、埒があかんのぅ)
ローランドは表情にも出さず、構えも変えず、突如としてギアを上げた。
少し気合を入れるか、その程度のもの。
アカナメはピクリと瞼を動かし、それに気付いた。
ようやく小手調べは終わったか? そう思い少し嬉しくなる。
アカナメの重い連撃を刀で受けるのは困難。だからこそローランドは防御に使う刀を主に逸らす目的で使っていた。
しかしこの時ばかりは違った。
一瞬で両手の刀を交差させ、突かれた槍を挟み込むと、槍を巻き込むように引き寄せたのだ。全てはまさしく一瞬のうちに行われた技術。
引き寄せたのは槍をかすめ取る為ではなく、アカナメの体勢を崩す為でもない。
巻き込む動作を利用して、自分がアカナメに近づく為。
流れるようにしてようやく近づいたアカナメの懐。
交差させていた刀は、一歩近づいたその時にはもうアカナメに迫っていた。
モニターでその攻防を目で追えた観客はいない。だがもし居ればローランドの攻撃が決まると思った事だろう。その刀はアカナメに届くと。
アカナメは槍を引き寄せられた瞬間に、伸ばした右手をさらに前に出し、合わせるように身体を横に向けていた。
ローランドの攻撃を予測して半身になり避けようとした……それもあるが本命は別だ。
(くっ……! なるほどっ!)
アカナメに向けていた剣先を即座に戻し、せっかく近づいた距離を即座に離した。
お互いの間合い外になり、構えたまま一度息を入れる。
なぜローランドは攻撃しなかったのか、なぜ縮めた距離を離したのか。
それは近づくローランドに向かって振るわれたアカナメの尻尾が原因だった。
半身になったアカナメ、右手で伸ばした槍、その下からグルンと回された爬虫類の尻尾はまさしく『第二の槍』。
いや威力を考えればミスリルスピア以上に厄介な隠し武器である。
手より足の攻撃が威力があるのは自明の理。
しかしてリザードマンの尻尾は足より強靭で、且つリーチがあるのだ。
(そりゃリザードマンじゃから尻尾もあるか……。予期しなかった儂のミスじゃな)
槍の名手と戦っていたら尻尾で攻撃してきた。
誰もそれをローランドのミスとは思わないだろう。アカナメの槍技術というのは人間のそれを凌駕しているのだから。
単純に槍の達人と戦うつもりで挑んでいた。
しかしその本性は槍と尻尾の″二槍流″。ローランドでなければ早々に餌食となったのは間違いない。
(しかしこれでヤツの力量もほぼ分かったか)
これまでの攻防と予測も踏まえ、ローランドはアカナメの力量を細かく分析し終えた。
先に戦ったガシャよりも一段か二段は強い。
剣と槍、獲物は違うがその獲物を操る技術だけで言えばガシャに軍配が上がるだろう。身軽さでもガシャが上だ。
しかしそれ以外の全ての面でアカナメが上回る。体躯、力、重さ、柔軟性、指揮能力などなど。
もとよりアンデッド最下級のスケルトンとレッドリザードキングでは種族差に大きな隔たりがあるのだが、その差を縮めているガシャが異常なのだ。
ローランドとしてもガシャという希代の剣士を評価している。
だが、このアカナメはその上を行く。ただそれだけの事。
しかし、と同時に思う。
(ここで躓くようではシュテンなど等に及ばず。さくっと終わらせるくらいでなければな)
サイン色紙と引き換えに手に入れたシュテンとの戦い。
数年前にロザリアで模擬戦した時は完敗だった。それから研鑽をつみ直し、迎えた先日の戦いでもやはり負けた。
とは言え、負けたままで終わるつもりなどローランドには毛頭ない。
ダンジョンの深部で再度戦う為に、今はこの強敵を瞬殺くらいしなければお話しにならない。そう戒める。
そしてローランドは両手に持つ刀を下げた。
その目もアカナメの目に向けられていない。やや下寄りか。
棒立ち。ボーッと突っ立っているだけ。観客から見ればそうとしか見えないだろう。
しかしアカナメから見たその姿は警戒に値するものだった。
そもそも立ち会っている最中に棒立ちになる事すら異常。
その立ち姿は身体の力が抜けきった状態。どこに重心を置くでもなく全てが均等に取られている。
殺気も闘気も感じない。戦闘狂がいきなり人形にでもなったかのような強烈な違和感。
アカナメはこの戦いで初めて、槍を両手で横向きに構えた。完全に防御の構えだ。
何かが来る。何もしないような棒立ちの体勢ではあるが、確実に何かが来る。それはある種の恐怖だろう、アカナメの眉間に皺が寄った。
…………ッ!?
何が起こったのか。
それは瞬きする間もなく、終わっていた。
これ以上ない程に集中していたはずなのに、それを外された。
アカナメに見えたのは揺れるような、ブレるようなローランドの立ち姿。
そこから歩いたのか走ったのか跳んだのか、まるで風か水のようにゆらりと近づき、構えた槍をすり抜け、自分の背後に回ったと感じた時には斬られていた。
その全ては意識が出来るほどの時間を有していない。
流れるような接近からの斬撃が、止まった時の中で行われたような感覚。
アカナメはそんな事を自身を包む転移の光の中で感じ、またニヤリと笑った。
―――『流転』
ローランドがそう名付けた自身にしか使えない技。
全く魔法を使わず、純然たる技術のみによって繰り出される″意識外の斬撃″。
これを防ぐどころか、認識できる人間すら世界にどれほど居るだろうか。片手か両手か、もしかしたら片手で余るかもしれない。
「……ところが簡単に防ぐヤツが居るからのう。困ったもんじゃよ」
両手の刀を鞘に戻しながら、そう呟いた。
笑みを浮かべる口元は斬り倒したアカナメを嘲笑するものではない。
″簡単に防ぐ″どこぞの赤鬼を想ってのものだった。




