15:とあるゴブリンキングの微笑
ダンジョン【百鬼夜行】に出現する魔物は大きく三つに分けられる。
一つが、ダンジョンマスター・ビーツの従魔である百体の【百鬼夜行】。
一つが、ダンジョンの機能としてスポーンする魔物。
そして最後の一つが、上位種族の【眷属召喚】で現れる魔物だ。
【百鬼夜行】の面々は進化を果たし最上位の魔物となった者も多い。
当然、眷属を従え統率するといった力を持ち、それはモニター監視などダンジョンの管理にも活用されている。
そして単純に冒険者と戦う為に召喚された眷属もおり、現在最前線となっている四九階層の指揮を任されているのも、また同じだった。
″ゴブリン王国″王城前広場に陣を敷くボスモンスターの前に転移で現れる人影があった。
「調子はどうだ」
「おおっ!これはシュテン様!」
【三大妖】炎鬼神シュテンによって召喚されたゴブリンキングが膝をつき、頭を垂れる。
いかに王たるゴブリンキングと言えど、召喚者であり種族的に最上位にあたるシュテンには礼を尽くすのが当然であった。
「現在、階層侵入しているのが五パーティー。内、北側に侵入しているのが三パーティーです。そろそろこちらにも来るのではないでしょうか」
「分かっていると思うが適度に手を抜けよ」
シュテンの忠告は、攻めてくる冒険者に対して負けろとでも言うような内容だが、それにも理由がある。
ダンジョンの機能で不死設定が出来るのは、何も冒険者だけではない。
魔物も指定した一部は死んでも管理層に転移されるのだ。
百体の従魔はもちろんだが、眷属召喚した一部の魔物も不死設定されており、このゴブリンキングもその一体だった。
問題なのは召喚したのがオーガ種最上位であり、チートテイマー・ビーツの従魔であるシュテンだと言う事。
はっきり言ってゴブリンキングとしては規格外の知恵と力を持つ者が生まれてしまったのだ。
さらにゴブリンキングとしての能力である眷属召喚でも、通常はゴブリンとゴブリンリーダーだけとなる所、それより上位のゴブリンナイトなども召喚出来てしまう始末。
さすがにジェネラル級はダンジョン機能でスポーンされた者か、ナイトを成長させて進化させた者に限られるが、それでも軍隊として強力なのは間違いない。
仮にゲームだとすれば敵がいきなり強くなりすぎて、ちゃんとデバックしたのかとコントローラーを投げるレベルである。
「はい。なるべく部隊を小分けにして分散させています。貴族区や商業区にもわざと抜けが出るように徘徊させていますし、戦わずに抜けることも可能かと」
「王城前の戦力は?」
「警戒して出払った風を装いますので、私と近衛兵として六体くらいでしょうか」
ゴブリンキングが王城前に陣を敷くのは二つの意味がある。
一つは、当初王城内にゴブリンキングの陣を敷こうと思っていたビーツがこの階層の構想を王族に相談したところ「ゴブリンに王城が占拠されるのはさすがに風聞的にちょっと……」との意見が出た為。
もう一つは王城自体がボス部屋になっている為。
そう、つまりゴブリンキングはフロアボスではなく実は中ボスなのだ。
冒険者からすれば″ゴブリン王国″と銘打っているフロアでゴブリンキングがボスであるというのは単純に思いつくし、王城の前で陣を張っていれば「王城の敷地がボス部屋扱いなのか?」と勘違いする事もありうる。
それがトラップであり、果たして冒険者は早々に気付くことができるかというのが管理者側からすれば楽しみでもある。
「ふむ、その上でお前が手を抜けば問題ないだろう。何なら見込みのある冒険者は素通りさせても構わん」
「承知しております」
冒険者は、王城前に陣を張るゴブリンキングを無視して、王城の裏側から回り込み、王城内に突入するのもアリだ。
そうして頭を使って戦闘を避ける冒険者は評価に値するし、わざわざ戦うこともないだろう。
同様にトラップに気付かず、愚直にゴブリンキングの陣へと戦いを仕掛け、その腕がなかなかのものであれば戦闘を放棄して王城内へ通すのも吝かではない、とシュテンやゴブリンキングは考える。
「我々としても、ここのボス戦、そして五○階層に向かう冒険者が出ることを楽しみにしている所もある。お前はその為の試金石だな。お前はお前で存分に楽しめよ」
「ハッ」
そうしてシュテンが去っていくのを頭を下げたまま見送ったゴブリンキングは、改めて陣の定位置に腰を下ろした。
斥候のゴブリンアーチャーから冒険者たちの情報を聞き、こちらの動きをどうするか考える。
主であるシュテンの為にも無様な戦いはできないというゴブリンキングとしての矜持もある一方、手抜きをしなければ冒険者が通過できないだろうという確信もある。
矛盾した使命を達するには単なるゴブリンキングでは無理な事で、だからこそ自分の能力が試されていると思う。
先ほど冒険者にとっての試金石になれとシュテンは言ったが、自分にとってもこの初戦闘が試金石なのだろうと。
高揚を感じる。
自分が召喚された存在意義を感じる。
ゴブリンキングは独特の醜悪な笑い顔で、ゴブリン兵たちに指示を始めたのだった。




