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王都ダンジョン【百鬼夜行】へようこそ!  作者: 藤原キリオ
第十章 挑む者、挑まれる者
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156:陣風一刀流の【百鬼夜行】訪問



 その日、ダンジョン【百鬼夜行】の柵門警備に就いていた騎士団のモーリスは少しふてくされたような顔で門の脇に立っていた。

 【百鬼夜行】の警備というのは騎士団の衛兵業務の中でも人気である。担当となった者は喜び勇んで業務に就くものだ。

 しかしモーリスの表情は硬い。

 なぜかと言えば、ここ最近、連日のように″祭り組″が探索を続ける中で今までの数年間が嘘のように最高深度を更新し続けているからだ。モニター観戦の一般客も連日満員。その盛り上がりは今のところ落ち着く気配すら見せない。


 モーリスはその様子をモニターで見たいのだ。

 これが屋敷入り口の警備であれば、ホールのモニターをチラ見できる。

 しかし柵門の警備では庭園のモニターを見る為に、身を乗り出す必要がある。さすがに警備中にそうした行為は不自然だ。隣に並ぶ同僚にすぐバレる。

 つまりは庭園を背にしながら、観客の盛り上がりを耳に入れつつ、ひたすら気に留めないように心を強く持つしかない。ビーツならばそれをラジオ感覚と評すだろうが、モーリスとしてはすぐそこで映し出されている映像を見たいのだ。

 見たいのに見ることが出来ない。ちょっと振り向けば見られるのに。完全にストレスである。


 そんなモーリスの目に入ったのは大通りを歩いてくる集団。

 若い女性たちが、お揃いの赤いハーフマントを身に着け、腰には刀を佩いている。異様な光景だ。

 しかし先頭を歩く、明るい茶色の長髪と整った顔を見ればすぐに分かった。



「あれは……【陣風】か!」



 【陣風】クローディア・チャイリプス。王都では……いや王国では知らぬ者は居ない英雄である。

 そのクローディアが引き連れた集団。つまりは彼女が運営している道場、『陣風一刀流』の門下生たちだろう。すぐにその答えが導き出された。


 クローディアは週に一回、騎士団にも稽古をつけている身だ。モーリスも当然何度も会っている。……まぁ話した事はないが。ただの騎士団員と指導役である英雄の隔たりがある。



「お疲れさまです!」


「お疲れさまー、通るわよ」


「はっ!」



 簡礼で迎えたモーリスらにクローディアは軽く手を上げ、そのまま柵門をくぐって行った。相手は年下の女性と言えども、英雄であり貴族であり自分たちの指導員でもある。柵門を挟むように立つモーリスともう一人は若干の緊張を滲ませながら、その様子を見送った。



(門下生を引き連れて何だってんだ……)



 ますます後ろを振り返りたい気分になるモーリスであった。





 自分の道場の門下生をダンジョン【百鬼夜行】で実戦訓練させたい。それは常々クローディアが計画していた事であった。

 とは言えすぐに実行できなかったのには理由がある。


 『陣風一刀流』の門戸を叩くには条件がある。それはとても狭き門だ。

 一つは、決して高価ではないが授業料を払える者である事。クローディアは貴族でもある以上、道場経営を慈善事業とするわけにはいかない。帳簿をつけて国に提出する義務がある。仕事として行っている以上、当然である。

 一つは、風属性の適正があるという事。クローディアの教える『陣風一刀流』の刀剣技に風属性魔法は欠かせない。教える以上、風魔法が使えませんでは話にならないのだ。


 最後の一つは、クローディアに認められた見目麗しき若い女性だという事。

 最難関である。これがあるが故に『狭き門』となっているのだ。


 逆に言えば、以上の事をクリアすれば晴れて門下生となり、『陣風一刀流道場に通っている』というステータスが手に入る。入りさえすれば将来安泰と言っても過言ではない。それほどクローディアの知名度と門下生の美人揃いという事実は広まっているのだ。


 ただ問題もあり、ステータス狙い、将来の玉の輿狙いの門下生もいるし、純粋に己を磨きたい者もいる。自衛の為に最低限の刀剣技を習いたいという者もいる。

 習う動機が一つではないのだ。

 現在十数名の門下生を抱えているが、その中でも実戦的な武力を求める門下生は約半分。

 その選別とダンジョンによる実戦訓練という了承を得るのに時間が掛かった。



 ともかくこうしてクローディアは門下生六名と共に【百鬼夜行】を訪れたのだ。

 その六名は現役冒険者が二名、騎士団からドロップアウトした者が一名、戦闘経験がないものの自衛武力を求める者が三名である。



「一応、説明しながら行くわよ。みんなも個人で利用するかもしれないし」



 屋敷へと続く歩道、露店を横目にしながらクローディアは後ろを歩く門下生たちに話しかける。



「ここの露店は、ダンジョン関係の物品とか、消耗品、攻略に必要な地図とか情報も売ってるわ。興味があったら今度覗くと面白いわよ。で、あっちが庭園。一般客としてモニター観戦するなら……ってさすがに知ってるか」



 つい【百鬼夜行】初心者への案内として説明してしまったが、門下生は皆王都に住んでいる。もはや王都一の観光スポットとなった【百鬼夜行】を知らない者など居ないだろうと考えを改めた。

 案内は屋敷に入ってからかな、と。現役冒険者の二名は知っているかもしれないが、他の者はよく知らないだろう。そこから案内すればいいか、と。


 六名の門下生を引き連れたクローディアは屋敷内へと踏み入れる。

 同時に「クローディア!」「陣風!」と騒がしい周囲を無視しながら、門下生に説明を始めた。もっともそれは現役冒険者二名を除く【百鬼夜行】初体験の四名を中心とした説明であったが。



「ほら、そこに色紙が飾ってあるでしょ? ずらっと並んだの全部、ここに挑戦してる超有名パーティーばっかだから。貴女たちも聞いたことある名前も居るはずよ」



 屋敷に入ってからすぐに振り返ると、扉の上部を中心に有名探索者たちのサイン入り手形が並ぶ。それは屋敷に入ることが出来る探索者しかお目に掛かれない代物だ。

 戦闘経験のない門下生は【百鬼夜行】に来たとしても庭園だろうし、この色紙は見た事ないだろうとクローディアは説明したのだ。

 しかし意外にも門下生は、その色紙の中央に飾られたクローディアの色紙を見て騒いでいた。自分たちの師が数々の猛者たちの中央に飾られている。その事が嬉しかったらしい。


 クローディアとしては【覇道の方陣】や【交差の氷雷】で喜んで欲しかったのだが、少し思わぬ方向へ注目が行った為、軌道修正するように説明を続ける。



「ほら、天井見てみて。あれが噂の『百鬼夜行集合絵織物』よ」


「うわ~! すごいです! 師範!」


「あれがビーツ様ですよね! で、その周りが【三大妖】!」


「隣のが噂のドラゴンですよね! かわいい~女の子みたい!」



 「ちなみに下絵は私で織ったのはジョロよ」と自慢げに言うクローディアに対し、彼女を師と仰ぐ門下生たちはさらに讃えた。さすが師範と。

 気を良くしたクローディアは続けて屋敷内設備の説明をする。

 入って左側の転移室・機関室・復活室・実況室。右側の講習室、そして地下一階への入口などなど。


 あらかた説明してから、やっとという感じで受付に出向いた。



「ジェルリアさん、こんにちは」


「お疲れさまです、クローディア様。本日は門下生の皆さまと探索ですか?」


「ええ、新規登録ばかりだからよろしく。六人パーティーで私はソロね」


「承知しました。講習はどうなさいますか?」


「私が説明するから大丈夫よ」



 キリッとした目つきに笑顔を見せないベテラン受付嬢と何気ない会話をしつつ、【百鬼夜行】初体験の四名の登録を行う。

 用紙に記入をさせているところで、ホールからトタトタと早歩きで近づく少年の姿が目に入った。



「あら、ビーツ」


「クロさん、どうしたの? そんなに引き連れて」


「前に言ったでしょ、ダンジョンで実戦訓練よ」



 そう言えばそんな事を言っていたと、ビーツはやっと思い出した。

 魔物相手に戦える場所、死んでも生き返る事のできる安全性。それをもって訓練に活用したいと。

 しかし気になることがある。



「ギルドで斥候雇うって言ってませんでしたっけ? まさか生徒さんたちだけで潜らせる気ですか?」


「いや、それがね、私も雇うつもりだったんだけど……」



 当初の計画では、門下生に訓練にちょうどいい階層まで潜らせ、その様子をクローディアは管制室からチェックするつもりであった。

 しかし門下生は全て刀剣士。探索能力など皆無であり、目当ての階層に辿り着くまでにトラップに掛かる可能性が非常に高い。

 そこで冒険者ギルドで斥候役と臨時で雇い、その者に随伴してもらう気でいたのだ。



「その話をユーヴェさんにしたら止められてねぇ……」


「? なんでです?」


「殺到するから止めてくれって」


「あぁ……」



 英雄パーティーの紅一点であるクローディアは当然、その美貌もあって人気がある。そして陣風一刀流の門下生と言えば見目麗しき、選ばれた美女揃いだと評判だ。

 ギルドで募集をかけようものなら我先にと鼻の下を伸ばした男が群がるだろうとギルドマスター・ユーヴェは苦言を呈したのだ。


 という事で、斥候役はクローディア自身が務める事にした。

 クローディアも当然、門下生と同じように生粋の刀剣士であるが、その能力はビーツもよく知っている。目当て階層もそこまで深くないという事で、ならば大丈夫だろうと。



「クロさん、くれぐれも油断しないで下さいよ?」


「大丈夫、だーいじょうぶ! まっかせなさい!」



 調子に乗りやすいクローディアが、門下生の手前、いい格好する為に張り切り過ぎて、なんてことないトラップに掛かる……。

 そんな想像が容易にできたビーツは「ホントに大丈夫かな……」と心配になるのだった。




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