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王都ダンジョン【百鬼夜行】へようこそ!  作者: 藤原キリオ
第十章 挑む者、挑まれる者
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149:とある狐のかわいがり



 地下一〇一階、管理層の管制室。

 今、転移の光によって帰還した一体の従魔が、現れるや否や、ビーツの懐に飛びついた。



「クゥ~~ン」

「よしよし、頑張ったじゃない【イズナ】。【覇道の方陣】相手によく粘ったよ」



 一メートルを少し超える成体の狐を抱え、頭を撫でるビーツ。

 普通の狐と違うのは、淡い黄緑の体毛と、額に輝く緑の宝石。

 最下級の魔物、エメラルドフォックスから進化したエアロフォックスという種である。


 ビーツの魔物、百体が全て最終進化しているわけではない。

 そして、ビーツの魔物、百体全てが戦いを好むわけではない。


 魔物の本能として戦闘を好むのは当たり前。従魔となって主の役に立つ為に己を磨き、敵に打ち勝つ強さを得るのも当たり前。これは魔物、そして従魔の基本理念とも言える。


 だがイズナは誰より戦闘を嫌った。

 戦いをしたくない魔物。

 そんな異端な魔物だからこそビーツの従魔になったとも言える。周りを見れば種族の枠から外れた者ばかりなのだから。


 それでもイズナは一つ進化した。

 ビーツの従魔として数年を共にし、周りの従魔たちと遊び半分でじゃれ合っていたせいでもある。敵を打ち倒しての進化というわけではない。

 なぜ自力で敵を倒していないのに進化できたのか、それはビーツもイズナ本人でさえも謎である。


 そんな戦闘嫌いのイズナが従魔戦のスロットテーブルに入っているのは、タマモを始めとする従魔たちの助言があったからだ。

 ビーツは従魔に甘い。嫌だと言っている戦闘を強いたくはない。

 だが従魔戦に選ばれれば戦わざるを得ない。


 だからビーツはイズナに注文を出した。



「別に勝つ必要はないよ。イズナは出来るだけ逃げ続けよう。なるべく動き回って時間を稼ごう。攻撃はもし出来そうならでいいよ」



 イズナは今まですでに九回従魔戦で戦っている。戦績は九敗。

 それでも少しずつ従魔戦に慣れ始め、逃げる時間が増えて来た。風属性魔法を有するエアロフォックスは本来、素早さと回避能力が高いのだ。力を十全に出せれば、だが。

 今日はたまたま当たったのが【覇道の方陣】という事で運もなかった。

 いつも以上に時間を稼げず、あっけなく敗退してしまった。

 今、ビーツの胸で甘えているのはその為である。



 ひとしきりビーツに抱きついた後、惜しむように離れた。

 少し寂し気に、そして少し満足気な顔を浮かべ、労ったビーツも笑顔になる。



「では行きんしょうか、イズナ」



 その笑顔が固まった。

 狐軍長様からのお呼び出しである。

 タマモの後ろを項垂れながら付いて行くイズナ。尻尾も完全に垂れ下がっていた。

 ビーツは管制室から出て行くタマモとイズナを見送る事しか出来なかった。





 管理層にある居住区画にはタマモやシュテンたちの部屋もある。そして同じ区画に『訓練場』という部屋があった。

 タマモがその扉を開けると、そこは格段に広いボス部屋といった装い。ダンジョン壁に囲まれた無骨な空間が広がる。

 ここは従魔たち専用の練習場、訓練場である。


 従魔たちが住処にしている階層などで戦闘訓練をした場合、周囲の環境を壊す場合がある。それは木々などの自然であったり、周りにポップしたダンジョンの魔物であったり。特に広範囲魔法などは容易に撃てる環境ではないのだ。

 だからこそ、この訓練場を利用する従魔は多い。

 皆が皆、切磋琢磨し、主の為に強くなろうと己を磨いている。



 タマモとイズナが訓練場へと入り見渡すと、奥の方でマタンゴのクサビラとアンフィスバエナのニロが何やら盛り上がっていた。

 短い手足をバタバタさせている一メートルほどの茸と、二〇メートルほどの双頭の蛇。完全に被捕食者と捕食者だが、状態異常を使用する従魔同士、何か話しが合うのだろう。


 タマモは邪魔してはいけないと別方向に歩き、イズナと向き合う。

 イズナは依然としてシュンとしている。

 イズナにとってタマモは姉のようでもあり母のようでもある存在。一番懐いているし一番心を許していると同時に、一番怖い存在でもある。



「先ほどの戦闘、転移と同時に瞬時に下がるのが正解でありんす」

「クゥン」

「ふむ、相手が相手だから身構えてしまったんでありんすな。今日はなるべく早く下がれるよう風魔法を多用して訓練しんしょう」

「クゥン……」



 タマモはイズナと同じく最下級の小狐の魔物、ルビーフォックスから進化を繰り返し、今は最終進化先であるナインテイルとなった個体だ。

 狐系の魔物、下位種族の弱さはよく分かっている。自分がそうだったのだから。


 辺境の森という強者が蠢く魔境。そこに産まれた不運。

 弱肉強食を潜り抜け戦い、そして生き延びる……といった事は出来ない。そもそも″戦う″という土俵にすら上がれない完全なる被捕食者。それがその地における小狐である。

 ひたすら逃げる毎日。生きるのに必死であらゆる魔物の気配に対して敏感でなくてはならない。

 だからこそ逃げた先で力を求め、タマモはビーツの従魔となったのだ。


 イズナも同じようなものだ。

 しかしタマモとは違い、恐怖が残っているが故に戦いを嫌う。



(一度でも勝てばノルと思いんすが……)



 タマモはイズナに期待している。

 イズナは【百鬼夜行】というビーツの従魔百体にあってオンリーワンとなれる器であると。


 ビーツの従魔の魔法適正は随分と偏っている。

 ビーツ自身が闇属性を得意とし、【三体妖】が(オロチ)(タマモ)(シュテン)となっている時点でそれは顕著だ。


 他の幹部で言えば、ヌラが同じく闇、マモリは水、ジョロは土。

 その他の従魔にしてもビーツの適正に合わせたように闇が多く、水はコロモなど水棲系の従魔に多い。土もツチグモやイナバなど一定数は居る。

 光は少ないながらもバサンやチョーカなどが居る。風はクラマなど飛行系に多い。


 主要の六属性については闇>水>火>風>土>光という数になっているだろう。

 あくまで数の問題であって強さはまた別なのだが。


 では六属性以外の複合属性はどうか。氷と雷である。

 氷はカジガカなど雪山を住処とする従魔たちが持っている。光属性持ちと同等かそれ以上に居るだろう。


 しかし雷は居ない。

 従魔が百体も居て、雷属性の魔法を持っている従魔が一体も居ないのだ。

 だからこそ、タマモはイズナに気を掛けている。魔法を主体とする【狐軍】の長として、そして同じ狐系魔物として。


 ビーツがダンジョンで魔物を配置する為、そのリストで名前だけ分かっている魔物というのも多い。

 その中でエアロフォックスの進化形についてもすでに調べはついている。

 イズナが最終進化まで行けば、それは雷属性を有する魔物となるのだ。今は風魔法のみだがいずれ雷属性を手に入れる。

 それがイズナだけに許されたオンリーワンの可能性。従魔内唯一の雷魔法の使い手となれる。



「ほれ、そんな事ではあっという間に殺られるでありんす」

「クゥン……」

「もっと発動を速く。次を考えて逃げるでありんす」

「クゥン……」



 可愛がりという名のイジメではない。

 タマモはイズナに期待しているのだ。




■百鬼夜行従魔辞典

■従魔No.89 イズナ

 種族:エアロフォックス

 所属:狐軍

 名前の元ネタ:管狐 飯綱

 備考:風属性の小狐エメラルドフォックスの進化形。

    気弱で怖がりで戦闘嫌い。とても弱い。

    種族的には更に弱いイナバやクラビーと戦っても負ける。

    まぁクラビーは普通に強いのだが……。


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