14:四九階層に挑む者たち
チキンレースの開幕だ……!
ダンジョン探索は後攻有利である。
一番手に探索する事で得られるのは、ほとんど名誉と自己満足だけであり、どんな魔物が出て、どんな罠があるのか、どんな地形で、どこがゴールか、情報が出てから攻める方が楽に決まっている。
ましてや【百鬼夜行】にはモニター観戦がある。
実際に攻める事なく、探索や戦闘を仮体験できるので、後攻はますます有利となる。
しかし、誰かが先に出なければ、後を追うことも出来ない。
現在まで、貧乏くじとも捉えられる先攻を、名誉と自己満足のために進んでいるのは【天馬の翼】という二〇人パーティーだった。
人数を活かし探索を進め、魔物と対すれば相性の良い人選を行い、陣形を整える。
リーダーで狩人のラファエルという男の統率力は高く、狩人としての視野と察知能力の他、マッピングも優れている為、他の狩人三人を斥候とし、自分は統率とマッピングを行うのだ。
それにより未体験の階層であっても対応力が際立つ。
結果としてどのパーティーよりも早い探索を可能としていた―――今までは。
「アズラン、下がれ!ウリエ、出れるか!」
「出れるわ!交代する!」
「よし!退路確保!一発撃って走るぞ!」
「「「「おお!」」」」
地下四九階層。
【天馬の翼】がこの階層の探索を始めてからすでに二週間が経っていた。
すでに何組かのパーティーに追いつかれる格好となっており、四九階層には現在、四パーティーが同時に探索している。
そして本日、五組目のパーティーが四九階層に挑み始める所であった。
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「あー、聞いてたとおりか」
四八階層のボスを倒し、階段を下りた先の安全部屋。
四九階層へと入る扉の前にはいつものように立て看板があり、四九階層の内容を示してくれている。
『四九階層は″ゴブリン王国″だよ!
ゴブリンばっかだよ!
ここで前半戦ラストだから頑張ってね!』
前半戦ラストは五〇階じゃないのか、と言いたい所だが、【聖戦の星屑】リーダーで弓術士のセーリャンがげんなりしたのは、この階層のテーマである″ゴブリン王国″という点だ。
このダンジョン【百鬼夜行】はダンジョンマスターであるビーツ・ボーエンの趣味もあって、なるべく多種の魔物が配置されている。
世界のどんな珍しい魔物であってもこのダンジョンならば遭遇できるのでは?と、実際はそこまで出来ないのだが、そう思わせるほどに多種多様な魔物が出現するのだ。
ところが最もメジャーな魔物の一種であるゴブリンが配置されているのは地下一階層の″チュートリアルステージ″のみであった。
そういや一階以来見てないな、と思ってた所に″ゴブリン王国″である。
おまけにゴブリンと言っても強さも能力もピンキリであり、セーリャンがモニターで見たゴブリンの様子は、間違いなく苦戦するであろうものであった。
「……とりあえず行ってみるか」
「そうだな」
セーリャンたちのパーティー【聖戦の星屑】は新しい階層に来た際は、ボス戦で疲れた後であってもとりあえず新しい敵と一戦し、その体験からどう攻略するか検討する為に帰還する、というスタイルだった。
小休憩の後、四九階層の扉をギギギと開ける。
そうして見えたのは巨大な城壁と開け放たれた城門。
そこから見える″ゴブリン王国″の街並みは見覚えのあるものだった。
「まじで王都じゃねえか……」
前情報で知っていたとは言え、実際に自分たちの目で見てみると、その詳細がはっきり分かる。
彼らも王都出身の冒険者であり、何度も見ているし、生活している都市なのだ。
その彼らをもってしても地上の王都と全く同じと言わざるを得ない。
彼らが今立っているのは、王都南門のすぐ外。そこから王都を眺める形だが、門のそばには衛兵の詰所があり、何度も行ったことのある道具屋、武具屋、宿屋など、そのままの形で建てられている。
違っているのはそこに人が生活している空気がなく、代わりに大通りにうろついているのは大量のゴブリンという事だ。
それはまるで自分たちの地元である王都がゴブリンに占拠されたかのような光景で、ここがダンジョン内だと分かっていても胸糞悪くなる思いだった。
「……一度帰還しよう」
「……そうだな」
頭を冷やす意味でも無理な探索はせずに戻ることにした。
ベテランであるが故、当然とも言える決断である。
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地上の庭園でモニター観戦している観客たちは、連日行われている四九階層の探索の様子を見て一喜一憂している。
「おおっ!俺んちが出た!やっと映ったぞ!」
「お前んちゴブリン多すぎじゃねえか!」
「家具の趣味が悪いな」
「いや、実際は置いてないぞ!あんなの!」
ゴブリン王国で再現しているのはあくまで外観なのだ。
さすがに内装まではビーツと言えども無理である。
いや、それでもこの広い王都を完全に再現したのはものすごい事なのだが。
観客たちも勝手知ったる王都の街で戦闘が行われているのは、臨場感がいつも以上でより盛り上がるのだが、それでも王都がゴブリンに占拠されているのは嫌なので、冒険者への応援にも熱が入るのだった。
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王都が再現されているとなれば、このダンジョン【百鬼夜行】のある大通り中心部の屋敷はどうなっているのか。
まさか、そこからさらにダンジョンが広がるのか、と初めて探索した【天馬の翼】は身構えたが、実際は安全地帯となっているだけだった。
だけと言っても、この広い王都を探索する上で、王都のど真ん中にあたる【百鬼夜行】の敷地が安全地帯というのは、冒険者からすれば非常にありがたいものだ。
現在、この階層で探索しているパーティーは、この安全地帯を利用して探索を行っている。
ボス部屋がありそうなゴール地点は検討がついている。王城しかありえないだろう、と。
大通りを北側に直進すれば王城なのだが、そうはさせまいと鎧を着込んで剣を持ったゴブリン騎士団とも言うべき大群が大通りを封鎖している。
そこを蹴散らしていくのも手だがどう見ても難しいし、仮に抜けられた所でその後のボス戦に不安が出る。
という事で、東・西側から王城に辿り着くルートを開拓中なのである。
「やっと着いたわね」
安全地帯に辿り着き安堵の声を上げたのは【紅の双剣】のパーティーリーダー、ティルレインだ。
彼女たちは四番目にこの階層に辿り着き、南門から王都の中心である安全地帯を目指し戦いを繰り広げてきた。
王都の南側は普通のゴブリンが多く、時折ゴブリンリーダーやゴブリンソードマン、ゴブリンメイジ、ホブゴブリンが混じる程度である。
ある程度の冒険者ならば問題なく倒せるレベルの敵だが、問題はやはり数であった。
【紅の双剣】は傷つきながらもがむしゃらに進み、安全地帯にやっと着いたというわけだ。
さて、どうするかと休憩がてらに相談する。
この安全地帯に転移魔法陣があるわけでもないので一時帰還というわけにもいかない。
つまりは攻める為に探索するしかないのだ。
まぁ来た道を戻り南門を抜ければ安全地帯の部屋から転移で帰れるのだが、やっと中心部まで来れたのだから、今は前を見るべきだと彼女たちは思う。
元よりこの安全地帯を利用し数日泊まり込むつもりで荷物を持ってきたのだ。
このダンジョン【百鬼夜行】では転移魔法陣がある為に、数日泊まり込むというのはありえない行為であったが、他のダンジョンでは荷物を抱えて潜るのは当たり前である。
それを見越してか、この安全地帯に大型のコインロッカーのようなものや、調理スペース、寝床などが用意されているのはさすがは【百鬼夜行】と言った所だが、このダンジョンの特異性に慣れてしまった彼女たちは苦笑いするだけで、気を取り直した。
「まっすぐ王城に向かうのは愚の骨頂だ。なるべく敵と当たらないルートを探そう」
「もう他のパーティーが探索進めてるんじゃないか?そいつらもここを拠点としているんだろうし、情報交換や共闘という線もありうる」
「先攻しているパーティーになくて私たちにあるのは王都の土地勘でしょ。他のパーティーが知らなそうな抜け道や路地から探りましょう」
そんな話し合いを行いつつ、彼女たちは探索を行うのだった。
王都を地元として活動している彼女たちへの周囲の期待は大きい。
おまけにゴブリンに占拠された王都を解放するかのような階層なのだから、いつも以上に気持ちが入るというのも当然だった。
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「気合いだ!気合いを入れろ!」
檄を飛ばすのは神聖騎士団第八分隊のデモルト隊長だ。
彼らは王都の北西部にある闘技場周辺の通りに居た。
向かい合うのはゴブリンジェネラルを中心とした群れ……いや、小規模ながら組織立った部隊と言っていいだろう。
通常のゴブリンとは明らかに格が違う、知恵を持った存在に対し、第八分隊は持ち前の鍛え抜かれた肉体、そして筋肉至上主義の精神論で立ち向かっていた。
それで傷付くようならば神聖騎士団お得意の光属性魔法で回復である。
ひたすら肉体をいじめ抜く精神力勝負のデスマーチの如き進軍であったが、狭い路地では戦いにくく、また土地勘もない為にある程度広い目抜き通りを進み、展開しているゴブリン軍にぶち当たるというのを繰り返していた。
「そこで諦めるな!自分の筋肉を信じろ!」
デモルトの檄は傍から見れば「何言ってんだこいつ」といったものがほとんどだが、神聖騎士団の面々は通じ合っているらしく、それで気合いが入り直したのか、ゴブリン軍を跳ね返す者もいた。
これが神聖騎士団のマッスルメンタリティ。
観客は素直に感心した―――のは僅かで、他は引いていた為、人気はさほどなかった。
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「ハハッ!そぉれ、そっちに行ったよ!」
「ま~かせてぇ~」
神聖騎士団とは対極に、他国出身でありながら観客の人気の高い冒険者たちも居る。
現在、王都の北東部あたりをピョンピョンと飛び回る獣人パーティー【夢幻の国境】だ。
剣士でリーダーのマッキー・ミースを中心に、魔法使いの鳥獣人ロナルド、盾戦士の犬獣人フィーグ、斥候のリス獣人の双子デップとチールの計五名。
際立った強さはないものの、楽しそうでコミカルとも言える動きは観客受けが良く、なんだかんだで、いつの間にか勝利しているという、まるで運を味方につけたような戦いぶりでダンジョン攻略の最前線に居るのだ。
「うわわっ、ロナルド、こっちに撃たないで~」
「グアッ!ごめんごめん~」
「あれれ~、あそこの家に宝箱があるよ~!」
「ハハッ!よしっ、じゃあみんなで回収だ!」
探索が進んでいるのかどうかも分からない。
それでも最前線で戦う実力があり、観客の人気が高いのは事実なのだ。
五○階層一番乗りのパーティーはどこだ、という賭けにおいても【天馬の翼】に次ぐ二番人気である。
さて、そうした冒険者パーティーの面々がいかにして進んでいくのか。
楽しみにしているのは観客たちだけでなく、運営側であるビーツと【百鬼夜行】の面々も同様であった。
セーフだな、うん。




