144:とある魔族の愉悦
かつて″人類の敵対者″と呼ばれ他種族との争いが絶えなかった『魔族』。
大陸中央、天を貫く山脈に囲まれた広大な土地に彼らの住む魔族領はあった。
山脈の切れ目、渓谷によって隣接する神聖国、獣王国、帝国とは常に戦争状態。
魔力が他種族よりも格段に優れ独自の魔法技術を持つ彼らは、やろうと思えば他種族を圧倒できるほどのポテンシャルを有していた。個人では確実に勝り、数でも劣っているわけではないのだから。
早急な決着を良しとせず、戦争を長引かせたのには理由がある。
彼らは魔王として選ばれた魔族を筆頭に、十魔将と呼ばれる実力者十人の幹部によって上層部が成り立っていた。
七~八年前、当時の魔王は少女だった。莫大な内包魔力と資質によって選ばれた魔王だ。
政治など分かるはずもなく担ぎ上げられただけの傀儡の存在。
実質的に国を仕切っていたのは十魔将だった。
十魔将の願いは魔族による大陸支配。
その為に太古の伝説でもある″大魔王″を復活させようとした。……現魔王の少女を器として。
別に十魔将全ての総意ではない。
ある十魔将は単純に闘争が好きで、戦争を継続したいと思った。
ある十魔将は他種族をただ殺したいが為に戦い続けた。
平和的解決を望んだ者もいる。
別に大魔王を復活させなくても自分たちで大陸支配も可能だろう、という意見も出た。が、圧倒的支配者による完全支配というものに惹かれた者もいた。
結局、過半数が大陸支配とその為の大魔王復活を支持した為に、その長期策は為されようとしていた。
大魔王復活に必要なものはいくつもあった。
依代となる魔王の少女、儀式に必要な巨大魔石を組み込んだ魔道具、独自技術による術式、大量の魔力。
それらを集める為に、戦争をわざわざ継続させ、まるでダンジョンが死人から魔力を吸収するように魔力を確保し続けた。
魔石を求め巨大な魔物を時に討伐し、さらには自らの手で巨大魔石を生み出す魔物を造ったりもした。
そうした動きの中で隣接していないサレムキングダム王国にも手を伸ばし、結果的には【魔獣の聖刀】を動かす切っ掛けを作ってしまったのだ。
まさか当時十~十一歳の冒険者パーティーに敗北するとは考えもしなかっただろう。
彼らは神聖国と魔族の戦争の隙間をぬって魔族領に侵入し、十魔将の数人を討伐し、魔王である少女を救出した。
国のサポートと、【三大妖】を始めとしたビーツの従魔たちに助けられたのは言うまでもない。四人だけでは絶対に無理な事だ。
これが俗に言う『英雄による魔族討伐』である。
結果として十魔将は瓦解し、穏健派の数人だけが魔王の下に残った。他の十魔将は討伐された者、捕らえられた者…………そして逃げ出した者もいる。
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強硬派の十魔将の一人、【最狂】と言われた研究者がいた。
彼の名はザルツシェルト。
自らの魔導技術により支配者たる大魔王の復活を望んだ魔族である。
自分が組んだ術式とそれを組んだ魔道具、それにより大陸が支配される。それは自分の力による支配と変わらない。なんと甘美なる愉悦だ。
……しかしそう思っていたのは魔族領から逃げ出すまでの事。
彼は逃げる途中で偶然にもダンジョンコアを手に入れた。
手にした瞬間に流れ込む知識。
それはあまり膨大であまりに現実離れした力。
すぐにでも行使したくなるそれを堪え、必死に冷静を保ち、我慢する。
そして考え直したのだ。
(なにも大魔王を復活させるまでもない。この力を持ってすれば私が自身の力で大陸を支配できる)
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彼は今、帝国にあるダンジョンで研究を続けている。
手始めに作成した『魔物を操る魔道具』は一定の成果を見た。
災害級の魔物に試せてはいないが、五万もの魔物を同時に操る事ができた。
これにより協力関係にあった貴族は帝国内部で動き出すだろう。
そしてそれは失敗する。これも予定通り。
その貴族は利用するだけで最初から撒き餌にするつもりだった。
研究する為に必要なダンジョン魔力。その確保の為に貴族を利用し、そして貴族の目論見が失敗する事で帝国が動き出す。
実際、スタンピードから割と早いタイミングで帝国騎士団がダンジョンへと侵入してきた。何よりの証だろう。
(全く最後まであの弦楽器は尽してくれるものだ。多少の感謝はしてやろう)
騎士団をまるごとダンジョンに取り込んだザルツシェルトは笑みを浮かべてそう労った。
これでまた研究が進む。
大陸支配の為の次の一歩。魔物の洗脳が出来たならば、次は人間だ。
造り出した術式は相手の魔力に作用する事が基本となる。当然、魔石を体内に保有している魔物に効果が出やすい。
しかし人間相手となると、それこそサキュバスの『魅了』のような固有魔法の術式が必要になる。それを為すためにはどうすれば良いか……研究に没頭する時間が増えた。
同時に自身の保全も考えなければならない。
帝国騎士団を全滅させ、これで終わりとはいくまい。
考えられるのは、騎士団をより多く投入してくるか、ロザリアの傭兵団を投入してくるか、皇帝の手駒である【覇道の方陣】を投入してくるか……。
(どれが来ても美味しいな)
ダンジョン魔力の糧となって終わりだ、ザルツシェルトはそう考える。そしてそれは事実だ。
ダンジョンマスターとなった彼が唯一恐れるのは魔族討伐を為した【魔獣の聖刀】、と言うよりダンジョンマスターであり強大な従魔を抱えるビーツ・ボーエンただ一人。あの少年にだけ注意すればそれで良い。
ではそのビーツが介入する可能性はあるか。
帝国貴族が主導した帝都襲撃に王国貴族であるビーツが介入するとは思えない。
そもそも皇帝とビーツのつながりもない。あるとすれば現在ダンジョン【百鬼夜行】に挑戦しているはずの【覇道の方陣】つながりだが、自分のダンジョンに対してはビーツよりも【覇道の方陣】に重きを置くだろう。帝国の皇帝ならば猶更だ。
ビーツが来るとすればどうにも手に負えなくなってきてから。
つまりそれまでは騎士団なり傭兵団なり【覇道の方陣】が来るのが先だろう。
【覇道の方陣】を王国から帝国に呼び出すまでには時間がかかる。
そこから仮にビーツに頼る事になったとして時間の猶予はあるし、その頃にはダンジョン魔力も多く確保されている事だろう。
ゴールは見えている。
ザルツシェルトは思わず高笑いしたくなる気持ちを堪え、研究を続けた。
……その頃、ザルツシェルトが感知できないダンジョンの外側には、大量のアンデッドが群れていた。
ザルツシェルト、弦楽器、ビーツたち、それぞれ考えてる事がすこしずつ違うんですよね。




