141:続・最強との対談・ロスタイム
「あ、お疲れさまでーす」
今日も今日とてビーツは屋敷と庭園の見回りだ。屋敷の扉付近にいた衛兵に軽く挨拶をする。
爽やかな朝、ビーツはお供もつけず(影と服の中にいるが)テクテクと歩いていた。
そこで後ろから声がかかる。
「おい、小僧」
「あ、グラディウスさん、おはようございます」
「……おめぇ、何でまだ居るんだよ」
グラディウスと【覇道の方陣】の面々が揃ってジト目になり、ビーツを見ていた。
首を傾げるビーツを見て、少し溜息をつく。
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ビーツが提案した『自分が皇帝からの指名依頼を受けダンジョン討伐に向かう』というものに対し、エドワーズ王子も【覇道の方陣】も難色を示した。
当然だ。
王国側からすれば、自国の貴族でもあるビーツを帝国皇帝の駒にするのに等しい。もちろん王都を襲ったスタンピードの主犯が帝国貴族であったのだから王国として一矢報いたい、口を出させろという気持ちはある。
さらに言えば相手はダンジョンマスターであり、【百鬼夜行】を抱える王国はダンジョンについて一日の長があると思っている。だからこそ王国として動きたいとも思っている。
一方で帝国側からすれば、自国の内紛を他国貴族に介入させるに等しい。王国を侮る気風がある帝国において王国所属の冒険者に指名依頼というのも皇帝としては風聞が悪すぎるだろうとグラディウスらは思う。
しかしビーツの話しを聞く限り、自分たちを含め、帝国の手勢でダンジョンマスターを討伐するのは無理だろうと頭の片隅では思っていた。
結局その日はお互いに持ち帰り、協議を重ねる事となる。
緊急時とは言え、結論を出すにはそれ相応に長い時間がかかった。
特にグラディウスと皇帝の協議というのは高性能な伝書鳩といったような鳥を使ったものであり、文書のやり取りは何度も大陸の北へ南へ飛ぶはめになるので、鳥が過労死しそうであった。……まぁ何羽も居るのだが、気持ちの問題だ。
そして出た結論としては渋々であるものの、双方の妥協点としてビーツの案を採用する事になった。
ビーツへの依頼は皇帝からグラディウス、グラディウスからビーツといった依頼の流れになり、皇帝が直接ビーツに会ったり指示したりという事はない。
間に冒険者であるグラディウスを挟む事で、皇帝が王国貴族に依頼したという形を避けたのだ。
王国やビーツはそれに対し何も言うことはない。
王国からすればビーツがダンジョン討伐できればそれで良し。
ビーツも相手がダンジョンマスターである以上、自分が相手する以外に術はないだろうと決して傲慢ではない自信を漲らせていた。
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……という事があったのが先日の事。
あれだけ自信を見せていたビーツが帝国へ行くそぶりも見せず、普通にダンジョン運営をしている。
さっさと行けよ、というのがグラディウスらの本音だ。
何を言っているんだろうと最初は首を傾げていたビーツであったが、やっとグラディウスが何を言いたいのか理解した。
「あ、えっと……あの件はすでに動いてます。もうとっくに例の場所は押さえてますよ」
『…………は?』
他の冒険者やギルド職員が居る手前、やたらな事は口に出せない。
あの件だとか例の場所だとか言う感じになったが、グラディウスらは当然それを理解した。
理解した上で疑問符が頭を駆け巡った。理解できんと。
埒があかないと判断したグラディウスは猫を持つようにビーツの首根っこを片手で持ち上げ、ホールを抜け階段を上り応接室へと向かう。
(あー、これは『攻撃無効』に含まれないのか、新発見だなぁ)
と、ブラブラ吊られながら為すがまま、呑気に考えるダンジョンマスター。
様子を見ていた冒険者たちは「おい!ビーツが拉致されてるぜ!」「まじかよ!さすが【覇央】だ!怖いもん知らず!」「オロチ!守らないでいいのか!マスターの危機だぞ!」と騒ぎ立てる。
グラディウスもオロチも当然無視だ。ビーツは苦笑いで冒険者たちになぜか手を振っていた。ブラブラされながら。
応接室のソファーに投げ出されたビーツと向かい合って【覇道の方陣】はさっさと座る。
ビーツがローブの襟元を直し、ソファーに着いたところで何故かホーキが給仕を始めた。
別にビーツが念話で指示を出したわけではない。いきなり来た面々に対して完璧な給仕。さすが侍女長である。
「……で?もう動いてるってのはどういう事だ?押さえたって例のダンジョンをか?」
さっさと本題に入るグラディウス。他の四人も顔つきは険しい。
何となく察したビーツがいつもの調子で話し始める。
「えっとですね、なんて言うか……僕がどうやってダンジョンマスターを討伐するかは秘密って言いましたよね?」
「あぁ。こっちは教えて欲しいんだけどなぁ」
ダンジョンマスターを確実に倒す方法―――それは兵糧攻めである。
ダンジョンに侵入すれば確実に殺される。決して入ってはいけない。
そして誰も入る事が出来ないようにすれば、ビーツのように従魔頼りにしている例外を除きダンジョンが魔力を吸収する術がない。
ダンジョンマスターの魔族が魔道具を造らずとも、研究施設を動かす、ダンジョンを稼働させる、それだけで日々ダンジョン魔力は消費していく。徐々にではあるが。
大量の人間を吸収したであろうダンジョンはおそらく大量の魔力を有している。だから長期戦は必至である。
しかしいずれ魔族は痺れを来たす。魔力を欲して外に出る。もしくは一向に侵入されない事を不審に思い顔を出す。―――そこを叩くしかない。
これがビーツの考える最良の方法であった。
ただこれを教えるとなると、ダンジョン魔力の事も説明しなければならないし、他のダンジョンで同じ事をされれば、そのダンジョンとダンジョンマスターは死ぬ。
だからグラディウスには秘密。王国の国家機密でもあるのだから尚更だ。
「で、おそらく長期間に渡っての作戦になります。例の魔族の動き次第では早めの決着もあるかもしれないですけど、まぁその時は言うとして、今は作戦の長期継続を考えてます」
「いや、それは先に聞いたからいいんだけどよ。『すでに動いている』っつーのと『ダンジョンを押さえてる』の意味が分かんねーんだが?」
若干イライラしてきたグラディウスがビーツに問いかける。
他の四人も同じような表情だ。
「えっと、うちのヌラさんって元々帝国の辺境に住んでたんですよ」
『…………』
いきなり何を言い出すのかといった表情の【覇道の方陣】。
こめかみに青筋が見えて来た。
「だからとっくに送還して、ダンジョンを封鎖してもらってます」
『……は?』
【百鬼夜行】の【鬼軍副長】、エルダーリッチのヌラ。
彼は元々、帝国の辺境地域に自らの居城を構えていた。
今、ダンジョン【百鬼夜行】に居るのはビーツが″召喚″している状態だから。当然この状態で″送還″すれば″召喚時にいたポイント″に″送還″される。ヌラの場合はかつての居城だ。
ヌラの住んでいた辺境と魔族のダンジョンは比較的近い。王国から旅立つ事を考えれば千分の一以下の距離だ。
ビーツはダンジョンを封鎖する為に大量の眷属を召喚できる事、そしてダンジョンマスターが出張って来た時に対処できるだけの能力がある事、そして誰より速くダンジョンの場所に辿り着ける事、全てを考慮した結果、ヌラに一任する事にした。
念の為、従魔契約前からヌラの腹心であったデュラハンのロクロウも同行させている。
だから後はヌラからの報告を待つだけなのだ。
封鎖の理由等は話さず、そういった状況である事をビーツはグラディウスに説明した。
「まじかよ……」
グラディウスは頭を抱え呟いた。
言われてみれば納得だ。確かに帝国に起点を持つ従魔を″送還″すれば兵力を送り出せる。エルダーリッチならば魔族相手に後れを取るとは考えにくい。だからビーツの打った手は誰が見ても正しい。
端に座った召喚士のギャラはその考えに至らなかった事に、誰よりも悔しがっている。まぁギャラは『ゴーレム系召喚士』でビーツは『魔物系召喚士』なので全然勝手が違うのだから、至らなくて当然と言えば当然なのだが。
しかし。しかしだ。
依頼を受けてまだ数日、すでに大陸の逆側にある秘密裡のダンジョンに、エルダーリッチという強大戦力を投入済みだという、その規格外の運用能力。召喚士としての力量。
″世界最強の冒険者″を自負しているグラディウスでさえも脱帽という言葉が浮かんだ。
この小僧に勝てる奴なんて居るのか、と。
……その日、【覇道の方陣】は探索を休んだ。




