139:続・最強との対談・前編
その日、地上部の屋敷二階、応接室には十人の面々が揃っていた。
窓側のソファーにはビーツ、エドワーズ王子、アレクが並び、後ろにシュテンとタマモが立つ。
扉側のソファーには【覇道の方陣】。あの日と同じ十人だ。
「して、今日の要件はその後の運びかな?」
「はい、昨日皇帝陛下より文が届きました」
エドワーズの切り出しから始まった。
中央に座るグラディウスはしっかりとエドワーズを見据えて真剣な面持ちで話す。
それはいつもの豪快崩落な彼と違い、他国の王子であるエドワーズに対する礼儀を弁えた態度であった。
王国を小国と侮る者が多い帝国民にあって、模範的冒険者でもある【覇道の方陣】は王族に対してそのような真似はしない。繕うべきところは繕う。最低限の礼儀やマナーは覚える。そういった姿勢が見える。
「まず詳細をお教えできない事はご了承下さい。私にはそこまでの権限がありませんので」
「分かっている。何も帝国の弱みを知りたいという事ではない」
「恐縮です。……それで帝都を襲った魔物の扇動者。いえ、事件の主犯と言ったほうが良いでしょうか。その者を捕らえました」
「「「おおっ」」」
グラディウスの報告にエドワーズ、アレク、ビーツが声を揃えた。
「王国でも帝国の事情に詳しいところがあると思いますので念の為私からも報告しますが、その者は『改革派』のナンバー3といった立場の貴族です」
「改革派……」
「ナンバー1の公爵閣下ではなかったのか」
「はい。確かに『改革派』のトップは公爵閣下です。皇帝陛下も当初はその線から当たったようですが、探った結果、ナンバー3……某侯爵が裏で動きつつ、スタンピードを起こしたようです」
「公爵の影に隠れて大きな駒を動かしていたと」
「えぇ」
帝国は皇帝の独裁国家と言っても過言ではない。実際は貴族院の会議や意見を取り入れての国政を行っているのだが、その権力は計り知れない。
当然、それが面白くない貴族もおり、より強い権力を欲する。
皇帝を引きずりおろす、帝政の見直しを求める者たちが集まったのが改革派である。
もちろん表立って言う事もなく、結局は自分たちの利益を増やしたいが為の集団であり、そのトップは皇帝の親族でもある公爵だった。
皇帝としては邪魔だが簡単に排除も出来ない面倒な存在である。
その改革派のナンバー3というのがザンパーニ・ホン・ブザーマ侯爵であった。
彼は改革派の中では完全な裏方。
表に出るのは公爵とナンバー2の伯爵で、ザンパーニは彼らに同調し建言するのが主な役回り……そう思われていた。
トップである公爵自身もそういう認識であっただろう。
ところが実際に改革派の集団を言葉巧みに動かしていたのは裏から手回ししていたザンパーニであった。
周りの貴族にダンジョンの有用性を伝え、有力な冒険者を派遣させ、帝都の戦力を削った。
ロザリアの傭兵もその多くを帰国させ、さらに戦力は低下する。
そして公爵を通じ王国の【百鬼夜行】を利用する事で【覇道の方陣】も出向させた。
その上でスタンピードを起こさせたのだ。
「なるほどな。こちらで起こったスタンピードの件は聞いたか?」
「ええ、尋問の結果、全て吐いたそうです。王都のスタンピードを指示したのも侯爵で間違いないと」
「ふむ」
エドワーズが息を一つつき、目を細める。
犯人が見つかったのは嬉しい事だ。だが結局は帝国貴族の仕業だった。これを王国としてどう対処するか……。
帝国に賠償を求める、その貴族の引き渡しを求める、その他色々と考えられる。
まぁ皇帝からすれば自国の失態であり帝都に被害を受けている身なのだから、自国で全てを対処したいだろうが……。
それに関しては王城に持ち帰り国王陛下に相談だな、とエドワーズは一度棚に上げた。
「それで?侯爵の捕獲報告が本題ではないだろう?」
「はい」
「ダンジョンか?」
「はい」
やはりな、と頷くエドワーズと両脇のビーツ・アレク。
グラディウスの話しでは、やはり魔物の集団洗脳にはダンジョン産の魔道具が絡んでいるらしく、それを造ったのはダンジョンマスターの魔族だと言う。
魔族という情報が出た時にエドワーズたちは揃って険しい表情になった。
魔族の行方は分かっておらず、おそらくダンジョン内に居るのではと予想がされていた。
そしてザンパーニはその魔族に協力し、ダンジョンに人を大量に送り込んでいたらしい。
うわぁと思わず声を出すビーツ。エドワーズとアレクも苦々しい顔になる。
その表情を見てグラディウスも一層顔を引き締めた。
「……やはり魔道具の作成に大量の人が絡んでいるのですか?」
意味もなく人をダンジョンに送る事などありえない。
スタンピード……魔物の集団洗脳と大量の人を集める事は繋がっている。グラディウスがそう考えるのは至極当然の事だった。
これを受けてエドワーズは返答に困った。
そうだと言えばダンジョンの秘匿情報――人からダンジョンが魔力を吸収しそれを運営や魔道具作成に使っているという事――を他国に教える事になる。
【百鬼夜行】の危険視もされるが、それ以上に他のダンジョン・ダンジョンコアに対する手も伸びるだろう。
そうなればどの道、先に見えるのは人々の死だ。
大量の探索者の死か、強力な魔道具を造られた上での人々の死。
いずれにせよ良い結果にはならない。
だからと言って黙ったままでは何も解決しない。
エドワーズはそう考える。
しばらく返答を待ったグラディウスが追加とばかりに情報を出す。
「ダンジョン自体は侯爵の言から発見に至ったようです。そして皇帝陛下はダンジョンマスター討伐の為に派兵しました」
「「「!?」」」
以前、グラディウス経由で皇帝へと送った文書には『ダンジョンが関わっている可能性あり、もし見つけても立ち入らない事を勧める』という旨を伝えた。
……が、どうやら兵を向かわせてしまったらしい。
これは皇帝側からすれば当然と言える。
スタンピードを起こした張本人がダンジョンマスターならば、ダンジョンに居るのが当然。
最奥まで潜り、ダンジョンマスターを討伐するか、ダンジョンコアを奪取しない限り犯人を野放しにしているのも同じだ。
だから迅速に、力のある兵たちを向かわせた。秘密裡にダンジョンを攻略せよと。
しかしダンジョンの事情を誰より知っているビーツたちは揃って頭を抱えた。
それは悪手だ、と。




