13:師と姉弟子との会合
「すいません、遅くなりました!」
慌てて応接室に駆け込んだビーツが頭を下げる。
応接ソファーにはすでにシュタインズとユーヴェが揃ってくつろぎ、侍女姿で給仕するサキュバス、ホーキの淹れた紅茶を飲んでいた。
「構わんぞ。シュテンたちにも久々に会ったので様子を聞いておったわ」
「師匠と姉弟子を待たせるとは、さすがダンジョンマスター様だな。ビーツ・ボーエン」
にこやかに長い髭をさする老人と、ニヤニヤしながら苦言を呈する女性エルフに、ビーツは「す、すいません」とペコペコしながらソファーに着いた。
ビーツは対人となると下っ端気質全開になるのだが、それでもこの二人に関しては普通に接することが出来る部類だった。
シュタインズはビーツの産まれた村が辺境で、様々な魔物が生息する森が隣接している事もあり、ギルドマスターをユーヴェに譲って以降は、その地で魔物研究をしていた。
召喚士としても一流で、召喚する為の媒介として、魔法陣の描かれた召喚紙が「戦いの最中でいちいち広げられるか!破れやすいし!」とソフトボール大の召喚石を開発するなど、研究でも実践でも名を残す大召喚士である。
余談だが、ソフトボール大の召喚石をピンポン玉サイズにまで縮小させ、その後カード化させたのはビーツである。
屋敷の前で売り出され、王都で大人気を誇るトレーディングカードは、この召喚カードを模したものであり、コレクターも多い。
ユーヴェは最上位である元アダマンタイト級の冒険者で、シュタインズの弟子でもある召喚士だ。
従魔は一体ながら、その一体がウィンドドラゴンというユーヴェ以外に従魔にした例がない魔物であり、ドラゴン種であるが故にその強さは別格。
本人曰く、自分の実力はアダマンタイトどころか、ミスリルにも劣る金級程度との事だが、ドラゴンの背に乗り、戦いを従魔に任せるのは召喚士として当然の戦い方であり、それを非難する者はいない。
現在、その二人と顔見知りの【三大妖】も共に机を囲んでいる。
「――で、四九階層なんでもうすぐって感じですね」
「ほう、やっとか。長いこと掛かったのう」
「ギルドマスターとしては頭が痛いな」
やれやれといった表情でユーヴェが頭を抱える。
そうは言ったものの、ダンジョンに挑んでいるのは初級~中級冒険者がほとんどなのだ。
最上位の冒険者は指名依頼などで貴族や王族の依頼に出ることが多い。
「オロチも出番あるかのう」
「んー、多分ない」
「わっちらはもう少し深層でないと無理そうでありんす」
「可能性としてはあるがな」
シュタインズの質問にオロチ・タマモ・シュテンが返した。
シュタインズは魔物好きなのもあるがビーツや【三大妖】を孫のように見ている節がある。
ユーヴェは管理者目線での冒険者の探索状況を知りたいので、世間話も問題ないのだ。
「ちなみに新たに配置した魔物はいるかの」
「ハカセが知らない魔物は……どうだろう」
「未踏破の階層はほとんどいじりませんからね」
シュタインズの問いにビーツとシュテンが答えた。
皆、シュタインズが新たな魔物の知識を得たいというのを知っているのだ。
ちなみにビーツとシュタインズの初対面の時に「わしはモンスターじいさんと呼ばれておる、ここに召喚石があるじゃろ?」とか言いだしたので、ビーツの中では「ハカセ」と定着している。
元ネタはボールをぶつけて魔物を乱獲するゲームだ。
「で、そろそろ今日の本題に行こうか」
ユーヴェがそう切り出した。
シュタインズもビーツも自称モンスターマニアなので魔物談義になると一日中喋り続けるというのを知っているのだ。
この辺りの舵取りはギルドマスターとしての手腕でもある。
「あ、そうそう。えっと、今度のモンスター図鑑なんですけど、精霊編にしようかと思って……」
「「精霊か……」」
シュタインズとユーヴェが「うーん」と唸る。
まぁそういう反応になるだろうと思っていたビーツは続ける。
「えっと、今回は住処とか弱点とかはなしで、精霊とか妖精ってこういうもんだよっていう感じにしようかと……」
「ふむ、やりたい事は分かる。やるならば出す情報を厳選せねばなるまい」
「エルフとして言わせてもらえば、問題は樹王国だろうな」
「樹王国……ですか?」
ビーツが首を傾げる。
なぜ国が絡んでくるのか、と。
「樹王国は六割以上がエルフで精霊信仰が盛んだ。大抵のエルフが精霊を信じ、森と共に生活している。って、お前も樹王国に行ったはずだが、大方魔物のことしか興味がなかったんだろう?」
図星だったビーツは「あはは」と頭を掻いた。
「確かに精霊信仰者からすれば、ビーツの書く真実に反発する事もあるかもしれんのう」
ビーツの図鑑は自分の従魔から実際に聞いた情報を載せているので、確実な真実なのだが、精霊と触れ合える存在というのは早々居るものではない。
仮に精霊信仰者が真実とは違う教義を持ち、それを真実と信じているならば、ビーツの書く真実は「虚実」となる。
嘘つきだと非難され、それを樹王国が発したとすれば、問題はビーツ個人ではなく王国にも広がるだろう。
樹王国もエルフも敵に回したくないビーツは、思い悩んだ。
「とりあえず精霊編で行くならば下書き段階で私に見せろ。それで信仰と隔たりがあるかを確かめる。その後、樹王国のギルドを通して王族に見せて許可を得る。という流れかな」
「まぁそれがいいじゃろうな。港町の【水神の巫女】にも同じように許可を得るんじゃろ?」
「はい、マモリの事も出しますし、セレナさんに許可をとってからでないと……」
「そうじゃな。今となっては詮無き事じゃが、ウンディーネの存在自体が王族と水神の巫女一族との秘匿情報だったんじゃ。話は通しておかんとな」
「はぁ……なんかいつもの図鑑製作より大事になってきたなぁ……」
深くため息をついたビーツだが、これで「じゃあ精霊編やめるか」となればマモリが悲しむだろうから、やめるつもりもない。
何にせよ、色々と事前に動く必要があり、シュタインズやユーヴェに協力してもらう必要がある。
となれば「一応」という感じで呼んだユーヴェに感謝するほかない。
「ユーヴェさんに来てもらって良かったです」
「なに、まだこれからの動き次第だ。発売禁止もありうるから承知はしておけ」
「これで発売までいったら、ユーヴェも監修で名を記すんじゃろうな」
「それは当然ですよ」
「はは、少しは懐も潤うかな」
王都の現ギルドマスターが低給金なわけないだろうに、とビーツとシュタインズは笑った。




