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王都ダンジョン【百鬼夜行】へようこそ!  作者: 藤原キリオ
第九章 ダンジョンアタック
135/170

134:マール、初めての外出



「では行って参ります、ご主人様」

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」



 管理層でビーツに出発の挨拶をするのはホーキとマールの侍女コンビ。

 今日はマール、初めての外出である。


 管理層で働き始めてから二ヶ月。これまでマールは一度も地上部に出たことがない。

 帝国から奴隷としてやって来た時に共に居た貴族たちはダンジョンに潜ったまま帰ってこない。冒険者たちは当然の如く″お仕置き″されたと思っている。

 その事を知る者たちや帝国出身の冒険者がマールを見た時にどう思うか。それが懸念された為にエドワーズ王子からも「しばらくマールを外に出さないでくれ」と忠告したのだ。


 今ではコダマ特製ポーションと日々の栄養管理、侍女服のせいもあり奴隷であった当初とは見違えるような少女となっている。

 だが黒犬の獣人という特徴からバレる可能性があった為、今回の初外出に当たって、ビーツはマールの髪と尻尾を茶色に染色した。これはミラレースらに施した変装と同じ要領で、実際に試すのは二回目となる。



「うわぁ~」



 地上部の屋敷へと転移したホーキとマールは二階からホールを眺める。

 来た時には死ぬ寸前で周りを見る余裕もなかったマールだが、改めて屋敷内を見ると、冒険者たちで賑わい、天井の巨大絵織物には最早見慣れた面々が描かれている。なんとも感動的だ。

 管制室からモニター映像としては見ていたが、実際に自分の目で見ると一際輝いて見えた。


 階段の警備についていたマタンゴのクサビラに「行ってきます」と挨拶すれば短い手をフルフルと振る仕草に癒される。

 ホールを横切れば冒険者たちからの視線を集めた。

 「おおっ!ホーキだ!」「最近見なかったな」「スタンピードの時に見たぞ」「あの獣人は?従魔……じゃないよな」「へぇ魔物じゃなくても働けるのか」「俺も雇って欲しい」

 そんな声が聞こえる。

 マールは恥ずかし気に俯いて先を歩くホーキを追う。

 侍女たる者、決して走ってはならない。歩く時も姿勢を意識しなければならない。いつもホーキから言われている事だ。人前だからこそ余計に意識しなくては。

 マールはすぐに気持ちを入れ替え、心の中でふんすと気合を入れた。



「マール、私から離れないように。隣で歩きなさい」

「は、はいっ!す、すごい人ですね!」



 ビーツや従魔たちが【百鬼夜行】の敷地から出る事はあまりない。

 敷地内が安全だからとか、出歩くと注目を集め騒がれるとか、災害級の魔物が出歩く事を嫌悪する人がいるとか、理由はいくつもある。

 しかし全く出ないという事もない。

 従魔内であれば、特にジョロとホーキが出る事が多い。

 理由としては【三大妖】ほど騒がれず、見た目が人間に一番近いからだ。

 モクレン?部屋に籠ってます。

 マモリ?幼女だし……エルフが騒ぐし……。


 目的としては主に買い物。

 ダンジョン内でほぼ全ての生産が可能なビーツではあるが、金を溜めるばかりで全く消費しないというのは王都の経済に影響を及ぼす。物価が上がる一方だ。

 なので出来るだけ王都で買い物をして金を落とそうとしている。

 例えばパンや穀物。ダンジョンでも小麦を作付しオロシがパンを焼けるのだが王都の店でも買う。お客様用や従魔用に酒も買うがビーツが下戸の為、ダンジョン内では造っていない。

 他にも衣類やインテリアなど、ジョロやモクレンの感性外のものを買うようにしている。



 この日、ホーキとマールが出歩くのも、そういったお店を見て回るのも一つの理由。

 もう一つの理由は、色々と知人に会う必要があるのだ。



(こんなに人がいっぱい……!あ、冒険者じゃない獣人の人も結構居る!)



 大通りを歩きながらお上りさんの如く、見回してしまうマールであった。

 街並みや店も眺めるが、どうしても獣人たちを目で追ってしまう。

 帝国に居た時には差別対象であった獣人。それがここでは普通に歩き、他人種の人たちとも仲良く会話している。

 モニターで見る冒険者たちもそうだったが、一般人でもそうして差別される事なく過ごせる環境というものに改めて感動していた。



「お店を回るのは後にしましょう。まずはこちらです」

「はいっ!」





 王都北部の大通り沿い。貴族区と商業区の境あたりに立派な建物が見えた。

 それはマールでも知っている施設。



「教会ですか……」

「ええ、王国にある創世教会の本部でもありますので国の中では一番大きい教会になります」

「はぁ~、あ、お祈りでもするんですか?」



 マールは浮浪児であった為に教会で祈った事がない。そもそも宗教の事をよく分かっていない。

 創世教は神聖国に中枢を持つ世界最大の宗教で帝都にもあったのだが、マールの中では「教会=炊き出し」というイメージしかないのだ。

 だからとりあえず「お祈り」と言ってみたのだが、どうやら違うらしい。と言うか魔物は創世神に祈ったりしないらしい。



 ホーキが向かった先は、教会の敷地の脇にある関係者用の宿舎。

 何棟かあるうちの一つ。パッと見は普通の二階建て一軒家だ。

 ホーキはドアノッカーを叩き、しばし待つ。



「はい、どちら様…………ホーキさん!?」

「ご無沙汰しております、ロザリー。こちらは同僚のマールです」

「マ、マールと申しますっ!」

「まぁ貴女が。どうぞお上がりになって」



 出迎えたのは少女と女性の中間のような人だった。金髪の髪を結い、すらりとした長身はホーキと変わらない。

 可愛げがあり清楚。マールは貴族かと思うものの、それにしては家が普通すぎると思い直す。

 ……まぁマールがよく知っている住居というのはコミュニティか奴隷商の家か貴族の家か【百鬼夜行】なので極端すぎるのだが。



「それでデュークは?」

「もうすぐ戻ると思います。それまでお茶でもどうぞ」

「ありがとうございます」

「ふふっ。でも本職のホーキさんと比べられると困りますけどね」



 彼女――ロザリーは【聖典】デューク・ドラグライトの奥さんらしい。

 デュークは教会組織の中では司祭の位を持っている。

 王都の教会に席を持っているので、彼と結婚してからはこの宿舎で暮らしていたとの事。

 それからしばらく神聖国での暮らしを経て、また王都に戻って来たのだ。


 そんなに点々とする上に現役アダマンタイト級冒険者でもあるデュークなので、司祭の位はあくまで形だけ。王国における英雄爵と変わらない。

 もちろん説法も出来れば治療や催事も出来るが、王都の創世教会には他にも司祭や、その上の司教も居る。デュークが教会に縛られる環境ではないが、形式上、この宿舎に住んでいるという事だ。



「ただいま……って、ホーキ?と、マールだったか?いらっしゃい」

「お邪魔してます、デューク」

「お、お邪魔してます!」



 ロザリーとホーキが紅茶を飲みながら世間話をしつつ、借りて来た猫のように縮こまっていたマールであったが、帰って来た家主の登場に慌てて立ち上がり挨拶した。

 そもそもマールがお客さんとして他人の家でお茶をする、という経験がないのだ。

 【百鬼夜行】で死にかけた時にビーツと就職面談したのが唯一である。



「で、どうしたんだ?何かあれば俺が行くのに」



 荷物と法衣をロザリーに渡しながらホーキと話すデューク。

 まるで新婚さんのようだが、貴族としては客前で脱ぐなど言語道断である。

 しかしホーキの前で変に繕う必要もなし、と誰一人気にしていない。ロザリーも慣れたものだ。



「実はデュークにお願いがありまして」

「……何?……嫌な予感がするんだが」



 デュークがお願いされて良かった試しなどないのだ。

 大抵、無茶ぶりされて苦労するはめになる。冒険者時代……いや五歳の時からずっとだ。パーティーメンバーの三人はこだわりを持つ事ならば自重しない。

 それが分かっているデュークは少し身構えた。



「サインと手形が欲しいのです」

「…………は?」




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