12:とある衛兵の遭遇
王国騎士団の仕事は多岐に渡るが、そのほとんどが治安維持に費やされる。
それは王都周辺の魔物討伐であったり、王都内の犯罪者の摘発や警邏、重要施設の警備なども含まれるが、王国では国同士の戦争というのが長年ない為、自然とそういった仕事が多くなるのだ。
モーリスは浮かれていた。
ダンジョン【百鬼夜行】の衛兵として警備の仕事に回されたのだ。
上司から辞令を貰った際は、思わずグッと拳を握りそうになった。
【百鬼夜行】の警備は人気がある為、割と短いスパンで人員の切り替えが行われる。
モーリスも何度か【百鬼夜行】の警備を担当した事があるが、それでも嬉しいものなのだ。
しかも大通り沿いの柵門警備ではなく、屋敷の扉の横、受付カウンター付近での警備であり、モーリスとしてはこれ以上望むものはない配置であった。
スキップ気味に【百鬼夜行】へと赴き、同じく配属された衛兵たちと打ち合わせる。
柵門の警備は、基本的に門の横に立ち不審者の侵入を防ぐという建前があるが、冒険者も都民も多くの人が通る柵門を全てチェックするのは出来ないし、仮に不審者が入ったところで敷地内は『攻撃禁止』のダンジョンルールがあるので、怪我や事故の心配はない。
というより衛兵より優秀な危機察知能力と制圧能力がある従魔が屋敷に常駐しているのだ。
柵門の衛兵に求められるのは兵としての能力ではなく、初めてダンジョンに来た人たちへの誘導であったり、馬車で横付けされた際の整理誘導、そして貴族や他国からの使者たちへの対応となる。
それも他所の警備に比べれば楽なのだが、鎧を着て日中立ちっぱなしというのは、かなり消耗するもので、モーリスとしては屋敷内の警備に劣ると思っている。
「じゃあがんばれよ」
「そっちもな。モニターばっか見てるんじゃないぞ」
そんな会話をして屋敷内の入ってすぐ、衛兵の定位置に立った。
屋敷内の警備は有事の際の取り押さえや拘束など、まさしく衛兵の仕事だ。
腕自慢の冒険者や、傲慢な他国貴族など受付で騒ぐケースもあるし、酒に酔って当たり散らす冒険者や、死に戻りして装備もアイテムもなくした冒険者が自暴自棄に騒ぐ場合もある。
それらを取り押さえるのは通常の衛兵としての仕事だし、何より『攻撃禁止』で怪我する心配がないのが人気の一端だ。
モーリスはちらりとホールのモニターを見る。
(前よりもモニターが大きくなってる!?見やすい!)
内心喜んだが、自分は仕事中だと気持ちを入れ直す。
この誘惑が多いのも、屋敷内の警備の人気の一端であり、悪いところでもある。
モニターに夢中になりすぎて左遷された騎士もいると聞く。
(よし!周囲の様子を警戒しつつ、ちらちらと見よう)
謎の気合いを入れ、警備の仕事に戻る。
途中、新人冒険者が騒ぐ場面があったが、自分が取り押さえる前に、周りのベテラン冒険者によって宥められていた。
こういった事は結構あり、冒険者同士の結束というか、いい意味での上下関係を見れてモーリスとしてもいい気分になるのだ。
もちろんベテラン冒険者がいなくて自分が取り押さえるケースが普通ではあるが、その際も落ち着かせればちゃんと理解する冒険者も多い。
あるいは全く聞く耳を持たない者もいるのだが……。
そんな事を考えながらも警備に当たっていると、ホールが途端に騒がしくなった。
(何事だ―――っ!?タマモか!)
ホール奥の階段から【三大妖】のタマモが下りてきたのだ。
モーリスが見るのは初めてだが、タマモが出てきた時の様子は騎士団内でも話題に上がることが多い。
騎士団にもタマモファンが多いのもそうなのだが、屋敷の様子がガラリと変わるので、警備上でも最大の難所として上司から忠告があったりする。
曰く、王族警備以上に心を強く持ち、体を張れ、と。
「静かに!騒がないで!近づかないでくれ!」
モーリスは叫びながらもタマモの通り道を確保しようと、冒険者たちの波を掻い潜る。
テンションの上がった冒険者や騒ぎを聞きつけた商人たちも一目見ようと群がる中、モーリスはタマモの道を開ける為に両手を広げ、冒険者たちには「落ち着け!下がってくれ!」と指示を出し続けた。
そして自分と同じように道を確保する冒険者がいるのも確認し、心の中で「感謝する!信者たちよ!」と告げる。
やがてタマモがギルド職員と軽く打ち合わせ、二階に戻るまでの数分間、モーリスは防波堤になり続けた。
たった数分間でへとへとである。
定位置に戻り大きく息をつくと、先ほどタマモと打ち合わせしていたギルド職員が水を持ってやって来た。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございます、頂きます」
そう言って、一気に水を飲み干す。
もう一度深く息をつき、生き返った表情でコップを返した。
「初めて遭遇しましたけど、いつもあんな感じなんですか?」
「ええ、シュテンさんやジョロさんも騒がれますけど、タマモさんは別格ですね」
「なるほど。聞いてはいましたけど想像以上でしたよ」
苦笑いでモーリスが答えたが、職員も苦笑いだ。
何にせよ、これは報告書にまとめる必要がある。
本来ならばもっと衛兵を動員して対処したいところだが、タマモがいつ現れるか分からないし、今のところ問題が起きているわけでもない。
悩ましいが、現場の一員としては現状報告だけで済ませる他ないだろう。
(しかし、生でタマモが見れたのは皆に自慢できるな)
悔しがる同僚たちの姿が目に浮かぶ。
一方で、モーリスのお目当てに未だ出会えていないのが残念でもあった。
そう、モーリスはタマモ派ではなくシュテン派なのである。
(いつか会えればいいんだがな……)
そして数日後、その日がやって来た。
またもホールが騒がしくなり、何事かと思ったら二階からシュテンが下りてきたのだ。
(きたああああああああ!!!!)
心の中で飛び跳ねていたモーリスだが、憧れのシュテンに万一があってはならないと、即座に周りの冒険者を警戒し、シュテンの通り道を確保した。
「すまないな」
それを見たシュテンがモーリスに声をかける。
「い、いえっ!これも任務ですのでっ!」
若干裏返った声で返事をしつつ、歓喜する。
有象無象を終始無視していたタマモと違い、シュテンは思いやる心があるのだとモーリスは思った。
その立ち振る舞いは、まさしく騎士然としており、武の体現であり、美の極致でもあった。
いつまでも見とれていたい心をグッとこらえ、警備についた。
シュテンは屋敷の外まで出ていき、柵門から歩いてきた老人に頭を下げる。
「お久しぶりです、ハカセ」
「わざわざシュテンが出迎えとはのう。元気そうじゃな」
「はい。こちらへ、ご案内します」
そうしてシュテンと老人は屋敷の二階に上がって行った。
上がって行くシュテンの姿を目に焼き付けたモーリスは、しばらく茫然とした後に扉の定位置へと戻った。
(しかし【三大妖】のシュテンが出迎えと案内か……した手に出ていたし、あの老人は一体……)
報告書に書くためにも、よく話すギルド職員に聞くことにした。
「あの方は冒険者ギルドの前ギルドマスターでシュタインズ様です。ビーツ様の師匠にあたると伺っています」
「ああ、あの方がシュタインズ殿でしたか」
モーリスも聞いたことのある名前だった。
騎士団の仕事として対魔物の討伐もあるので、魔物の情報をまとめた『モンスター図鑑』が置かれている。
最新の魔物情報を載せたそれは『著:ビーツ・ボーエン 監修:シュタインズ・ベルクトリア』となっている。
モーリスは、シュタインズ老が魔物研究の権威であり、ビーツ・ボーエンの師匠であるという噂は知っていたが、前ギルドマスターとは知らなかった。
(なるほど、ビーツ・ボーエンの師匠だからわざわざシュテンが案内したのか)
そんな事を考え一人納得していると、今度はエルフの女性が屋敷へと入って来た。
いかにも値段が張りそうな地味ながらもしっかりとした造りのローブを纏い、早足でホールを進む。
その姿にモーリスも見覚えがあった。
(ギルドマスターじゃないか!冒険者ギルドの!)
王都の冒険者ギルドのギルドマスターであるユーヴェは有名人であり、ギルドと連携する事もある騎士団の人間として知らない者はいないだろう。
ダンジョン【百鬼夜行】としても冒険者ギルドの真向かいにあり、職員を置いている時点で繋がりがあるのは明白で、ギルドマスターが来るのも分かる。
しかし早々出歩く人物でもないし、ダンジョンで見たことなどモーリスは一度もなかった。
そのユーヴェはギルド職員に軽く挨拶し、ホールの奥へと進むと、階段の踊り場の手すりに停まっていたブライトイーグルに何か声を掛けた後、そのまま二階へと上がって行った。
従魔の案内なしに二階に上がるのは極めて異例であり、周りの冒険者からは「ありなのか!?」とか「さすがギルマス」といった声が聞こえる。
モーリスとしても何が何やら分からないまま事態が推移したので、どう報告書にまとめたものかと頭を悩ませるのだった。
……ちなみにその日の報告書の大半はシュテンの素晴らしさについて書かれており、上司に怒られたのは言うまでもない。
■従魔No.11 バサン
種族:ブライトイーグル
所属:蛇軍
名前の元ネタ:波山
備考:翼を広げれば3mほどにもなる大きな鳥。普通に高ランクモンスター。
ビーツが手紙の配達などに使う事が多いが、屋敷警備に就く事もある。
ビーツ一人くらいなら持ち上げて飛ぶ事も可能だが遊び以外ではしない。




