122:ある日、守り役との会談
ズールルォら竜神国の守り役たちは、気を引き締めてダンジョン【百鬼夜行】へと向かった。
屋敷に入り、正面のカウンターでギルド職員に声をかける。
「いらっしゃいませ、新規探索登録の方ですか?」
「いや、ビーツ・ボーエンと会い話しがしたいのだ」
「……失礼ですがお名前と所属をお伺いしてもよろしいですか?お約束はされていますでしょうか?」
「約束はしていない。俺はズールルォ。竜神国の守り役だ」
「かしこまりました。確認しますので少々お待ち下さい」
ベテラン受付嬢――ジェルリアは鱗人にも『竜神国』という言葉にも動じない。
淡々と言うと右奥の職員休憩室へと向かう。そこから管理層への連絡がとれるのだ。早い話しが内線電話が魔道具として置かれてある。
別に階段で警備している従魔に念話で伝えてもらってもいいのだが、職員と管理層の連絡は基本的に内線を使うようになっていた。
入口で待たされるズールルォらに怒りや焦りはない。
相手は人間の貴族、約束もなしに簡単に会えるとは思っていない。
何なら自分たちに会うのを嫌がったり、国外追放に動いたりするかもしれない。
人間の貴族にとって自分たちは『とかげ』扱いされる鱗人なのだから。
……とは言え守り役が国を代表して来ている以上、舐められるつもりもないのだが。
手持ちぶさたに見上げるとホールの天井を覆う巨大絵織物が目に入る。
ビーツと従魔たちの集合絵。その織物のなんと綺麗で緻密なことか。思わず感嘆の声が出る。
「おい、ズールルォ。あの中央の少年がビーツ・ボーエンだろう。その左隣……」
「おおっ!あれはまさか……!」
ビーツの隣に立つ少女はワンピースを着た緑銀の長い髪。特徴的な二本の角と爬虫類のようなゴツゴツとした尾を生やしていた。
それは性別も見た目の年齢も違うが、髪色や角・尾は教義に聞く神竜様が人化した姿と重なる。
教義の中に残っているのは文字としてであり、絵として残っているわけではない。だから絵とは言えその姿を拝顔する事に感動を覚えた。
ズールルォら五人は膝を付きたい衝動に駆られるが、なんとか堪える。
ここは異国で、自分たちは竜神国を代表して来ているのだ。
まだ敵か味方かも分からない地で気を張り続けなければならない、と。
結局、その日ビーツがズールルォに会う事はなかった。
翌日の昼頃に来てくださいとの事だったので、ズールルォらは素直に引き下がった。
人間の貴族がいきなり来た鱗人に対して翌日に会おうと言うだけ、随分とマシな対応だと思えたのだ。
♦
そして翌日、ズールルォらは約束通りにダンジョンへとやって来た。
受付で昨日約束したと言えば、すぐに真っ白な服を身に纏った真っ白な髪の女性が迎えに来た。
ホールの冒険者たちが「ジョロだ!」と騒いでいるものの、ズールルォらは緊張からか耳に入ってこない。
ジョロの姿も絵織物で見ているはずだが、オオタケマルばかりに目がいって碌に見ていないのだろう。
ともかく人間の女性だと、貴族ビーツ・ボーエンの家令か何かだと思いながらホールを抜け、階段を上り、応接室へと入った。階段で警備をしていたのもこの日はバグリッパーのショーラだったので虫一匹など目に入らなかった。
応接室で待っていたのは、ビーツとタマモ、シュテン。そしてエドワーズ王子とアレクである。
アポイントの時点で「竜神国の守り役!?エドくんに相談しなきゃ!」と慌てたビーツはとりあえず会談の日を一日ずらしてもらったのだ。
それでも王族をいきなり翌日に呼び出すというのは常識外なのだが、国交が絡んでいるので無理をおしてもらった。エドワーズからすれば青天の霹靂で堪ったものではないが、それも仕方なしと会談の場に参上した。
一方でズールルォらからすれば驚きである。
ビーツ・ボーエンと少し話すはずが、第一王子と宮廷魔導士長が同席しているのだ。
取り乱したくなるところだが、守り役として国を代表して来ている身。
守り役の長であるズールルォが先頭に立って挨拶を交わした。
皆がソファーに座り、ホーキが給仕した紅茶を飲む。
タマモとシュテンはビーツの後ろに立ち、ビーツと並ぶのはエドワーズとアレクである。
対面にはズールルォを中心に守り役たちが並んで座った。
「―――で、えっと、お話しとは?」
「ああ、ビー……あー、おま……いや貴殿……」
「あ、話しやすい言葉で結構ですよ。気にしないで下さい。僕はビーツでいいです」
「……すまん、人間の丁寧な言葉は苦手なのだ」
王族を前にして国の代表がため口というのはエドワーズからすれば言語道断なのだが、これも文化の違い、種族の違い、教義の違いかと思い口にする事はない。
鱗人自体が王国でも早々見ない種族であり、実際に話すのはエドワーズとしては初めてなのだ。
「ビーツの従魔に神竜様がいらっしゃると聞いた。その真相を知りたいのだ」
「神竜様?……オオタケマルですか?エンシェントドラゴンの」
「ああ、そのエンシェントドラゴンという種は聞いた事がないが、我らの言う神竜様なのではないかと思っている」
「失礼、私は貴国の教義に明るくない。そちらに伝わっている″神竜様″とはどのような存在か教えて貰えないか?」
エドワーズが早速口を挟んだ。
それを受けてズールルォは教義における″神竜様″について語る。
竜神国の竜信仰というのは竜を力の象徴とし奉る事だとイメージしていたエドワーズ達はここでより詳しい教義の内容を知る。
それは鱗人が神竜や竜人の子孫であると考えられているという驚きの内容だったが、さらには神竜が人の姿を模し、人の言葉を解し、共に生きたという伝承だった。
神竜は緑のような銀のような髪を持った若い男性の姿。頭には鋭い二本の角を生やし、尾は太く竜そのもののような形状で、時に人の姿のまま空を飛んだという。
それを聞いたビーツたちは「あーこれエンシェントドラゴンだわ」と思わざるを得ない。
なんで人間と暮らしたのかは分からない。従魔となったのか、それとも知恵ある竜の気まぐれか。
あくまで教義なので真実は不明だが、仮に本当であれば間違いないだろうと。
「……ふむ。聞く限りこちらで言うエンシェントドラゴンが貴国で言う″神竜様″と同じ存在であると考えたほうが良いだろう。我々としても″エンシェントドラゴン″という種族名自体、オオタケマルから聞いた事で初めて知った種族でもある。もちろんビーツを通してな」
「なんと!神竜様自らが種族を″エンシェントドラゴン″と言ったのか」
「ええ、僕が従魔にした時にそう聞きました」
「そう、それだ!つまりビーツ・ボーエンが神竜様を打倒したという事なのか!」
神竜様の種族が確定した事に興奮するズールルォであったが、それはビーツが神竜様に攻撃を加え、打倒し、契約魔法を結んだという事。それもまた確定したのだ。
神竜様への攻撃という事に対してズールルォらが憤っているのを感じたビーツらは、召喚契約について説明する。
ズールルォの『召喚士は魔物を打倒し、屈服させ、相性の合う魔物と従魔契約できる』という認識は正しい。
……が、それはあくまで世間一般の召喚士の場合だ。
チートテイマー・ビーツはそれに当てはまらない。そこを説明するのが難しい。
エドワーズもアレクも総動員で何とか説明する。
「戦う必要なく契約できるんですよ」「相性の良い魔物とは離れていてもお互い分かるんですよ」「お互い呼ばれる感じがして、出会ったら契約できるんですよ」「結果百体も従魔にしたんですよ」……誰がそんな事を言って信じるというのか。
しかし目の前に実際にそんな召喚士が居て、後ろには従魔の実例が立っている。
国の王子までもが事実だと力説している。
ズールルォは渋々ではあるものの納得する他ない。
とりあえずビーツが神竜様と戦ったわけではなく、神竜様自らの意思で従魔となった事が分かれば十分だ。
「ほんとはオオタケマルを呼んで本人から話してもらうのが良いんですけど……」
「お会い出来るのか!神竜様ご本人と!」
「あ、いえ、今は自分の部屋で寝てます」
「……そう言えば伝承では神竜様は長き眠りにつく事が頻繁にあったとされていたが」
「あ、そうなんですか。益々神竜様がエンシェントドラゴンで間違いなさそうですね。……と言うか種族特性なのか。オオタケマルの個性かと思ったんだけど……。えっと、オオタケマルは一度寝ると早ければ半月、遅いと一年くらいは寝てるんです。無理矢理起こす事は出来るんですが……」
「いやっ!我々のせいで神竜様の眠りを妨げるなど止めてくれ!お詫びして済む話しではない!」
叩き起こそうと考えるビーツを慌てて止めるズールルォら。
ならば次に起きた時にズールルォらが王都に居れば呼びますとビーツは言った。
神竜様と面会できるチャンスである。彼らは喜びに打ち震えた。
とは言えいつ起きるかも不明。むしろ自分たちが神竜様の元へ出向く必要があるのでは?という声が守り役たちの中で挙がり、彼らはダンジョン探索をし、百層……神竜様の寝床を目指すと意気込んだ。
大丈夫かな……?そう苦笑いを浮かべたのはビーツもアレクもエドワーズもだ。
百層まで辿り着けるのか?冒険者でもない彼らが?斥候役はいるの?
そんな不安を覚えた彼らは、守り役たちにダンジョン攻略指南というか基本的な知識を教える事にした。
まぁ百層まで行かずとも探索しているうちにオオタケマルが目覚めればそれで良し。そんな考えだ。
こうして対談が終わり、お土産にとビーツはオオタケマルフィギュアを渡した。
製作者権限でいくつか持っていたもので、竜バージョンと人バージョンの二体。どちらも完売済みですでにプレミアが付いている。
「おおっ!なんとこれはっ!神像!神像ではないかっ!」
今日一番のテンションだった事は言うまでもない。




