115:【百鬼夜行】と【不滅の大樹】
建国祭の三日間が終わり、徐々に王都から人が減っていく。
別に閑散としているわけではない。人波で溢れた大通りが、ただの混雑した大通りになるだけだ。王都は相変わらず人が多く賑わっている。
一方でダンジョン【百鬼夜行】は逆に賑わいを増している。
物見遊山で庭園のモニターや露店に訪れた他国・地方の一般人は確かに減った。
しかし祭りを楽しんでいた冒険者たちが一斉に探索を再開し始めたのだ。
さらに……
『おおっと!スノウの鞭で一発!サンドゴーレムが崩れる!さらにサッズも続く!これまた一撃!二体のサンドゴーレムが瞬く間に消えた!【交差の氷雷】これで六階層を突破です!』
王国でその名を知らない者はいないアダマンタイト級姉弟を含めたパーティー、【交差の氷雷】が探索を開始している。
かつて【混沌の饗宴】が現れた時のような熱が再度盛り上がり、低階層だというのにポポルの実況が入る始末である。
庭園の一般客も、ホールの冒険者たちも同じようにモニターを見つめ、その探索風景を楽しんでいた。
「やっぱすげえな!【交差の氷雷】は!」
「戦ってるの例の姉弟だけじゃねえか」
「ほとんど一撃だから出る幕ないって感じだな」
「いいじゃねえか、見てて派手で面白いぜ!」
そんな観客の様子をビーツは日課として観察していた。
わざわざ地上部分に出歩き、生の声を聞く。
そうして耳と目に入る客の反応はダンジョン経営者からすれば嬉しいものだ。
―――ホールを歩く途中、オロチから念話が入る。
『マスター、キリルが来た』
「えっ」
その言葉に足を止め、屋敷の入口方向を振り返る。
すこし間を置いて入って来たのは、モンスター図鑑~精霊編~の内容承諾で世話になった、樹王国のエルフ狩人、キリルだ。
その後ろには同じくエルフが四人……いや、五人居る。
「キリルさん!」
「おお、ビーツ、久しぶりだな。わざわざ呼ぶ手間が省けたよ」
「どうしたんですか?樹王国に帰ったんじゃ……」
「帰ってすぐに戻って来た感じだな。道案内……というより、ビーツとマモリ様との繋ぎで」
エルフの多くが精霊信仰であり、キリルとマモリを会わせた時にも膝を付いていたのを思い出す。
おそらく後ろの五人も同じようにマモリを敬っているのだろうとビーツは思った。
だからマモリに挨拶する為に、自分と繋ぎを作る。その為にキリルに頼んだのだろうと。
という事は樹王国のお偉いさんかな?……とビーツは考えたがそれは外れた。
「紹介しよう。俺の先輩方、【不滅の大樹】だ」
「ええっ!」
それはビーツも知っている樹王国最強の冒険者パーティー。
『世界最強の冒険者』と言えば【覇央】グラディウスを思い浮かべるが、『世界最強のパーティー』と言われると【不滅の大樹】と答える人も多い。
それほどまでに連携に秀でたアダマンタイト級パーティーである。
ちなみに【魔獣の聖刀】がダンジョンオープン前に世界一周した時に各国を巡ったが、一年間で一周した為、一つの街に長期滞在などはしていない。
おまけにビーツの希望で辺境寄りの村などへの滞在が多かった。
なので都市でお偉いさんに囲われているアダマンタイト級の有名人などは名前は知っていてもほとんど会った事がないのだ。それは樹王国でも同じである。
「初めまして、ビーツくん。僕は【不滅の大樹】リーダーのマーグリッド。よろしく頼むよ」
「は、はい!ビーツです!お噂はかねがね!うわぁ!皆さんダンジョン探索してくれるんですか!うれしいなぁ!」
ミーハーな小市民目線である。そこにダンジョンマスターとしての危機感はない。
そんなビーツの様子に気を良くしたのか、マーグリッドは「ふふん」と髪をかき上げる。
美男子のエルフ、さらに有名冒険者のその仕草に、ホールに居た女性冒険者たちから歓声が上がった。そしてさらに「ふふん」となる。
どうやら若干ナルシストの気があるらしい。
「あ、でも【不滅の大樹】って四人パーティーって聞いたんですけど、五人になったんですか?」
「ああ、このおか……彼が最近加わってね。五人パーティーで挑戦させてもらうよ」
「へぇ」
マーグリッドの後ろに居たのはエルフの少年だった。見た感じはビーツと差がない。
いや、エルフの年齢など見た目が意味ない事だとビーツも分かってはいるが、それでも尚、相当若く感じた。
エルフの平均寿命は四百~五百歳。成人は八十歳と言われる。おそらく彼はそれよりずっと若いだろう。ビーツは同じ目線の高さで向き合う彼を見た。
「ふむ、余はムッツォリ……ムッツォだ。これでもアダマンタイト級の魔法使いだ。ビーツ・ボーエン、よろしく頼むぞ」
「えっ、あ、はい!こちらこそ!」
何やら風格のある少年の紹介を受け、握手を返した。
こんなに幼いのにアダマンタイト級……とビーツは感心していたがブーメランである。お前が言うなである。
「あ、それでどうします?マモリ呼びます?」
そう気軽に大精霊を召喚しようとするビーツに、キリルは慌てて待ったをかけた。
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。ここでいきなりご挨拶は厳しい。今度ちゃんと奉納品を持参してお目通り願いたい」
「ああ、それに僕らはここに来る前に聖地巡礼をしてきたのさ」
「聖地巡礼?」
「港町ファンタスディスコの『水神奉納の儀』だよ。ウンディーネ様の御姿を遠目に拝見させて頂いた」
「あれはすごかったのぉ。余の魔法でもああはいかん。さすがはウンディーネ様だ」
マーグリッドとムッツォの言葉に【不滅の大樹】の面々がうんうんと頷く。
初めて目にする大精霊の姿、その感動を思い返しているようだ。
「はぁ、そうですか……。じゃあまた何かあったら声を掛けて下さい。あ、奉納品って言うか、お土産はお菓子がいいですよ。マモリの好物ですし喜ぶと思います」
「そうか!それは良い事を聞いた!」
どうやら今日はビーツへの挨拶とダンジョンカードの登録だけしに来たらしく、それだけ終えて帰るとの事。
初心者講習にしてもキリルから説明するらしく受けないようだ。
手早く手続きを終え、屋敷から出るのをビーツは見送った。
彼らが今度探索する光景を思い浮かべて笑顔になる。
【交差の氷雷】に加えて【不滅の大樹】。これはますます賑やかになりそうだと。
……しかし彼らとの初顔合わせがこの日最大のビックイベントではなかった。
今日は良い日だったとビーツが安堵していた矢先だった。
屋敷を出て柵門へと向かう【不滅の大樹】とキリル。
時を同じくして柵門から屋敷へと歩みを進める冒険者パーティーが居た。
どちらのパーティーも道を譲ることなく近づき、二メートルほどの距離になった所で共に立ち止まった。
【不滅の大樹】の先頭に立つマーグリッドはすかしたような笑顔。
そして対面の冒険者、ファー付きの黒マントを靡かせた大柄な男性もまたギラつくような笑顔を見せる。
「おや、これは珍しい。迷子かな?」
「じじいが粋ってんじゃねえぞ。年寄りがダンジョンに何の用事だ?耄碌しすぎて宿屋とでも勘違いしたか?」
「君のような小童こそ来る必要がないと思うがね、グラディウス」
何事かと様子を眺めていたビーツの耳に入る名前。
……あの人が【覇央】グラディウス!?世界最強の冒険者!?
今さらですけどこの章は新キャラ出過ぎの章です。新キャラ″祭り″です。
ごちゃごちゃしててすみません。




