112:【百鬼夜行】と【交差の氷雷】
「ちょっとデュークくん!僕聞いてないんだけど!」
「悪い悪い。でも言ったら絶対嫌がるだろ?」
「そりゃそうだよ!主人公とかアレクくんだけでいいじゃない!」
「でも今さらじゃないか?これだけ【百鬼夜行】が成功した後でビーツをモブ扱いにもできないし」
「うー……」
パーティーが終わり上位貴族から順に会場を出る。
最後に残った英雄爵の四人だけとなったところでビーツがデュークに食って掛かった。
一四〇センチvs一八〇センチである。
こんな二人だが三歳の頃からの親友で一番付き合いが長い。
「そうよデューク!いつになったら私が主人公になるのよ!」
「いや、クロさんそういう話しじゃ……」
「オレはようやくお役御免で万々歳だ」
「アレクくん、そんな他人事みたいに……」
「そんな事よりビーツ、あれ俺にも売ってくれ」
「えー……デュークくん、僕の話し終わってないんだけど……」
四人で軽口を言い続けるのは珍しくも何ともないが、ビーツが突っ込み役というのはレアである。
いつまでも話し込んでいても後片付けをする使用人たちの邪魔になるので、四人も退室した。
途中、近衛の待合室に寄る。
アレクは王城敷地内に宿舎を持っており、デュークもまた教会近くの住居から一人で来た為に近衛は居ない。クローディアは自分の屋敷から荷物持ちとしてメイドを一人連れてきているので、その女性とシュテンが合流した。
オロチの入った影がビーツの影と合体し、クラビーもうねうねとビーツの服の中に入っていく。それぞれ自分の居場所のようだ。
「主殿、ご無事でしたか」
「うん、無事に渡せたよ。貴族の人たちとも話せたし。まぁ万事無事かと言われると……デュークくんのせいでね……」
「!? ……デューク?」
「シュテン、殺気はやめてくれ。俺らは慣れてるけどクローディアのメイドさんが怯えてる。それに俺はただ新しい英雄譚の主人公をビーツにしただけだ」
「!? 英雄譚の主人公……それは主殿に相応しいかと。デューク、英断だ」
「シュテン!?」
「だろ?シュテンならそう言うと思ったよ」
ビーツ一人が気落ちする中、それぞれ帰路に着くのであった。
♦
ダンジョン【百鬼夜行】へと帰って来たビーツとシュテン。
屋敷前でジョロの出迎えがあり、揃って屋敷へと向かう。
ビーツとしては精神的に疲労困憊であり、それこそ大浴場からのマッサージチェアコースへと行きたいところだった。
しかし……
「ご主人様、ホールにお客様がお待ちです」
「お客さん?誰?急ぎ?」
「それが―――」
「おおっ!ビーツ!待っていたぞ!」
屋敷の入口に向かって歩いてきたのはスノウを先頭とした【交差の氷雷】の五人だった。
スノウはすぐさまビーツに近寄ると頭を撫で始める。
「あ、スノウさん!皆さん!お久しぶりです!」
「ああ、久しぶりだな」
「久しぶり!姉ちゃん、ビーツに近づきすぎだって!」
「すまんなビーツ、再会早々に騒がしくて……」
スノウはサッズが何を言おうと笑顔でビーツを撫で続けている。
ソルトやセシリア、シルバは挨拶もそこそこに早速ビーツに謝っていた。
ソルトがリーダーだと承知しているビーツは自分に構っているスノウではなくソルトに話しかける。
「ブラッキオ様から聞きましたよ。今度ここに潜るって」
「ああ、もう手続きも済んだよ。カードも貰って一応講習も受けた」
「話しには聞いてたけどやっぱ面白いわね、ビーツのダンジョン」
「油断するなよ、セシリア。モニターとやらに無様を晒すわけにはいかん」
ブラッキオ・ドル・マハルージャが伯爵の名前だ。貴族の席、公的な場ではない限り誰もマハルージャ伯とは呼ばない。
ビーツに応えたソルト、セシリア、シルバが言うとおり、すでにいつでも潜れる体勢であり、モニター撮影権も許可したらしい。
もっともブラッキオの思惑からすれば許可してモニターに映すのが当たり前とも言えるが、それでも知人を守りたいビーツとしては嬉しい事だった。
「で、いつから潜るんです?」
「まぁ祭りが終わってからかな。今日はスノウがどうしてもビーツに会いたいって言い出したから先んじて登録に来た感じだ」
「へぇ、そうなんですか」
「私はずっと来たいと言っていたんだぞ、ビーツ。ああ、お前は相変わらず小さくてかわいいなぁ、ずっと変わらないじゃないか。ダンジョンマスターの力なのか?もう成長しないのか?であればそれは素晴らしいことだ。ああ、お前が弟であれば良かったのに……」
「姉ちゃん!ビーツばっかずるいぞ!俺も撫でてくれよ!」
「嫌だ。サッズはでかい」
人の話しを聞かずにひたすらビーツを愛で続けるスノウ。
すでに祝賀パーティー用にセットした髪の毛もぐしゃぐしゃになっているが、スノウは撫で続ける。
ビーツも「もう諦めてます」といった表情でされるがままだ。
ショタコンの姉とシスコンの弟。
こんなのでもアダマンタイト級で超有名人である。
探索を開始すればさぞかし盛り上がることだろう。
ビーツはそんな近い未来を思い描きつつ、現在の状況から思考を逃避させていた。
♦
その日の夜、国王執務室。
風呂から出てもすぐに寝るとはいかず、王の仕事は忙しい。
そんなエジルも今日だけはこの時間を楽しみにしていたのも事実だった。
執務机の横に置かれたマッサージチェア。
なるべく薄着で素足で掛かるのが良いと、ビーツが言っていたので、国王らしからぬ恰好で椅子に座る。
深く腰を掛けると、若干傾いた背もたれとフットレストが身体を受け止める。
柔らかく沈むような感覚はそれだけで普通の椅子とは一線を画す。
肩から肘は体側が抑えられ、そして手首までは包まれる。足もブーツを履くように膝から足先までが包まれ、足の裏にはゴツゴツとした感触があった。
エジルはもうそれだけで眠れそうだったが意を決したように魔石に魔力を補充する。
やがて魔石は黄色くなり、椅子は動き出した。
背もたれがさらに少し傾き、足置きは前に出る。寝るに近い体勢。
そして背もたれの皮の中で球状の何かが動き出す。
肩から背中、そして腰。時に押し、時に叩き、そして移動する。
同時に手足も圧迫を繰り返しながらその場所が移動する。
足裏に至っては「押されるとこんなにも気持ちよく、こんなにも痛くなるものなのか」と初体験の感覚であった。
「あ゛~~~」
祝賀パーティーでのアレクと同じ声が出てしまう。
あの時は王の前での醜態、気を抜きすぎだと注意すべきかとも思ったが「これはなるわ。誰でもこうなるわ」と改めた。
そして、エジルの意識は徐々に深くに落ちて行った……。
その後使用人によって発見されるまで寝入っていたエジル。
翌日、睡眠効果の状態異常を与える魔道具なのでは、と疑いを掛けられる事態となったがエジル本人がフォローに回ったという。
ちなみにダンジョン機能で造った魔道具はどれもオーパーツなので売りには出しません。
ギョーブしょんぼり。
親しい人に譲るならアリ。というビーツルールがある。
 




