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111:英雄の献上品爆弾・後編



「こちら後日出版する予定の新作にございます」

「おお、【聖典】か」



 続いてデュークが献上したのは自分で書いた【聖典】の新作、その初版だ。

 【魔獣の聖刀】の英雄譚を読んだことのない貴族などいない。たとえ彼らの事を嫌う貴族であってもその内容を知っているほどに世間に浸透している。

 誰もが待ち望む新作を、誰より早く王に献上する。

 これはまさしく国王の誕生祝いに相応しいと感嘆の声があがった。



「ふむ、世界一周編で冒険は終わりと思ったが、題材は何だ?」

「はい。ボーエン卿を主人公にした『【百鬼夜行】設営編』です」


「えっ!?」



 「おお!」と周りの貴族が盛り上がる直前に驚きの声を上げたのは、そのボーエン卿である。

 新作を書いていることは知っていたが、いつの間にか主人公になっている。

 ビビリで小市民気質のビーツが主人公というものに耐えられるわけがない。

 それを知っているデュークだからこそ黙っていたのだ。

 ビーツと並ぶアレク・クローディアもニヤニヤとビーツを見ている。「謀ったな!」という表情でビーツは三人を見回した。



「なるほど。当時を思い返せば国策として余やエドワーズも加わったものだ。それが【聖典】となり民に伝われば、そして評判が良ければ国として動いたかいがあるというもの。まぁすでに【百鬼夜行】が浸透している今となっては国策の成功以外の何物でもないがな。とりあえずは読むのを楽しみにさせてもらおう」

「はっ」



 絶対に大ヒットさせろよ?国が絡んでるんだからな?エジル国王は暗にそう言ったが、当のデュークは自信を持って頭を下げた。その様にエジル国王も納得する。


 デュークが一歩下がり、最後にビーツが前に出る。

 正直ドッキリを仕掛けられた後でこの世の終わりのような顔をしていたが、デュークを問い詰めるのは後回しだ。

 出来れば出版差し止めをしたい。先手を打って王に献上されたので無理だろうが……。


 しかし今この時だけは気持ちを正さねばなるまいと気合を入れ直す。

 この日最大の貴族モードで当たるしかないのだ。



「改めてお誕生日おめでとうございます。私からお贈りさせて頂きますのはこちらです」



 使用人が三人掛かりで何やら運んで来た。

 ビーツの隣にドスンと下ろし、掛けられていた白い布をとる。

 そこから出て来たのは皮張りの黒い座椅子。頭の先から足先までを乗せ、ひじ掛けも皮で覆われた椅子だった。


 最初は大げさに何を運んできたのかと訝しんでいたエジル国王や貴族たちも「執務用の椅子か?」「意外に普通のものを持ってきたな」と落胆や安堵の入り混じった感情を見せる。


 しかしビーツの後ろに並ぶ三人は驚愕していた。

 「お、お前まさか……」「ダンジョン機能ってずるいわ……」「俺は金貨百枚出す。造ってくれ」と小声で催促し始める始末。

 その声は近くのエジル国王まで届き、どうやらただの椅子ではないらしいと思い直す。



「ふむ、この椅子は?」

「はい。マッサージチェアと言いまして、座りながらマッサージを受けられる魔道具です。執務でお疲れの際などにお使い頂ければと」

「マッサージか……」



 この世界に本格的なマッサージなどない。指圧や整体もだ。

 何せ回復薬やポーションがあるのだ。身体が疲弊すればそれを飲めば良いし回復魔法でもいいだろう。

 医学に関してもそういった意味で遅れている。身体の構造などごく一部の研究職や専門家しか知らないわけで言わば一子相伝の知識となっている。

 だからエジル国王からすれば「マッサージって事は肩もみとかしてくれるのかな?」という程度である。


 ところが転生者四人からすれば話は変わる。転生前、最年少のビーツで二八歳、クローディアに至っては四〇歳だったのだ。

 マッサージ、マッサージチェアの有用性など言うまでもなく確実に欲するレベルであった。

 これは自宅の大浴場(スーパー銭湯もどき)に「なんか足りないなー」と常々思っていたビーツが、思い出したように更衣室に置いたものである。ダンジョンマスターになった事で疲労とは無縁になり、大浴場を造ってから今まで失念していたのだ。銭湯にはマッサージチェアありきだろう、と。



「どういったものか分からないと思いますので試してみようと思います」

「ふむ、そうだな」

「えー、陛下の御召し物ですと効果が薄いと思いますので誰か……」

「では私が」



 エジル国王は大仰な衣装と分厚いマントを羽織っているので、それを脱がすわけにはいかない。

 代わりに誰か、と思った矢先にアレクが前に出た。

 食い気味に行ったアレクにクローディアとデュークの目が向けられる。


「自重しねぇな……」

「私より速いとかアレクのくせに……」


 そんな外野の声など聞こえないようにアレクはエジル国王に頭を下げ、椅子に座る。

 手も足も包み込むタイプの全身用なので靴も脱いだ。

 まるでその椅子の使い方を熟知しているかのように……。

 ビーツはその様子に苦笑いで説明を行う。



「えー……(アレクくんじゃなくて)アルツ卿、右手の先に魔石が付いてますので、そこに魔力を補充して下さい。溜まり切ると黄色くなって動作が始まります」

「分かった。時間は?」

「十……えー、小さな時計で二回分ほどです」



 時間の単位は正確とは言えない。王都で鳴る『刻の鐘』は三時間ごとに鳴るが、それも日時計を参考にしている。

 細かい時間を出す際には、国の規格に合わせた砂時計で測るのが一般的だった。

 なので「十分間」という表現もできず、ビーツは五分で落ち切る砂時計(小サイズ)で表した。

 ちなみに【百鬼夜行】の管理層には転生前の時計も完備されており時間の管理はばっちりである。マールも毎日目覚まし時計のお世話になっている。地表ではオーパーツ扱いなので当然出回っていない。



「あ゛~~~」



 皮のカバーの下で動く揉み玉が器用に動く。揉み・ほぐし・叩き・締め付け、頭から足の裏まで全身くまなくだ。

 目を閉じ、なんとも言えない声を出すアレクに興味津々といった様子のエジル国王や貴族たち。こんなアレクだが宮廷魔導士長であり、王の御前である。祝賀パーティー真っ最中である。


 なんとなくヤバイと察したビーツは、そんなアレクを余所にエジル国王への説明を行った。



「―――といった感じでお風呂上りや執務の休憩時になどお使い頂ければと思います」

「ふむ、アルツ卿の様子を見る限り、使うのが楽しみになるな」

「重量がありますので移動はさせづらいと思います。置き場にはご注意下さい」

「うむ。今後とも忠義に励め」

「はっ」



 やっと終わってホッと一息つくビーツだったが、ちらりとアレクの様子を見ればうとうとと意識が落ちそうになっていた。

 王の御前で寝かせるわけにはいかないと小声で叩き起こす。



「アレクくん!もう終わったから!立って!」

「……ん?おおっ、ヤバイなこれ……絶対買うわ」



 そうして立ち上がり改めて四人で並んだ後に、エジル国王に頭を下げてテーブルに戻る。

 貴族たちのざわめきは残っている。


「やはり英雄たちは一味違いましたな」

「毎年、毎年、よくも驚かしてくれる」

「あのアルツ卿の様子を見るに興味を惹かれますが……」

「いやそれよりもあの魔法です。あれは……」

「しかし【聖典】の最新刊も……」

「今からすぐに買いに行けばまだフィギュアが……」


 そんな様子にエジル国王にも笑みがこぼれた。

 改めて彼らに爵位を与えて正解だったな、と。




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