10:ある日、幹部会議の風景
地下一〇一階層にはビーツや従魔たちの居住空間やダンジョン管理の為の様々な部屋がある。
その中の一室、幹部用会議室と呼ばれる場所で定例会議が行われていた。
大きな円卓の最奥に座すのはダンジョンマスター、ビーツ。
その右隣には【蛇軍長】ダークヒュドラの【三大妖】オロチ。
淡い緑のショートボブで眠そうな目をした、ビーツよりも背が低い少女だ。緑と黒を基調とした服に特徴的な長いマフラーで口元まで隠し、ぼーっと座っている。
さらに右に【蛇軍副長】アラクネのジョロ。
純白の貴人と言えそうなその容姿は肌も髪も全てが白く、絹以上に光沢あるロングドレスもまた白い。ドレスの裾に隠れて足は見えず、その表情は温厚でありながら瞳は赤い。
ビーツの左隣に【鬼軍長】炎鬼神の【三大妖】シュテン。
燃えるような髪はポニーテールでまとめられ、額に一本、右頭部に二本の角を伸ばす褐色肌の女性。一八〇センチを超える長身は部屋において最長身であるが、オーガ種としては極めて小柄だ。凛として騎士然とした佇まいを見せている。
さらに左に【鬼軍副長】エルダーリッチのヌラ。
ビーツを除くと唯一の男性ではあるが、暗いローブとフードをかぶり、見えているのはその顔のみ。顔も髑髏に長めのオールバック、長い顎鬚でどちらも白い。一体髑髏にどうやって生えているのか、それは本人にも謎である。
ビーツの向かいに【狐軍長】ナインテイルの【三大妖】タマモ。
今日も今日とて白金の髪を靡かせ、白地の着物を豪奢に着こなしている。九本の尾は後光の如く広がっているが椅子の背もたれがどうなっているのか謎である。
その隣に【狐軍副長】ウンディーネのマモリ。
青い髪に水色のワンピースを着た少女。見た目はオロチと同程度の年齢に見えるが最年長である。椅子に胡坐で座り、肘をつきながら茶菓子を頬張っている。
幹部は以上の六体であるが、給仕としてサキュバスのホーキも侍女姿で室内を動き回り、ビーツのローブの中には常に護衛としてスライムのクラビーが控えている。
つまり会議室内には一人と八体居るのだが、ホーキとクラビーは会議に加わる事はない。
幹部六体とビーツが和気あいあいとやるのが、いつもの流れなのだ。
ちなみにそれぞれの軍の特徴として、長である【三大妖】の性質に沿って、ビーツの独断により分けられている。
斥候寄りの魔物は【蛇軍】、魔法寄りの魔物は【狐軍】、物理寄りの魔物は【鬼軍】であり、ダンジョン管理の仕事を割り振るにしても、冒険者の観察は【蛇軍】が主だったり、魔法系トラップや天候管理は【狐軍】が主だったりと、割り振りはアバウトながら切り分けがあった。
百体の魔物のうち、どの軍にも所属していないのは二体のみであり、そのうちの一体がビーツの護衛で常に纏わりついているスライムのクラビーである。
常にビーツに纏わりついているのは、いつも影に潜っているオロチもそうなのだが、最古参の彼女は【蛇軍長】の座に収まったまま、仕事をジョロに任せている。
ビーツとしても何でも器用にこなすジョロに頼りがちな所を自覚しているが、お願いすれば嬉々とやる気を見せる為に、つい任せてしまうのだ。
「じゃあモニターは暫定的に二つ置いてみるよ。観客の評判にもよるし、管制がやりにくいかもしれないから、それはジョロが確認してね」
「かしこまりました」
「それと、モンスター図鑑の六巻が結構人気みたい。ヌラさんお手柄だね」
「ふぉふぉふぉ。なんの、吾輩はアンデッドの情報を伝えたのみ。本としてまとめたのは若様のお力ですじゃ」
ヌラは顎鬚をさすりながら、満更でもなさそうに言う。
ビーツが著作している『モンスター図鑑』は既存の魔物図鑑よりはるかに詳細に、さらには知られていない進化などの新事実を盛り込んだ大ベストセラーであり、現在六巻まで発売している。
ビーツの英雄としての知名度も売り上げを伸ばす要因だが、実際に従魔が百体いることにより生の声が聞けるのだ。
人間本位の知識で書かれた既存書よりも詳細なのは当たり前である。
「あはは……まぁ僕だけじゃないんだけどね。あぁ、それで早くも七巻の話が出てるんだ」
「ん!マスター、蛇の魔物特集をもう一度」
「一回出した魔物はもう出さないよ」
珍しくテンションの上がったオロチが一瞬にしてどんよりした。
「弱い魔物とか有名な魔物は、大概出した気がしますが。ゴブリンやオーガ種も出しましたし」
「狐も終わっていんすなぁ」
「蜘蛛もすでに」
シュテン、タマモ、ジョロが続く。
「うん、というわけで次回は精霊編でいこうかと」
「おおおっ!ついにわしの出番か!」
茶菓子を片手に椅子の上で立ち上がったのは水の大精霊、ウンディーネのマモリである。
「しかし、いいのですか?精霊は人間で言うところの伝承の存在なのでは」
「精霊の詳細を記すなど前代未聞すぎて、またご主人が変なやっかみを受ける事態になりんしょう」
シュテンとタマモがビーツに苦言を呈する。
確かに精霊という存在はおとぎ話で語られるレベルのもので、実際の目撃情報など、それこそ【百鬼夜行】などの極一部に限られる。大精霊など以ての外だ。
たまに一階の屋敷内でマモリがうろつく事があっても、周りの冒険者の反応は「あれホントにウンディーネ?」「ただの幼女じゃね?」などその目で見た人でさえ存在を疑っているほどなのだ。
「ええい!お主ら、せっかくわしが主役になるのに邪魔するでないわ!」
「別にマモリが主役というわけではありんせん。むしろ主役にしたら本の売り上げが落ちそうでありんす」
「なんじゃと!」
タマモは火属性、マモリは水属性という事もあるが、性格的にも相性が悪い。
そんな二体が同じ狐軍の長と副長なのが問題なのだが、魔法主体の魔物で、この二体の力が飛び抜けているので、ビーツとしては当然の人選と思っている。
そして喧嘩し始めた二体を止めるのも、いつもビーツの役割なのだ。
「まぁまぁ。今回が精霊編なのは決定だよ。むしろ他の人たちが精霊とか妖精とかの事を知らな過ぎるから、出そうっていうのもあるし。これまで六巻の実績があるから嘘とか適当な事をとか言ってくる人も減るんじゃないかなと思う。あとは本当に出しちゃいけない情報とかも打ち合わせしないとね」
「そうじゃのう!そうじゃのう!」
「コダマの事とかも入れるから、それは話を通しておいてね」
「了解でありんす」
ドリアードのコダマは狐軍に所属している為、タマモが返事をした。
「あと、一応エレナさんにも話しを通しておきたいから、それはマモリよろしく」
「心得た!」
「それと、ハカセとクロさんか……。それは僕から声を掛けておくから、来るってことだけ承知しておいてね」
「ユーヴェ殿はどうします?」
ジョロが尋ねる。
ユーヴェは冒険者ギルドの王都支部ギルドマスターであり、召喚士としてはビーツの姉弟子にあたる。
「ハカセが来るタイミングで、ギルド職員の人に声を掛ければ大丈夫じゃないかな。と言っても、今回は精霊編だからユーヴェさん出番なさそうだけど」
「あの方の従魔はドラゴンですからね」
「まぁ呼ばなかったら呼ばなかったで怒りそうだし、一応声は掛けよう」
「そうですね、承知しました」
こんな感じで幹部会議はいつものように和気あいあいとしながら終わる。
ビーツは従魔の前では『主』として『王』としての姿を自然と見せる。
しかし人前に出ると、どもったり弱々しい下っ端気質になるのだ。
どちらが本当のビーツなのか。それは当の本人にも分からないのであった。
■従魔No.3 シュテン
種族:炎鬼神(オーガ系最上位種)
所属:鬼軍(鬼軍長)
名前の元ネタ:酒呑童子
備考:ビーツが三体目に従魔にしたオーガリーダーが進化を繰り返した個体。
出会った時は3m近いただの鬼だったが進化した結果メスだと判明。
子蛇・子狐だったオロチ・タマモに比べると極端に強い従魔であった。
現在は騎士のように主に仕え、剣技の腕前は従魔一。人気はタマモに次ぐ二位。
■従魔No.4 ジョロ
種族:アラクネ
所属:蛇軍(蛇軍副長)
名前の元ネタ:女郎蜘蛛
備考:三体が限界だった召喚士の常識を打ち破った四体目の従魔。
当時は手のひらサイズの蜘蛛だったが進化して上手い事アラクネになった。
何でも器用に熟す敏腕秘書のような貴婦人。人気はオロチを押しのける三位。
■従魔No.25 マモリ
種族:大精霊ウンディーネ
所属:狐軍(狐軍副長)
名前の元ネタ:座敷童(お守り様)
備考:元々、港町を守護し奉られていた水神様。
大精霊という秘匿され続けた存在を従魔にした事で世界仰天。信じない者多数。
たが本人は約千年も生きてきて初めての従魔という立場に浮かれている。
■従魔No.66 ヌラ
種族:エルダーリッチ
所属:鬼軍(鬼軍副長)
名前の元ネタ:ぬらりひょん
備考:アンデッド研究と魔法研究が行き過ぎた為に死後にリッチとなった元人間。
元々、亡国の王宮に勤めていた為に常識的な考えや統率力は持っている。
本人は魔法主体の戦い方だが鬼軍に所属しているのは召喚眷属がスケルトンやゾンビ、グールなど物理主体の者が多い為。
■従魔No.20 クラビー
種族:スライム
所属:なし
名前の元ネタ:くらげの火の玉
備考:世界初、従魔となったスライム。
これにより最弱の魔物であるゲル状生物に意思・心がある事が確認された。
普段はビーツのローブ内にて護衛を担当している。防御ならば任せろと。
■長くなったのでホーキは次回