108:動き出す強者
「―――久方ぶりに王都へと来た者もあろう。存分に王都の祭りを楽しんで帰るが良い。これからも卿らの健闘を余は祈るものである。乾杯」
『乾杯!』
壇上に立ったエジル国王の簡単な挨拶と共に誕生祝賀パーティーは幕を開けた。
滅多に王都に来られない地方貴族も居る。そういった面々はこの期に繋ぎを強化しようと王や上位貴族へと率先して話しかけたいところだ。
王への誕生日プレゼントも渡したい。
しかしこれは上位貴族からという仕来りがある。つまりは公爵から順々に王への挨拶、そして贈与品献上を行うのだ。
ビーツたち『英雄爵』の面々は最後も最後なので、それまでは飲み食いしたり、貴族との会話をしたりという長い時間が待っている。
ビーツたちが自分たちから他の貴族に挨拶しに行く事はほとんどない。
本来なら男爵や子爵が公爵や侯爵に挨拶に行く……というのが普通なのだが、英雄爵の彼らが同じように振る舞っても「貴族に成り上がった平民風情が何をかぶれている!」と一部の貴族が五月蠅くなるので、なるべく穏便に、なるべく目立つ事なく隅のテーブルでパーティーを乗り切ろうとしていた。
しかし本人たちがそれを望んでいても、周りの貴族はお構いなしに話しかけて来る。
英雄譚が出回っている以上、その本を書いたデュークや題材になった【魔獣の聖刀】ファンの貴族も居る。または家族がファンで話を聞いてきてくれと頼まれるケースもある。
同じように【百鬼夜行】ファンも多い。
「今日はタマモ殿は来ていないのかな?」
「え、えぇ、今日はシュテンを近衛として……」
「そうか……いや、シュテン殿がダメというわけではないのだ。是非一度タマモ殿をお見掛けしたかったというだけで」
「は、はぁ、すみません」
同じような貴族が次々にビーツへと話しかける。圧倒的にタマモファンが多い。「家族がタマモファンで」と言うものの、見るからにその貴族本人がタマモファンというパターンだ。
こうなるのが分かっていたからこそ、ビーツは近衛でシュテンを選んでいるというのもある。
もちろんシュテンファンも多いのだが、タマモに比べればマシだろうと。
ちなみにそうした貴族は連名で「ボーエン卿の従魔を是非パーティーへ」と王に願った事がある。騎士でさえ会場入り出来ないのに魔物を入れるわけにはいかないとエジル国王は断ったが、一応ビーツにはそういった話が出たと伝えていた。
ますますビーツの足が王城へと向かなくなったのは言うまでもない。
「シュテンは大丈夫かなぁ」とビーツは一人ごちた。
♦
随伴した近衛たちの控室。
己の主を待つ身の騎士や家令、侍女たちはパーティー会場の貴族たちのように話で盛り上がるという事はない。軽食をとりながら、時に顔見知りの騎士同士が会話する……というのが普通である。
……のだが、この部屋は何とも言えない緊張感に包まれていた。
壁際に佇む女性……型の魔物。
別に威圧しているわけでもないし、気を張っているわけでもない。だというのにシュテンがこの場に居るというそれだけで妙な緊張感があった。
変に流れる汗、ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。誰か何とかしてくれという心の叫びが其処彼処から聞こえてきそうな中、勇敢にもシュテンに近づく騎士が居た。
別に周囲の意を察したというわけではない。単に顔見知りだから挨拶しようと近づいただけだ。
「ん?おお、貴殿は」
「覚えておいででしたか。シュテン殿、お久しぶりです。改めてマハルージャ伯領・騎士団長を務めますゲブラです」
「その節はお邪魔した。【百鬼夜行】【鬼軍長】シュテン。壮健そうで何よりだ」
明らかに騎士団長に対して偉そうな口ぶりだが、それを本人も誰も咎めようとは思わない。シュテンという存在の強さ・大きさは誰もが知っているのだ。
マハルージャというのは王国西部にある大都市だ。そこを治めるのはブラッキオ・ドル・マハルージャ伯爵。
ビーツたちは【奈落の祭壇】に出向いた際、行きも帰りもその都市で一泊した。
当然、領主の貴族に挨拶するのも責務という事で領主館にも足を運んでいる。
ゲブラとは名を交わしたわけではないが、伯爵と共に応接室で相対したのでシュテンも顔は覚えていた。シュテンからすれば顔を覚えるというより「なかなか出来そうなヤツだな」という感覚で覚えていたのだが。
「鎧姿を見るのは初めてですがよくお似合いですね」
「こういった機会でもないと着ないのだがな。うちの鍛冶師のモクレンが作ったものだ。我が主の恥にならない程度のものをと」
「なるほど。近衛の鎧で主が評価される場合もあります。シュテン殿の白銀の鎧は簡素ながら清潔感がある。これならばボーエン卿も侮られないでしょう」
「そう言ってもらえると嬉しいものだ。モクレンにも伝えよう」
そば耳を立てている部屋の近衛たちも、シュテンが機嫌よくなったのが分かる。
やはりシュテンは自分の評価よりも主の評価を気にするようだ、とビーツ大好き従魔たちの噂話を頭に浮かべた。
そしてそんな強大すぎる従魔たちを従えたビーツ・ボーエンという少年に改めて畏怖を覚える。
そんな周りの感情などお構いなしにシュテンとゲブラの会話は弾んだ。
「近々、我が主お抱えの冒険者たちがダンジョンにお邪魔すると思います」
「おお、そうか…………ん?マハルージャ伯お抱えと言うとまさか……」
「ええ、【交差の氷雷】です」
その名を聞いたシュテンの顔が本日一番の笑顔になった。
♦
「えっ、【交差の氷雷】が来るんですか!?」
「うむ。共に来たから今は祭りを楽しんでいると思うがな。近々ダンジョンに行くだろう」
エジル国王への挨拶・献上を終えたブラッキオ・ドル・マハルージャ伯爵はビーツの元へと顔を出していた。
ゲブラと同じように、先日の訪問の話から【交差の氷雷】のダンジョン【百鬼夜行】挑戦の話しへと。
それを聞いたビーツも【魔獣の聖刀】メンバーも驚きを隠せない。
王国に所属する現役アダマンタイト冒険者は計七名。
【怠惰】フェリクス、【大魔導士】アレキサンダー、【百鬼夜行】ビーツ、【陣風】クローディア、【聖典】デューク。
残りの二名が所属しているのが【交差の氷雷】というパーティーである。
五名中、二名がアダマンタイト、三名がミスリルという事でパーティーとしては『ミスリル級』となるものの、【魔獣の聖刀】がまともに冒険者活動をしていない今、王国で最も力のある冒険者パーティーと言えよう。
【交差の氷雷】は故郷であるマハルージャに席を置き、伯爵のお抱えとして都市周辺の任務に当たっているというのは王国冒険者の常識である。
それがなぜかダンジョン【百鬼夜行】に挑戦するというのだ。四人が驚くのも無理はない。
いつの間にか近づきクローディアに腕を絡ませていたセレナも驚いている。それに気付いたクローディアも「速い!いつの間に!」と驚いている。
「えっ、大丈夫なんですか?マハルージャを離れさせて……」
「大丈夫ではないな。本音を言えばマハルージャから離したくはない。あれで一応、領主の私よりも抑止力があるからな」
「は、はぁ。ではなぜ……」
皮肉気味に伯爵はそう言うが、冗談として言っているわけではない。事実だ。
都市に駐在するアダマンタイト級というのは住民にとっては心の支えになり、冒険者たちは規律を守り、犯罪者の蔓延を防ぐ。
それを一時的にでも手離すという伯爵の言葉にビーツだけではなくアレクたちも疑問を持った。
「すこし込み入った事情になるが」と前置きして伯爵は語る。
「以前から【百鬼夜行】に行きたいという声は上がっていた。まぁ主にスノウからだが」
「「「うわぁ……」」」
「あー、スノウさんか……」
アレク・デューク・クローディアがその名前を聞いて若干引いた。ビーツは何でもないように受け入れたが。
「こちらとしてもあまり【交差の氷雷】の願いを蔑ろにするわけにもいかない。機を伺っていたというのもある。ただそれ以上に″出さざるを得なくなった″というのが現状だ」
「出さざるを得ない……?」
「うむ、私の元に入った情報によれば……世界中の強者がダンジョン【百鬼夜行】に向けて動き出している」
「はぁっ!?」「世界中の強者!?」「なんで!?」
驚く【魔獣の聖刀】に取り繕った貴族の顔はない。
ビーツは、何が何やら分からないまま伯爵の言葉を聞いた。
どうでもいい設定。
王国には王都の東西南北に四大都市というものがある。
北に港町ファンタスディスコ。
南にサタデーナイト。辺境に近い為魔物系素材が集まる。
東にジュリアストーヨー。農耕・放牧中心で国の台所。
西にマハルージャ。近隣に鉱山が多い。
ちなみにビーツたちの故郷の辺境近くの村はパーリーピーポー。
こんな名前だからアレクとデュークは出会う前から他の転生者がいると決め込んでいた。
 




