103:魔物集団洗脳の謎
「じゃあ魅了魔法を付与した魔道具って線はないのか?」
「仮に完璧に魅了できる魔道具があったとして、魔物にその魔道具を装備させるなら話しは分かる。しかし魔物の死骸を見ても何も発見されなかったんじゃろ?」
「らしいわね。剥ぎ取りで居残ってた冒険者たちからも特に報告はなかったらしいわ」
「という事は魅了魔法を付与した魔道具は存在していないという事じゃろう。『術者が魅了の魔道具を持っていた』とすれば、それは『魅了魔法の魔道具』ではなく『魔法成功率強化』の魔道具じゃろうし。まあ、そんな道具も魔法を聞いた事はないが」
会議は続いている。
魔物の群れが何等かの精神異常に掛かっていたのは確かだ。
そして魔物の死骸からは何の道具も、何の魔法的痕跡――例えば魔石に魔法陣を埋め込まれているなど――も見られなかった。
ヌラの考えによると、それならば魅了魔法の魔道具ではないのでは?となる。術者が魅了魔法の魔道具を身に着けたところで、術者自体が魅了状態になるだけなのだから。
「んじゃ魅了以外に精神異常を施す魔法ってないの?」
「うーん、あれは洗脳状態だったからなぁ……一番近いのは奴隷契約に使う隷属魔法だけど……」
「マールの時に身体を強制的に動かす重隷属はありましたけど、それでも精神支配はされていませんでしたよ?」
「いや、身体を縛るより頭を縛る方が楽だろ?脳からの電気信号で身体が動くわけだから」
アレクの言い分としては身体の自由を奪うくらいなら脳の自由を奪ったほうが魔道具の作成としては楽なのでは、というもの。
これは転生者だからこその考えである。脳からの電気信号で身体が動くという概念はこの世界にない。そもそも電気信号と言っても誰も理解できないだろう。
だからこそ精神を支配せず身体を支配する『隷属の首輪』『隷属魔法』がアレクからは歪に見えるのだ。
ビーツ・クローディア・デュークは「言われてみればそうだなぁ」と感心する。
「モクレン、サキュバスにも魅了の固有魔法があるだろ?あれは魅了魔法とは違うの?」
「あるね~、それこそ洗脳状態にする魅了魔法が。でも魔物の固有魔法は魔道具化できないよ~?」
「ちなみにそれは集団催眠は可能なの?」
「可能だけど……せいぜい五人とかそんなもんじゃないかなぁ」
クローディアの問いかけにモクレンが答える。
それを以ってアレクがビーツに問いかけた。
「ビーツ、モクレンの能力をコピーするような道具はダンジョン機能で造れるか?」
「コピー?うーん、ちょっと試してみるね」
そう言ってビーツはコアルームへ転移する。
ダンジョンコアが置かれるコアルームへはダンジョンマスターしか入室出来ない設定にしてある。これはいくら従魔や【魔獣の聖刀】であっても許されていない。
だからビーツが転移した後にはオロチの影とクラビーが残されていた。
ややあって、またビーツが帰って来た。すぐにクラビーがローブに潜り込み、オロチの影はビーツの影と合体する。
「モクレンを指定して能力だけ利用するっていうのは無理だったよ」
「そうか……」
「あ、でも、ダンジョンで生み出した魔物の能力だったらいけるっぽい」
「「「おおっ!?」」」
アレク、クローディア、デュークが食いつく。
ビーツが短時間で試した結果によれば、魔物の能力を模した魔道具を造るには、まずその魔物を生成し、魔物自体を魔石状態に加工し、さらにそれを利用して魔道具を作成する……という手準になるという事だ。
「えっ……魔物を魔石に加工って……わざわざ生み出して殺すってこと?」
「うん、そうらしい……」
ダンジョンで生み出された魔物は普通に殺せば消えてしまう。魔石など残らない。
だからダンジョン機能で魔石化するのだと言う。
そんな事が出来るとビーツは初めて知ったわけだが、モクレンなどは「うわっ」と引くような顔をする。魔物マニアのビーツもモクレンと同じだ。ビーツからすれば正気の沙汰ではない。
「……それは一度置いておいて、ビーツ、ヴェーネス陛下に連絡とれるか?」
「とれるけど、なんで?」
「始祖吸血鬼だったら元々魅了の固有魔法を持ってるだろ?ダンジョンマスターが自分の能力をコピーする事なら出来そうじゃないか?」
「ああ、なるほど。じゃあ通信鏡持ってくるね」
アレクの案も試す価値あり、とビーツは執務室から通信鏡を持って来て、さっそく【奈落の祭壇】のヴェーネスへと繋いだ。
今回、鏡に魔力を流し続けるのはヌラに任せる。
『――ビーツ殿、どうしました?……っと【魔獣の聖刀】の皆さんでしょうか。勢揃いとは何事でしょう』
「ああ、陛下実はですね――」
ヴェーネスと初めて(鏡越しだが)会うのはデュークのみだ。
軽く挨拶を交わし、さっさと本題に入る。
『なるほど、私の魅了魔法を付与した魔道具ではなく、『魅了を使える私自身の特性を模した魔道具』というわけですね』
「はい。僕が同じような真似をする場合、かくかくしかじかって方法しかなくてですね……」
『なんと魔物を魔石化ですか……そのような方法があるとは……しかしそれは……』
「エグいですよね」
『ええ、とても』
唯一のダンジョンマスター仲間に共感してもらってビーツ的には満足であった。
ヴェーネスは『試してみましょう』と一時離席した。
♦
「なるほどな」
エジル国王の執務室。
エドワーズ王子、ベルダンディ宰相の前に並ぶのは【魔獣の聖刀】の面々だ。一歩前に出ていたアレクが説明する。エジル国王はエドワーズ王子と報告書に目を通しながら話しを聞いた。
「『術者に集団洗脳能力を付与する魔道具』は理論上可能です。ただし――」
「ダンジョンマスターに元々魅了の能力が備わっている場合か、もしくはダンジョンマスターが生成した魔物を利用して作成する魔道具に限られる、と」
「しかもどちらにせよ膨大なダンジョン魔力を必要とする……ですか」
エジルとエドワーズが唸り、ベルダンディが疑問を投げかける。
「どちらが造りやすいのですか?」
「報告書に書きましたが、前者です。後者の場合……例えば魅了能力を持つサキュバスを生成するのに300P。それを魔石化するのに倍の600Pが追加。さらに魔道具化する必要がありますが……」
「それがとんでもない数字になると。これは前者も同じなのだな」
ダンジョンマスターの能力を模した魔道具を造るだけなら問題ない。ヴェーネスであっても時間をかけて魔力を溜めれば可能だろう。
しかし吸血鬼の能力にしても、サキュバスの能力にしても一万五千もの魔物を集団洗脳する事は不可能。
なので能力を模した魔石を三千倍ほど強化する必要がある。
それが困難極まる。
【百鬼夜行】ほどの吸収魔力量ならばなんとか可能だろうが【奈落の祭壇】では到底無理な数字だった。
「【奈落の祭壇】とて世界的に有名なダンジョンです。探索者や死者も多い。それでも不可能と断定できる数字です。【百鬼夜行】レベルならば可能でしょうが、そんなダンジョンが世界に二つもあるなど考えられません」
「しかも秘密裡に……ですからね。ビーツはどう思う?」
「えっと、普通のダンジョン経営では無理です。それこそ【百鬼夜行】みたいに探索者が世界中から集まるようなものでないと。
ですので、もうその魔道具を造る為に人も魔物も殺しまくるようなダンジョン……もう屠殺施設と言っていいかもしれませんけど、それ目的のダンジョンなのでは……と」
「ううむ……」
酷い話しになったものだとエジルは唸る。
公にせずに殺す為だけのダンジョンでもなければ、そんな魔道具は作成不可能という結論。
人の死者で魔力を賄おうとするならば、数百……いや、数千もの人間が消えているはずである。
仮にどこぞのダンジョンマスターが個人でそれを行おうと思っても不可能だろう。事件性が大きすぎて話題に出るはずだ。
ならばもう国や組織絡みで動いているとしか……。
「とりあえず報告は分かった。どこかで集団失踪など起きていないか調べさせるとしよう。ご苦労であった」
「「「「はっ」」」」
「しかし、この報告書はよく書けているな。見やすく要点がまとめられている。デューク、本気でうちの文官にならんか?」
「あ、ありがとうございます。……しかし父も嫁も教会組織の人間ですので裏切るわけにはいきません」
「ふむ、そうか。神聖国に嫌気が差したらいつでも言うが良い」
「はっ」
前世における報告書のフォーマットは偉大だと言う結論である。
 




