第47話 戊家からの報告
公園内でご対面した担任教師と俺。
き、気まづい……
この気まづさは、里にいた頃、陽奈が熊の太郎に自分のお尻の匂いを嗅がせていた場面を目撃してしまって、お互いの眼が合った時と同じくらいの気まづさだ。
「え~~と、霞君は何でこんな所で寝てたのかなぁ~~? 」
「先生は、何でおめかししてこんな場所にいるのかなぁ~~なんて」
「……………」
「……………」
すると、突然、先生は、声を上げた。
「あーー! いけない。結婚式に間に合わなくなっちゃうわ」
そういう事ですか……
「霞君、“Let’s just foget everything! ”よ。色々な表現があるけど、私は、この場にはこれが相応しいと思うわ」
「先生、どういう意味なのですか? 」
「“ 嫌なことは忘れて、前を見よう! ”って意味よ。つまり、そういう事なの」
つまり、さっきの事は綺麗さっぱり忘れましょうという事らしい……
「良い言葉ですね。賛成です。先生」
「前向きなところが良いわよね、ってそれどころじゃないのよ。私、この先の神社で友人の結婚式に参列しなくちゃいけないの! でも、見て。ほらっ……」
ハイヒールの踵が折れてた……
「わかりました。この先にコンビニがあったから接着剤を買ってきますね」
仕方なくコンビニで接着剤を買って戻ってくると、先生は、足が痛いようで手でさすっていた。
「足首、痛めたのですか? 」
「ちょっと、ドジしちゃってね」
「ちょっと、失礼……」
先生の痛めた足を持って『ゴキッ』っと足首の関節を調整する。
「どうですか? 」
「今の何? 霞君、整体師なの? 」
「いいえ、田舎では医者がいないので、大抵の事が出来ないとやっていけないんですよ」
先生は、立ってり、座ったり、歩いたりして足の調子をみている。
その間、ハイヒールの修理をしてあげた。
「霞君、痛くないわ」
「良かったです。それと、応急処理はしましたが、激しい運動すれば、また踵が取れちゃいますから気をつけて下さい」
「ありがとう。ここで、霞君に会わなかったらどうなってた事か」
そう言いながら先生は、嬉しそうに友人の結婚式に向かった。
俺も興が醒めてしまったので、壬への指輪は、学校で渡す事にして家に帰るのだった。
やれやれ……
◆
「う~~ん。己家の血筋の割り出しは、結構、時間がかかりそうだな……」
瑠奈は、キーボードを叩きながら違法に住基ネットに接続してそれらしい人物を探していた。
「戸籍台帳も昔のはいい加減だし、過去の事を調べるとなるとお寺の過去帳か神社に残ってる資料とか調べるしかなさそうね……」
そのような古い書類は、殆どがデータ化されていない。
「他のアプローチ方法を考えないとダメそう」
瑠奈は、顎をさすりながら思考の中に入っていった。
灰色の脳細胞が活性化する。
「そうだっ! 」
何かを閃いたようだ。
瑠奈は、作業部屋件寝室を出て行き冷蔵庫を開ける。
取り出したのはマヨネーズ。
それを食パンの上に塗りたくって、少量の塩と胡椒を振りかけてオーブンで焼き始めた。
『チーン』
「出来たわ。何故か食べたくなるのよね~~」
食事やオヤツとしては、素っ気ないものだが、瑠奈は幼い頃からこのマヨネーズ食パンが好きだったようだ。
ムシャムシャと美味しそうにパンにかじりつきながら、ソファーに座って外の景色を見る。
ビルやマンションが建ち並び、空は晴れているが里にいた時みたいに透き通ってる訳ではない。
「都会って便利だけど、癒しがないわよね」
口の周りに焼いた食パンのカスとマヨネーズがついてしまったようで、目の前のティッシュを引き抜き、それを綺麗に拭き取る。
そして、クシャクシャに丸めた先程のティッシュをゴミ箱に向かって放り投げた。
「やったーー! 入った」
ほんのちょっとの達成感。
ほんのちょっとの優越感。
それだけで、気分が良くなる。
「近くの図書館に行って、本でも見てこようかしら……何かヒントがあるかも」
外出を決意した瑠奈は、ピンク色の肌触りの良い柔らか素材の部屋着を脱いで、外出着に着替える。
無造作に、バッグの中にタブレットを突っ込み、ノートと筆箱を入れてマンションを出る。
「良い天気ねぇ」
スマホを取り出して、図書館の位置を調べると、
「近くにもあるけど、中央図書館の方が蔵書が多そうね」
歩いても行ける距離だ。
瑠奈は中央図書館に向けて歩き出した。
◆
大通りを歩いていると、車道から見慣れたリムジンが横付けされた。
「あれ、あの車って……」
中から出てきたのは、戊家の執事セバスさんだ。
「瑠奈様、昨夜はありがとうございました。報告を兼ねてお耳に入れたい事があります。宜しければ、お乗り下さい」
戊家のパーティーで拘束された人達の報告のようだ。
だが、セバスさん口振りから瑠奈はそれだけではないような気がした。
「わかりました」
リムジンに招き入れられ、車が向かった先は、昨夜訪れた戊家の本宅のようだ。
セバスさんから応接室に招かれ、そこにやって来たのは戊家当主 戊 圭吾だった。
「霞 瑠奈さん。昨夜は、君達兄妹にすっかり世話になってしまった。改めて礼を言わせてもらう」
「いいえ、兄様が動いたので私は、協力をしただけですので」
「うむ。そんな事は無い。あの短時間で犯人達の身元を調べあげ、そのデータをセバスに渡してくれたそうじゃないか。私は、霞 景樹君以上に君を買っている」
「私は兄様には足元にも及びません」
「確かに彼は強いし、強力な力を持っている。だが、今はそれではダメだ。この世界を動かすには、そのような強さを誰も求めておらん」
その言い方に瑠奈は、イラついていた。
兄様の事をダメと言いましたわよね……
「私に何のようでしょうか? そこの執事さんからは耳に入れたい話があるとお聞きしましたが? 」
「うむ。やはり、このような手段では君を手に入れる事は出来ないか……」
「何のお話でしょう? 私は兄様のものです。他の誰のものにもなりません」
「そのようだな。正直に話そう。私は君が欲しい」
「失礼します。もう、2度とお会いする事はないでしょう」
瑠奈は、席を立ち帰ろうとする。
それを、申し訳なさそうにセバスさんが止めた。
「わははは。やはりダメだったか……試すような事をしてすまない。だが、君を欲しかったのは本当の事だ。無礼は許して欲しい」
「戊家当主、私達兄妹は『霞の者』です。十家の方々とは協力はしますが、馴れ合うつもりはありません。過去において、依頼された任務はこなして来ました。ですが、それは仕事としてです。誰かの者になった覚えはありません。それと、戊当主は、勘違いをされています。『霞の者』の血筋始まって以来の兄様の能力は、権力やお金、若しくは軍隊、核兵器に至ってもオモチャ同然です。一瞬にして、この世界が消えてしまう、そんな状況の中で、そんなものが何の役に立つのでしょうか? 夢夢お忘れなきようご忠告申し上げます」
「昨夜のパーティーで見せた能力はその一端だと? 」
「霞の者なら備わっている能力です。私は、負荷が大きすぎるので滅多には使いませんが……」
「力にも代償は必要となる、そういうことかな? 」
「詳しくは申し上げれませんが、そうお考えくださっても間違いではありません」
「ますます、君達兄妹が欲しい。だが、それは君達の機嫌を損ねてしまう。困った事だ。私にできる事は、君達に協力して良き関係を築く事ぐらいか……セバス、思うようにはいかないものだな 」
背後に控えていたセバスさんが口を開いた。
「今日の旦那様はお戯れが過ぎるかと……霞様は、神霊術を使わないで私を赤子を捻る感覚で倒せる腕前です。敵に回してしまったら、幾つ命があっても足りません。欲しいものは手に入らないほど、その価値は上がるものです。霞兄妹にはそれに見合う価値があります」
「そのようなお話は、私の帰った後にお話しください。目の前で話されても不快になるだけですので」
「瑠奈様、申し訳ございません。ですが、どこで話しても瑠奈様には知り得てしまうでしょう。それならば、目の前で堂々と話した方が、良いのでは、と判断しました。これは、私達の誠意の表れだと受け取ってもらえませんでしょうか? 」
「そういう事ですか。わかりました。ですが、当主と執事、その関係においてセバスさんのお言葉は当主尊厳を踏み躙る言葉ではないのですか? 」
「わははは。うむ。君達は本当に面白い。セバスは、私に意見できる唯一の存在だ。彼がいたから私がある。当主と執事という枠を超えてな。わはははは」
「私は、出過ぎた言葉を言ってしまったようですね」
「謝罪はいらんよ。では、本題に入ろうか? 昨夜の賊と己家の話だ」
そう言った戊当主からは、十家の当主として、また、実業家としての威厳があふれていた。




