第45話 デパート
今日は土曜日。
勿論、学校は休みだ。
いつものように朝刊配達を終えて、シャワーを浴び上下スエットというラフな格好で過ごす。
今日は、世話になった壬 静葉が欲しいと言っていた指輪を買いに出かけるつもりだ。
「陽奈は、良かったら俺と出かけないか? 」
「ごめ~~ん。今日は、メグちゃんと一緒に水沢さん家で遊ぶんだぁ」
うんうん、仲良き事は良い事だ……
「瑠奈、良かったら……」
「兄様、すみません。今日は、調べ物がありますので一緒に行けません」
うんうん、身体を壊さないように頑張るんだよ……
というわけで、一人で買い物に出かける事になった。
妹達を誘ったのは、指輪という俺には縁が無い物をどうやって選べば良いのかわからなかったからだ。
女性が一緒だと、店にも入りやすいしね。
仕方なく、1人で出かける事にした。
指輪を買ったら、そのまま壬 静葉に渡そうと思い、新ジュクまで足を伸ばす。
家を出てから、妙な視線を感じる。
誰かにつけられているようだ。
誰だかわからないが、危険な人物ではなさそうなので、そのまま放っておく。
新ジュク駅から数分のデパートにやって来た。
昔からある老舗のデパートだ。
1Fの宝飾品売場に行くと、指輪やネックレス、高級そうな宝飾品が綺麗なガラスの中で光り輝いている。
さて、困った……
どれを選んで良いのかサッパリ分からない。
こういう場合は勇気を出して店員さんに聞くのが一番。
「あの……その……すみません」
店員さんは一瞬、俺の方を向いたが、別のショウケースを覗いていたお金持ちそうなマダムのところに行ってしまった。
あれ、今、俺を見たよね……
声が小さかったかな?
もう、一度さっきより大きな声で店員さんに声をかける。
「すみませ~~ん」
何故か、誰も寄って来ない。
奥にいる人は伝票を整理している。
別の店員さんは、違うお客さんを相手していた。
どうしよう……
困った顔で店を見渡すと、ショウケースに両手をついて顔を近づけて宝石をガン見している女子を発見した。
俺の後を付けていた女子だ。
その女子は、帽子を目深に被り、大きなサングラスをして、マスクで顔を隠している。
尾行には気づいていたが、その風体から危険では無いと判断して放っておいたが、俺の尾行を忘れて、今は宝石に夢中のようだ。
危険じゃないと思ったが、別の意味で危険そうだ……
だが、俺にも用事がある。
ここでなくとも買えるが、これは俺の意地だ。
是非とも、店員さんを振り向かせてここで買ってやる。
「すみませ~~ん! 」
一段と声を大きくした。
これなら、気づいて俺に声をかけてくるはずだ。
「………………」
あれ、忙しいのかな?
見渡すと明らかに暇そうな店員さんもいる。
あっ、もしかして、知らずのうちに気配を消してしまったのか……
流石、俺。どんな時も修行を忘れない。
もう一度、気をとりなおして声をかける。
「すみませ~~ん」
暇そうな店員さんは俺を一瞥したが、何やらガラスケースを忙しそうに拭きだした。
え~~さっきまで、暇そうにしてたよね~~。
これは、おかしい。
何が悪いんだ。
俺は、ふと、自分の格好に気づく。
ヨレヨレの部屋着、つまり、スウェットのまま来てしまった。
まさか、貧乏人だと思って無視してたのか?
だが。自分を見て、そう思われても仕方のない格好だった。
自分の姿を見つめ直していると、ふと、あの危険な女子と眼が合ってしまった。
いや、正確には、眼が合っただろうと思われた。
危険な女子はサングラスをかけていたからだ。
すると、その女子は、俺の方に勢いよくやって来てこう言い放った。
「あんた! これ、私に買いなさい! 」
「はい!? 」
◇
この世の中には、驚く事が沢山ある。
例えば、突然起こる地震とか目の前に雷が落ちた時とかテレビアナウンサーが挨拶の時に頭を下げていきなりズラが落ちた時とかだ。
これは、俺の驚きベスト3だが、今回のは、それにも増して意味不明な驚きだ。
目の前には、顔の判別が出来ない別の意味で危険な女子がこちらを見ている。
もしかして、聞き間違いとか?
「あの、俺に何か用ですか? 」
「あんた。これ、買ってよ」
その女子が指差していたのはダイヤの指輪、38万円でした。
いつからこの世界は、見も知らない女子に指輪を買わねばならない世界になったのだろう……
「え~~と、人違いでは? 」
「何言ってるの? 私よ、私。だから、これ買って」
これは『私、私詐欺』ではないだろうか?
『オレオレ詐偽』は、毎日のようにニュースで取り上げられている。
それの女子バージョンではなかろうか?
「私と言われても、誰だか知りませんよ。それに、家から俺の後を付けてましたよね」
「気づかれてたの? 仕方がないわ。この指輪で勘弁してあげる」
ストーカー行為をしていた事は認めたようだ。
だが、何故にストーカーに指輪を買ってあげないといけないの?
しかも、38万円のダイヤの指輪を……
「誰だか、わかりませんけど、あっちに行ってもらえませんか? 俺はここに用事があるので、迷惑なんですけど」
「なっ! 何言ってるの? 私なのよ。これを買って私にプレゼントするのが当たり前でしょう? 」
ダメだ。このストーカー女子は極度の妄想癖だ。
話が通じない。
あ~~変な人に絡まれちゃったな……
どうしよう……
助けを求めて店員さんを見ると『サッ』と視線を逸らされた。
今まで、見てましたよね~~!! 暇なのに急にショウケースを拭き出したそこのお姉さん!!
「早く~~でも、こっちもいいわね」
見知らぬストーカー女子が、まるで恋人のように話しかけてくる。
「何、黙ってるのよ。私よ。あっ、そうか、顔隠してたんだっけ」
少しは頭が回ったようだ。
だが、まだ、入院レベルの危険度だ。
その女子は、サングラスとマスクをずらして素顔を俺に見せた。
「ほらっ! 」
「全く、身に覚えのない顔ですけど? 」
『えーー! うっそーー!! 』
突然、ストーカー女子は大きな声を出した。
店員さんは、何処かに連絡している。
「昨夜、シャルロットお姉様のパーティーで会ったでしょう? その前は、麗華さんと一緒にいたところを六本ギの焼肉屋さんで見かけたわよ」
うん、その頃からストーカーをしてるようだ。
気配察知の優れた俺なら気付かないわけはないのだが……
高級そうな宝飾店の前で、貧乏そうな学生といかにもいっちゃてる女子が騒いでいたら、駆けつけてきますよね。
「ちょっと、君達、こっちに来てもらおうか……」
制服を着た警備員さんがやって来ました。
◇
警備員室に連行された俺とストーカー女子は、椅子に腰掛け事情を聞かれている。
「君達は何で騒いでたんだ? 」
「それは、この子が……」
「それは、こいつが……」
「まぁ、騒いでいただけだし、これに記入して帰っていいよ。だけど、もう、騒がないでな」
目の前には、住所、氏名、年齢、連絡先などが書くようになっている用紙が渡された。
仕方なく書いて提出する。
そのストーカー女子も『何で私が……』と言いながら書いて提出していた。
「もう、喧嘩して騒ぐんじゃないぞ。まぁ、喧嘩するほど仲が良いって言うけどな」
警備員のおじさんは、俺とこのストーカー女が恋人同士で指輪を買う、買わないで喧嘩していたのだと勘違いしていた。
直ぐに、解放されたので、都合の良い勘違いは利用しておこう。
時間はかかってしまったが、まだ、何も買っていない。
それに、俺にも意地がある。
人を見下したあの店で絶対買ってやる。
俺は、また、さっきの宝飾品店に向かう。
その後をストーカー女子はついて来た。
「あの~~もう、俺の後をつけるのやめてもらえないかな? 」
「ダメよ。あんたは、お金持ちの匂いがプンプンする。私の夢の実現にあんたは必要なの」
勝手に俺の事を必要と言うストーカー女子の方が危険な匂いをプンプン振りまいているのだが……
「さっきも言ったけど、誰かと勘違いしてませんか? 」
「貴方、霞 景樹でしょう? 勘違いなんかしてるわけないじゃん」
俺の名前を知っている。
それに、戊家のパーティーにも出席できる。
麗華さんのことも知ってるらしい。
それなりの人物なのだろうが、まだ、通報レベルの危険度だ。
「俺、貴女の事、見たことも聞いたこともないし、まるっきり記憶にないのですけど……」
「えっ! 嘘でしょう?さっき顔を見たわよね。信じられな~~い」
俺の方が信じられねぇよ!
「霞 景樹は、私の事知らないの? あの有名な唐変木48のセンターの左側の脇の脇の後ろで歌っているアイドルの連城 萌を……それが、私よ! 」
「全く知りません」
『えっーー! マジ! 』
そう言えば、クラスの女子がサインをもらっていたっけ……
麗華さんと焼肉に行った時に麗華さんが「アイドルの子も来てるわよ」って、言ってた覚えがある。
それが、このストーカー女子なのか?
全く、顔に覚えがない……
「わかりました。仮に貴女が100歩譲って自称アイドルを名乗っていたとしても、何で俺が貴女にストーカーされ、指輪を買ってあげなければならないのでしょうか? 」
「だって、私よ。買うのは当たり前だと思うけど? 私のファンなら惜しげも無く買ってプレゼントしてくれるのが当たり前だわ」
誰か、話の通じる人はいませんかーー!
最近のアイドルは、土曜日にストーカー行為をして挙げ句の果てに勝手にファン認定して指輪を買えと強請る職業のようだ。
そう言い合いながら、また、さっきの宝飾店に着いてしまった。
店員は、俺達がまた来たと小声で話している。中で伝票整理をしている女性は、電話に手をかけていた。
警戒度マックスの店員達……
危険度マックスのストーカー・アイドル……
緊張度マックスの俺……
この売り場には、今、妙な空気が流れている。
俺は、財布からある物を取り出してショウケースの上に置く。
そして、
「ここから、ここまで全部くれ! 」
店員は引くほど驚き、ストーカー・アイドルはニンマリとする。
俺は戊家から預かったブラックカードを置いたのだった。




