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第3話 任務





「お兄、醤油とって! 」


「手を伸ばせば取れるだろう? 」


「いいじゃない。ケチ! 」


「うぬぬぬ」


 醤油ぐらいでキレるわけにはいかない。

『霞の者』は、忍耐にも優れていなければならない。

 これも修行だ。


 俺は、そっと醤油差しを陽奈の元に移動させる。


「サンキュー」


 軽い……陽奈、言葉に感謝の気持ちが全くこもってないぞ……


「兄様、対象者の様子はどうだったのでしょうか? 」


「ああ、知っての通り接触は出来た。人となりはそれなりにわかった」


「兄様と対象者は、まるでデートをしてるかのようなアツアツな様子でしたものねぇ」


 ただ案内してもらっただけなのに、どう見たらそういう状況に見えるのだろうか?

 うん、瑠奈の視線が怖い……


「庚 絵里香は、庚家の跡取りだ。それなりの物を持っている。それがわかっただけでも今回の接触には意味があった」


「それだけなら良いのですが~~ねぇ? 」


「瑠奈、フォーク持ってきて」


 脈略もない陽奈の言葉にカチンときたのか、瑠奈は眉をピクピクさせている。


「陽奈、今日の料理にフォークを使う要素は全くないのですが……」


 瑠奈、怒ってるな……

 瑠奈の言う通り、今日の夕食は和食だ。


「この肉じゃがのジャガイモを食べる時に使いたいのよ」


「陽奈、修行が足りませんよ。不器用なのは知ってますが、ジャガイモを箸で掴めないとは『霞の者(かすみのもの)』として如何なものでしょうか? 」


「だって、これ、新ジャガだよね。ツルツルして掴みづらいし、今日はそう言う気分なの」


「では、100歩譲ってフォークでも良しとしましょう。ですが、私が食事中に席を立って持って来る意味はあるのでしょうか? 」


「だって、瑠奈が作ったし……」


 脳天気な陽奈にも瑠奈の怒りが伝わったらしい。


 俺は、席を立ってキッチンに向かいフォークを持って来る。瑠奈の分もだ。


「ほらっ、喧嘩するなよ。マンションが崩壊するから」


 陽奈と瑠奈にフォークを渡すと


「サンキュー、お兄」


 軽い……感謝度が足りないぞ……


「兄様、私の分まで持ってきて頂いてありがとう御座います。このご恩は一生かけてお返し致します」


 瑠奈は、重過ぎる……


「仲良く食べろ。せっかく瑠奈が美味しい料理を作ってくれたんだ。冷めたらもったいないだろう」


「そうだよね。瑠奈の料理は最高だもんね」


「褒めても料理の追加はしませんよ」


「チェッ! 」


「陽奈、今、舌打ちしましたね。陽奈の料理没収です! 」


「してないもん。したのは……」


 陽奈は、俺の方を見て何かを言いかけた。

 遮るように俺は、言葉を発する。


「陽奈、俺は舌打ちなんかしてないぞ。素直に謝りなさい」


「あ~~あ、しょうがないなぁ。ごめん、瑠奈」


「謝罪度が低いですが陽奈なので良しとします。ですが、二度目ありませんよ」


 双子なのにどうしてこう対照的な性格になったのだろうか……


「ところで、兄様。例の件はいつから始めるのですか? 」


「今夜からと言いたいが、2人とも転校初日で疲れているようだから俺だけ行って来るよ」


「え~~私も行きたい」

「私も久々に身体を動かしてみたい気分なのですが」


「じゃあ、食事が終わってからみんなで行ってみるか。この辺の地理にも詳しくなるし、茜さんは今日は泊まりで帰って来ないし」


「わ~~い。お兄。わかってる~~」

「兄様と久し振りのデートですね。腕がなります……」


 何処に行くのかと聞かれれば、目的地は無いとはっきり言える。

 だが、任務はある。







 夜の街を3人で歩き回る。


 何故か俺の腕を組んで歩く妹2人は、任務の重大さがわかっているのだろうか?


「おい、陽奈、瑠奈。腕を組まれたらアレに対処できないだろう? 」


「お兄、コンビニでアイス買って~~」

「兄様、あそこのカフェに今度2人きりで行きましょう」


 俺の話を聞かない2人は、好き勝手に目に付いた店や人について俺を挟んで話している。


 仕方なくコンビニでアイスを買って2人に与えた。


「都会って空気悪いね~~なんか臭いし」

「ここまで色々な匂いがしますと、絞りきれませんね」


 アイスかじりながら、話す内容とは思えないが……

 この2人の感覚はわからん……


「確かに。だが、それも修行だ。それと補導されないようにな」


 田舎では夜彷徨いても補導される事は無かったが、ここは都会だ。

 そういう人的警戒もしなければならない。


 駅前通りを外れて、公園通りの路地に入る。

 居酒屋やラーメン店などがあるが俺達は、素通りして行く。


 そして、店舗の無い少し暗い路地に出るとそれはいた。


 やはり、暗闇を好むか……


「しかし、里より数が多いね。雑魚ばっかりだけど」

「本当です。退屈しなくてすみます」


「人が多い分、アレも多いのだろう。2人とも油断はするな。行くぞ! 」


『はい』


 俺は、製図や絵画を持ち運べる筒状のケースから刀を取り出す。

 刀身が60センチ弱の(つば)のない刀だ。

 銘は『夜烏(よがらす)』10歳から使っている馴染みの刀だ。


 陽奈も筒状のケースから二本の刀を取り出す。

 刀身が40センチ弱の脇差しより短い刀だ。

 銘は『新月』と『満月』

 陽奈は二刀流で2つの刀を巧みに操る。


 そして、瑠奈は、身につけていた銀色に輝くブレスレットを外して持っている。

『カチリ』と音がしてブレスレットの中に仕込んであった銀色に光った細く長いワイヤ           

ーを引っ張り出す。

 瑠奈の扱う武器の銘は『流花』

 斬れ味のあるワイヤーを糸のように操作する武器だ。


 俺達は、気配を消して黒い影に忍び寄る。

 そして、一気に刀を振るった。


『ギャーー!! 』


 黒い影が晴れて両断された醜い人型が姿を現す。

 まる異世界物語に出て来るようなゴブリンと似た姿だ。


 普通の人にはその姿は見えない。


 闇より這い出て、知らぬうちに人に付き魂魄を啜るその魔物の事を俺達は『邪鬼(じゃき)』と呼んでいる。






「低級邪鬼しかいないから物足りないわ」

「この件に関しては陽奈に同意します」


 俺が倒したのは一体だけ。

 双子の妹達は、ストレスが溜まっていたようだ。

 其々5体は倒している。


 邪鬼の遺体は、しばらくすると闇に消える。

 理屈はわからないが、黄泉の世界に戻ると聞いている。


 この通りに人影は無いが、誰かがこちらに近づいて来る気配を感じた。


「陽奈、瑠奈。誰か来る。撤収だ」


 そう双子の妹達に告げ、俺達はビルの上に飛び上がった。

 気配を消して様子を見てると、そこには意外な人物が登場した。


「兄様、あの方は……」


「あぁ、庚 絵里香だ」


 庚は、竹刀袋を右手に持ち邪鬼が這い出てきた路地の暗闇を調べていた。

 未だ邪鬼の遺体が消えないで転がっていたが、一般人には見えないし気づかない。


「あの人、狩ってるの? 」


「どうやらそのようだな。邪鬼の気配がして様子を見に来たのだろう」


「邪鬼討伐を庚家もしてるという事ですか? 」


 この世界には、十家と呼ばれる世界を守護する者達がいる。

 甲家(きのえけ)乙家(きのとけ)丙家(ひのえけ)丁家(ひのとけ)戊家(つちのえけ)己家(つちのとけ)庚家(かのえけ)辛家(かのとけ)壬家(みずのえけ)癸家(みずのとけ)


 時代の変遷の中で、乙家、己家、壬家は、途絶えてしまったが、現在でも7家は存続している。


 甲家(きのえけ)は、結界の神霊術を扱う家だ。穢れが湧き出る主要な箇所をその結界で防いでいる。長い歴史の中で皇室と血縁関係を結び今も宮中を始め全国の主要箇所の結界を維持している大家だ。その分家の乙家(きのとけ)は、理由はわからないが現在では存在していない。


 丙家(ひのえけ)とその分家の丁家(ひのとけ)は、火の神霊術を扱う家だ。仏教と融合し全国の寺院にその影響力を持つと言われていたが、現在の丙家は国の防衛に携わる家柄として有名である。


 戊家(つちのえけ)は、土の神霊術を使う。穢れによって汚染された土地を浄化し五穀豊穣の恵みを司る家だ。現在では日本経済を操る事ができると言われている。分家の己家(つちのとけ)は、後継者問題によって滅んでしまったようだ。


 庚家(かのえけ)とその分家の辛家(かのとけ)は、剣術に秀でた名家だ。その腕は、穢れから湧き出る邪鬼の討伐のみならず過去の戦で活躍したと言われている。現在は、司法関係、警察関係にその影響力を持つ。


 壬家(みずのえけ)は、水の神霊術を扱う家だ。穢れそのものを清らかな水の力によって浄化できると言われている。戊家が穢れの災厄による後始末という浄化の作用を持つものは違い、壬家は、穢れそのものを祓う事が出来るという話だ。現在の壬家はある地方の大きな神社の神職としてその責務を負っている。その分家である癸家(みずのとけ)は、長い歴史に埋もれて途絶えてしまったようだ。


 令和の現在では、穢れそのものを祓うという行為は十家であっても行なっていない。

 それは、神霊術という能力の低下が原因である。


 第二次世界大戦以前は、どの十家も穢れを祓っていた。

 戦争で負け、戦後処理を任されたGHQによる復興の中で、突出した能力を持つ十家の力を削ぎ落とされたからだ。


 だが、それぞれの名家も黙って黙認していたわけでは無い。

 其々、国の主要な要職に就き現在では国を動かす役割を担っている。


 それ故に、本業である穢れの祓いは余程の事がない限り十家は動かないでいた。


 そんな中で、十家とは別に山奥でひっそりと暮らし神霊術を低下させる事なく穢れを祓ってきた霞家は、現在では異出なのであろう。


「自身の腕のみを誇る庚家ならあり得るだろう。まぁ、俺達としては雑魚が減ってありがたいがな」


「う~~ん、そうかなぁ。あの人、強いの? 危険じゃない? 」


「中学の時は剣道の全国大会で優勝したらしいぞ。そこそこやるんじゃないか? 」


「なんか、危なっかしい感じがするよ」


「いくら剣が優れていても、神霊術が低下していればいずれ窮地に陥るでしょう。対象者である庚 絵里香の動向を探るというのは、陰ながら手助けしろと言う事ではないでしょうか? 」


「その点は、茜さんに確認してみないとわからないが、俺達のやる事は変わらない」


「うん、邪鬼はもういないし、お兄、撤退しよう」


「そうだな」


 俺達は、庚 絵里香の様子を伺い危険がない事を確認してビルの上から撤退した。





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