第38話 陽奈の散歩
陽奈は、退屈でしょうがなかった。
瑠奈は、調べ物で忙しそうだし、麗華さんには『き、筋肉痛で無理! 』と言われて、訓練できてない。
それに、お兄からも『軽めの軽めの軽め』と言われてしまった。
「カルメ焼き食べたいかも~~」
家にいてもつまらないので、池フクロウ駅の近くを散策している。
「あのサ◯シャイン60って、展望台があるんだよね。高い所好きだし行ってみようかな」
家からも見えるあの高いビルには、興味があった。
あそからからなら、里が見えるかも……
里から出てきて一ヶ月。
随分と人混みにも慣れたが、相変わらず、他人はモンスターに見える。
最近では、人混みは『トレント』だと思う事にした。
森の中で木に化けた魔獣の事だ。
たまに声をかけて襲いかかってくる。
だが、ここでは斬ってはいけない。
斬らないで、この襲いかかってくるモンスターを躱さなければならないのだ。
駅の構内を抜けて、東口に出る。
すると、とても綺麗な声が聞こえてきた。
ロータリーの中央通路で誰かが歌っているようだ。
「上手ね~~」
陽奈は興味が湧いて、ギターを弾きながら歌う少女の前に腰掛けてその歌を聞くことにした。
〜〜〜
あ~~何度でも何度でも闇から這い出る心が
覆い尽くして私を混乱させる。
あ~~どうしてもどうしても抜けだす事が出来ない
君とならこの世界の裏側に行けるかも~~
〜〜〜
立ち止まって聞いているのは数人だ。
でも、信号が変わるたびに、みんなどこかに行ってしまう。
そんな中で、陽奈だけは、一生懸命その歌を聴いていた。
歌が終わると、陽奈は拍手をする。
「ありがとう」
帽子を目深に被ったその少女は、陽奈に向かって礼を言った。
陽奈もそれに応える。
「すご~~い。上手だったよ~~」
陽奈の声援に嬉しそうに微笑み、少女は、もう一曲披露する。
今度は一転してバラードとなった。
少しクセのある歌声は、一度聞くと病みつきになる、そんな感じの声だ。
陽奈が真正面で見ていたため、立ち止まる人も多くなっている。
目の前のギターケースには、小銭が入れてあり、自前で作ったと思われるCDも用意してあった。
「そうか、ここにお金を入れてあげるのか~~」
陽奈は自分の財布の中身を見ると、一万円札が2枚と小銭が21円入っている。
陽奈は迷わず一万円札を一枚抜き取り、そのギターケースの中に入れた。
「えっ!? 」
歌い終わった少女は、投げ入れられた金額に驚く。
今まで、5千円札を入れてくれたおじさんがいた。
この少女が歌う歌に個人が支払った最高金額だ。
しかも、そのおじさんは酔っ払っており、そのあとしつこく言い寄られたりした事があった。
陽奈は、お金を入れてサ◯シャイン60まで、歩き出す。
ギター少女は、慌てて機材をしまい陽奈を追いかけた。
「待ってーー、待ってよ」
「えっ!? 私? 」
「さっき、一万円入れてくれたでしょう? 」
「あっ、歌の人だ。歌、上手だったよ」
「そうじゃなくって一万円。貰いすぎだから」
「そんな事ないよ。上手だったからそれ、入れただけだよ」
「じゃなくってーー! もう、じゃあ、何か奢らせて? 一緒に何か食べようって話してるの」
「いいよ~~」
相手は必至だが、陽奈は至って呑気だ。
二人は、近くのファーストフード店に行く事になった。
「このチキン美味しいね~~」
「本当、じゃなくって、私、香菜。堂島 香菜って言うんだ。結局、貴女に奢ってもらっちゃったわね」
「良いんだよ。そんな事。それより、私は、霞 陽奈。中二だよ」
「そうか、中学生だったのね。私は高校一年だよ」
「お兄と一緒だ」
二人は、バスケットに入ったチキンとポテトを食べ尽くして一息ついた。
「ふぅ、美味しかった」
そう言って陽奈が帰ろうとすると、香菜は慌てて止めた。
「陽奈ちゃん、どこ行こうとしてたの? 」
「サ◯シャイン60の展望台だよ」
「そうなんだ。私も行っても良い? 」
香菜は、陽奈の事が気になって仕方がないようだ。
理由はわからないが、人を惹きつける魅力がある。
香菜は歌を歌っていればそれだけで満足だった。
勇気を出して路上ライブをするようになると、直ぐに行き詰まった。
素通りして行く人。
迷惑そうな顔でこちらを見るサラリーマン。
殆どが無関心を装っていた。
(きっと私には何か足りないものがあるんだ)
そう思うようになっていた。
その答えを陽奈が持っていると感じていた。
綺麗で可愛いのも魅力のひとつ。
だけど、陽奈には何か違う魅力がある。
それが何なのかを知りたかった。
(そうすれば私も陽奈ちゃんのように人を惹きつける魅力が備わるはず……)
香菜の勝手な思い込みだ。
陽奈と香菜はサ◯シャイン60に向かった。
エレベーターで最上階に着き扉が開くと視界が一気に広がった。
「わぁ、綺麗だね~~でも少し怖いかも」
「本当、良い眺め、私、高いとこ大好き」
「陽奈ちゃん、怖くないの? 」
「怖くないよ。寧ろ、高い所にいると落ち着くかな? 」
陽奈は、里の方を見つめている。
「私、1ヶ月前に田舎から出てきたばかりなんだ」
「そうなんだ。陽奈ちゃん、可愛いし、都会に馴染んでるから田舎から出てきたばかりなんて信じられないよ」
「香菜、今、幸せ? 」
「どうしたの突然? 」
「聞いてみたくなったんだ」
西の空が赤く染まり始めた。
恋人達が肩に寄り添い『綺麗ね』と言いながら見ている。
「幸せなのかな? 前は、歌を歌ってるだけで良かったの。でも、今は、何か違うって思い始めてたんだ」
「そうなんだ。辛くはないの? 」
「辛い!? そんな風には思ってないよ。売れないけど歌えるから」
「そっかーー私はね。都会に来て制限ばかりで自由が効かなくて、少し辛かったんだ。でも、お兄や瑠奈がいたから何とかやってこれたんだよ」
「そうなんだ。素敵なお兄さんと瑠奈さん? がいるんだね」
「うん、でも、どうしてもやらないといけない事があるんだあ」
「陽奈ちゃんにもそういうことがあるんだね」
「もちろん、あるよ」
太った赤い太陽を真剣な眼差しで見つめている。
夕焼けが陽奈を染めて、輝いて見える。
「出来れば、香菜には自分で逝って欲しかったなぁ……」
「行くって何処に? 」
陽奈は、夕焼けに染まる空から眼を離して、香菜を見つめた。
「香菜……貴女、もう、死んでるのよ……」
「えっ!? 何を言ってるの? 」
「私でも送ってあげれるけど、私の剣は香菜の魂を傷つけてしまう。下手をすれば生まれ変われないかもしれない」
「陽奈ちゃん、何を言ってるの? 私が死んでるってどう言う事なの? 」
「よく思い出してみて……」
陽奈ちゃん、どうしちゃったんだろう。
だって、私は…………あっ!
そうだ……酔っ払いのおじさんに追いかけられて、それで車道に出てしまって……
香菜を見つめる陽奈の目は、薄い水の膜が張っていた。
「思い出した? 」
「私、本当に、死んでるの?ねぇ、じゃあ、何で陽奈ちゃんと話が出来るの? 」
「私にはそういう事がわかるし、出来るんだよ。昔からね」
「そっか……だから、私……」
「気付かないと一人では逝けないから……ごめんね。辛い事、思い出させてしまって……」
「そうなんだ。私は、もう……」
香菜の身体が徐々に薄くなっていく。
そんな香菜を見ながら陽奈は、目に張った水の膜がこぼれ落ちた。
「香菜の歌。最高だったよ! 」
「陽奈ちゃん……ありがと……」
香菜は、そのまま透けてなくなり空気になった。
「香菜、また、いつか会おうね」
そう言って、陽奈は、また、夕焼けを見つめるのだった。