第27話 浄化
夜9時ごろ穢れを祓うために街に出た。
自宅周辺の穢れスポットは、把握している為、陽奈と麗華さんは車で少し遠くまで遠征した。
瑠奈はあれから部屋から出て来ない。
瑠奈の分のピザを取り分けておき、俺は結界の張ってある箇所を廻る。
この付近では、桜の古木のある公園、新ジュクにある御苑そして、代々ギ公園近くの森の中だ。
この三ヶ所は確認済みなので、新たな結界を探しに行くつもりだ。
通学時に気になっていた
新ジュクの高層ビル街にある公園で、その一角に神社がある。
その辺にあるのではないかと気になっていた。
駅から歩いて高層ビル街にたどり着く。
その圧倒的な迫力に驚きながら、都会では夜も昼間のように明るいのだと常々思う。
横断歩道を渡り、公園の入り口に向かう。
恋人同士が、夜の散歩を楽しんでいるのが印象的だった。
俺は、人気が多いので気配を消して奥に進むと、目的の神社が見えてきた。
結界の気配を探っていくと、その気配が感じられない。
だが、不思議な事に、神社を囲むように神聖な空気が満ち溢れている。
「これは、神霊術ではない。神社独自の結界か……」
神社には、魔を祓う祝詞がある。
神職が毎日その勤めを果たしているようだ。
ここは大丈夫そうだ。
無駄足になったが、それは喜ばしい結果だ。
俺は、公園を横切り大通りに出る。
通りも明るく邪鬼の気配はない。
だが、邪鬼はいないが霊は蔓延っている。
闇に取り込まれれば邪鬼になる存在。
それは、不成仏霊と呼ばれている。
「やけに多いな。神社の澄んだ空気に群がってきたのか? 」
成仏したくて、彷徨く不成仏霊は水辺や山そして神社や仏閣など澄んだ空気に群がってくる。
「このままというわけにもいかぬが……」
『霞の者』が本来、手を出して良い相手ではない。
勿論、祓う神霊術はあるが、それは人間に憑依した邪鬼を祓うもので、不成仏霊を安らかにあるべき場所に返す方法ではない。
何が違うのかといえば、魂を傷付けるかどうかの違いである。
『霞の者』の祓いは剣に神霊術を付与し斬り裂く為、その魂を傷つけてしまう。
剣を抜こうかどうか迷っていると、透き通った声が聞こえてきた。
『天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄 我が身は六根清浄なるが故に天地の神と同體なり。諸々の穢れ不浄を祓い清めて 最尊無上の霊宝、我今具足して清浄せしめん。「清霧」』
その後、周囲に清らかな水を含んだ霧が立ち込める。
その霧に包めれた不成仏霊は、光の粒子となっていく。
そして、その光は、段々と小さくなり最後には天に昇るように消えて無くなった。
俺は、その光景を見て美しいと感じた。
俺が祓う神霊術ではこうはいかない。
そして、そこには1人の少女が立っていた。
水色の髪が街灯に照らされ、艶やかになびいている。
それは、壬 静葉。十家で水を司り浄化能力の神霊術を持つ少女だ。
◆
「ねぇ、麗華姉さんどこ行くの? 」
「えっ、陽奈ちゃんが知ってるんじゃないの? 」
赤いスポーツカーに乗りながら、2人は目的地も定まらぬまま環状線を南方に向けて走っていた。
「邪鬼ってどんなところに出るの? 」
「う~~ん。暗くてジメジメしてて、そんな感じ」
「陽奈ちゃん悪いけど全く分からないわ」
柚木 麗華には邪鬼は見えない。
庚家の血筋であるが、今までに見た事がなかった。
だが、不思議な事に嫌な気配は感じる事ができる。
それが何なのか未だに分からないが。
「ここら辺で車止めてもらってもいい? 」
「ええ、構わないわ。あそこにパーキングもあるし」
麗華は、車をコインパーキングに入れて車から降りる。
陽奈は、筒状のケースを肩にかけて、路地の方に歩いて行く。
「陽奈ちゃん、そっちなの? 」
「何か嫌な感じがするんだよねーー」
陽奈は、住宅街の路地を抜けて、小さな公園の側で立ち止まった。
麗華も嫌な気配を感じる。
こういう場合、今までの麗華は直ぐに引き返して違う道を選択していた。
「陽奈ちゃん、いるの? 」
「まだ出てきてないよ。でも、闇から這い出てきそう」
麗華は少し震えている。
これでも、小さい時から少林寺拳法を習っている。
人間相手なら遅れをとることはない。
だが、その場所に立ち込める雰囲気は、禍々しくそれに生ゴミのような臭い匂いが立ち込めている。
思わず口にハンカチを当てて呼吸を落ち着かせた。
「麗華姉さん、くるよ」
陽奈は、筒状のケースから二本の剣を取り出した。
一つは『満月』もう一つは『新月』だ。
公園の公衆トイレに近い場所の地面が黒く染まる。
湧き出た闇が周囲に広がる。
その時、陽奈は動いた。
一瞬の事で目で追えない。
陽奈は、30メートル先の公園の中にいる。
「いつ、移動したの? 」
陽奈は、二本の剣を抜き宙をひたすら斬り裂いていた。
その動きは演舞を見てるようだ。
だが、その時、陽奈は一瞬、動きを止めた。
何故か宙を見上げている。
陽奈の顔が獲物を見つけて喜んでいるようにニタニタしていた。
「当たりだよーー。こんなとこに中級が出た」
そして、陽奈は宙に舞う。
一瞬だった。
陽奈は剣を鞘に収め、そして、麗華に向けて最上の笑顔を見せた。
「麗華姉さんに連れてきてもらって良かった。お兄に自慢するんだ~~」
無邪気な笑顔は年相応に戻っている。
麗華は、邪鬼が見えない自分を悔しく思っていた。
車の中で麗華は陽奈に話しかける。
「ねぇ、私にも邪鬼が見えるようにならないかな? 」
「邪鬼見たいの? なら、お兄に頼めば。お兄の神霊術で目を施術してもらえば見えるようになるかも? 」
「えっ、そうなの? 」
「うん、でも素質がないとダメなんだって」
「そうなんだ。でも、可能性はゼロではないわけね」
麗華のスポーツカーは、スピードを上げ、環状線を北上していた。
◆
「静葉様、お疲れ様でした」
歩道に立っていた壬 静葉の前に、 公園の植え込みから出てきたスーツ姿の女性が現れ、静葉を労った。
俺と壬は、見つめ合ったままだ。
すると、そのスーツ姿の女性が俺の方に近づいてきて、
「これは、霞 景樹様。静葉様が何時もお世話になっております」
「俺の事を知ってるのですか? 」
「勿論です。私は、代々壬家に仕えております清崎 流と言います。お見知り置きを」
丁寧に挨拶する清崎さんという方は、如何にも出来る女という感じだ。
壬がトコトコと俺のところまで歩いてきて話し出す。
「旦那様、どうしてここに? 」
「ここには、甲家か乙家が張った結界があるかと思ってきてみたんだ。そしたら神社独自の結界だったようだ。駅に向かう途中にあの大群に会ってこの剣で斬り裂くか考えてたところ君が現れたんだよ」
「そうなんだ。私の家、そこ」
壬が指差す方向には、大きなタワーマンションが建っていた。
「そうか、壬の家の近くだったんだな。それと、さっきの神霊術は見事だったよ。あまりに綺麗なので見入ってしまった」
「…………そう」
壬は顔を赤くしてモジモジしだした。
「もし、宜しかったら家でお茶でも如何ですか? 」
「夜遅いので、また今度にするよ」
そう言ったのだが、壬が俺の服を掴んで離さない。
そういえば俺も壬には聞きたい事がある。
何故、俺の事を旦那様というのか、俺のいる学園まで転校してきたのかを本人の口から聞いておきたい。
「わかった。お邪魔させてもらうよ」
壬と清崎は嬉しそうな顔をしている。
そして、2人が住む家に招かれたのだった。