第20話 赤サカの料亭
俺達が乗った戊家のリムジンは、赤サカにある料亭の前で止まった。
入り口は、質素に作られているが気品を感じさせられる。
もしかしたら、わざとその様な造りをしているのかも知れない。
セバスさんが先に降りて、ドアを開けてくれる。
「着きました。お料理をお食べ終わった頃、お迎えにあがります」
そう言って、俺と瑠奈を料亭の奥まで案内してくれた。
やはり、奥に入るに従って豪華な造りになっている。
使っている素材や小物に至るまでどれもが一級品だ。
「お待ちしておりました。霞様でらっしゃいますね。ご案内申し上げます」
和服を着た和風美人が出迎えてくれた。
仕える女中さん達も気品がある。
中廊下から坪庭が見える回廊に出て俺達が通された場所は、離れの個室だった。
「中に入ってお待ちください」
まだ、誰も来ていないが俺は、どこに座るべきか迷っていた。
「ねぇ、瑠奈、どこに座ればいいのだろうか? 」
「兄様なら、床の間に背を向けた一番奥の最上の席がお似合いです」
瑠奈の説明で奥が身分の高い人が座る席だと判断する。
俺は、入り口に近くて入って来た人達がわかる席に腰掛けた。
「兄様、そこは下座です。兄様なら上の席でないと……」
「俺達は忍だ。何時でも行動を起こせるこの席こそ相応しい」
すると、瑠奈は目を丸くしていた。
「すみません。兄様の崇光なお考えがわかりませんでした。未熟な私をお叱り下さい」
単に、入り口に近い方がトイレとか行きやすいし楽そうなだけで選んだんだけど……
「いいんだ。瑠奈は良くやってくれてる。叱るな事など一つもない」
「兄様……」
瑠奈は、うるうるした瞳を輝かせて、うっとりとした目で俺を見てる。
瑠奈の変なスイッチが入ったみたいだけど、気にしない、気にしない……
俺と瑠奈が座って直ぐに女中さんが来ておしぼりとお茶を持ってきてくれた。
お茶は桜湯だった。
「美味しいですね。兄様」
「ああ、お祝いの席でもないのだが、上品な味が心地いいな」
少し経つと女中さんが
「庚様と辛様がお見えになりました」
報告してくれた。
そして、案内されてきたのは、背広を着込んだ庚家当主と辛当主だった。
「霞君、待たせたね」
「いいえ。俺達も来たばかりです。それと、妹の瑠奈です。今日は、昨夜の件を説明してもらう為、連れてきました」
「そうか、君が瑠奈さんだね。昨夜は世話になった。礼を言うよ」
「いいえ。当たり前のことをしただけですから」
「私は、はじめましてだな。辛家当主の辛 仁という。警視総監をしている」
「霞 景樹です。お見知り置きを……」
「まぁ、堅い話は後だ。食事をしながら話そうじゃないか」
「ああ、そうだ。絵里香を助けてくれて感謝する。これは、庚家当主ではなく、絵里香の父親として君達には感謝しきれないほどだ。昨夜はあれからすぐに目を覚ましたよ。多少の切り傷はあるが身体には問題ない。明日には学校に行けるだろう。それと、絵里香から『霞の者』の件を尋ねられた。当主としてはきちんと答えた方が良かったのかもしれない。だが、私は、絵里香には普通に学生生活を送ってもらいたい。だから、君達のことは内緒にしておいた」
それは、俺にも好都合だ。
何も言う事はない。
「わかりました。そのように努めます」
「すまないなぁ。それと、昨夜の話の前に君達に紹介しておきたい人物がいる。入って来なさい」
庚家当主がそう言うと、部屋に2人組の若い男女が入って来た。
「紹介しよう。私の姉の子供達だ。つまり、絵里香の従兄弟だな。男性の方は兄の柚木 優作 そしてその妹の柚木 麗華だ」
庚家当主の庚 慎一郎からそう紹介された2人は、まだ若く大学生のように見える。
「2人は大学生でね、時間もあるから君達のサポートとして使ってくれたらと思って連れてきた。これでも口は堅いし、秘密は守れる。それに、腕も確かだ」
「柚木 優作です。帝都大学の大学院生です。霞君、宜しくね」
「私は、柚木 麗華です。兄と同じ帝都大学の2年生です。宜しくお願いします」
この国一番と言われる帝都大学の生徒だ。
頭の良さが顔に現れている。
「紹介も終わったし、食事にしようか」
次々と料理が運ばれて来た。
その間に、昨夜の事を説明する。
話の中心は、『紅の者』の件だった。
捕まえた女郎蜘蛛ともう1人の直ぐ気絶した者は、牢屋の中で自殺したそうだ。
口の中に毒薬を仕込んでいたらしい。
看守のチェックもそこまで及ばなかったことに、申し訳ないと謝罪された。
支援していた人達は、新ジュク界隈を縄張りとしている反社会勢力の人間だったようだ。余罪がかなりあるそうで、通常の課程で逮捕するそうだ。
それと、瑠奈も自分がした事を説明しだした。
その話を聞いて一番驚いていたのが柚木兄妹だ。
柚木兄妹は、瑠奈の話を目を丸くして聞いていた。
「景樹君もすごいけど、瑠奈ちゃんって何者? 天才? 宇宙人? 超能力者? 」
「凄いね。霞の者は忍術に優れていると聞いていたけど、これは現代の忍術だね。尊敬を通り越して驚くばかりだよ」
麗華さんは、瑠奈のスペックに多さに驚いている。
それは、兄の優作も同じだった。
「どうだ、流石、『霞の者』だろう? 時代の影の中で、この世界を支えて来た一族だ。表舞台に立っている私達でさえ、勝てる気がしない」
庚当主はそう呟く。
「本当、そうですね。こんな人達がいるとは、それにまだ、高校生と中学生だ。良い大学に入って浮かれていた自分が恥ずかしいですよ」
柚木 優作は、感激しながらそう話しだした。
「実は、優作と麗華を君達に紹介したのは、主に連絡役と君達の身元保証の為でもある。君達の叔母さんである茜君は、国防の仕事で忙しいからね。時間に余裕のあるこの2人を選んだんだよ。それに、君達と歳も近いしね」
庚当主は、そう話し終わった。
すると、今度は、辛当主が
「私の息子は今、ニューヨークにいる。歳は25歳だ。息子は庚家と同じ一人っ子でな。少々我儘でもある。神霊術も使えるが、伝統という概念が嫌いのようで剣を使わないんだ。帰ってきたら君達に挨拶に行くように伝えておくよ」
と、自分の息子の話をしだした。
「私は、瑠奈ちゃんのファンになちゃったなぁ。こんな可愛い顔してやる事はぶっ飛んでるんだもの」
瑠奈は迷惑そうな顔をしている。
「瑠奈をはじめ俺達兄妹は、田舎で育ったので、人付き合いが基本的に苦手です。気の利いた会話もできないし、場の空気を読む事も苦手です。それでも良ければ仲良くしてやってください」
俺がそう言うと
「もちろんよ~~」
「うん、僕も人付き合いは苦手な方だ。宜しく頼むよ」
どう見ても柚木兄妹は、この世界で目立つように生きる遺伝子に組み込まれたイケメンと美女だ。
昨夜の事件で俺達の実力の一端を知ってしまった十家の者達は、この世界の微妙なバランスで構成されている現代社会を揺るがす存在だと認識してしまったのだろう。
それは、過去において第二次世界大戦で敗北し復興のために送られたGHQが十家の実力を懸念した時と同じ状況なのだろう。
味方なら心強いが敵に回れば恐ろしい。
心の中では、そんなところだろう。
つまり、この柚木兄妹は、俺達の監視だ。
やり過ぎないように見張り、口出しをするストッパーに他ならない。
でなくては、こんなイケメンと美女が俺達と関わる道理がない。
モブ的な俺とは縁がない人種だ。
基本的に関わりたくはないが、任務では仕方がない。
瑠奈もそう思っているだろう?
「えっ、瑠奈!? 」
「兄様~~兄様が3人もいます。困ります。いつの間に分身の術を使ったのですか~~卑怯ですーー! 兄様……3人の兄様が私に~~!」
「あらあら、ジュースと間違えて私のサワー飲んじゃったみたい……」
麗華さんは、ごめんね~~という仕草をして俺を見ている。
忍びとしてはあってはならない事だ。
酒は飲んでも飲まれてはいけない。
瑠奈には良い教訓となるだろう。
と言う俺も酒を飲んだ事は、まだないが……
俺は法律を守る忍だからな。
「ヒック……」
瑠奈の可愛いしゃくり声が料亭の離れに響いた。