第19話リムジンの中で
図書館の屋上にある旧菜園部管轄の場所に、突然、クラスメイトの飯塚 早苗が現れた。
「早苗……」
「莉愛夢ちゃん……」
飯塚 早苗は踵を返して大急ぎでその場から立ち去って行った。
一瞬、その場の空気が凍り付く。
最近、空気が張り詰める場面が多いけど、何で?
俺がそんな事を考えてると、壬が話し出す。
「スマホ買っても使い方がわかんない……」
スマホかいっ!
流石、壬家。
こんな張り詰めた空気の中でも、己自身の心配をするとは、完全なるモブの道を着実に歩んでいる。
恐るべし、壬 静葉。油断ならないな……
「あははは、ちょっとまずいとこ、見られちゃったね~~」
結城 莉愛夢の反応は、庚 絵里香の友人だけある。
クラスの中で目立つように人生が設計されている。
空気を読み、その場をフォローできる人間。
Aクラスの人間とは、こういう存在なのだろう。
まぁ、俺には縁がない存在だが……
「飯塚さんでしたっけ? 結城さんとは友人なのですか? 」
「霞君、早苗の名前知ってたんだ? そう言えば私の名前も知ってたよね。もしかして、クラス全員の名前を知ってるとか? 」
勿論、知ってるが、それは言えない……
「そんな事はないよ。俺と同じで1人でいるので気になって覚えてただけです」
「そうか~~早苗とは中等部からの仲なんだけど、同じ菜園部だったんだ。今は、ちょっと、疎遠になってしまったんだけどね……」
「そうなんだ」
語りだしたらどうしようかと思ったが、キリの良いところでやめてくれて助かる。
流石、空気を読めるAクラスの人物。
周囲への気遣いがハンパない。
それに、人間関係は難しい。
誰もが経験して悩む事だ。
俺も今朝、経験したばかりだ。
まぁ、妹達とだけど……
「スマホ、欲しいけど使えるかな……」
壬はあくまでマイペースだった。
恐るべし、壬 静葉……
◇
学校が終わり、校門の前で、瑠奈と待ち合わせをしている。
十家の庚当主、辛当主と会うためだ。
校門では、瑠奈が先に待っていた。
俺を見つけて『兄様ーー! 』と大きく手を降っている。
脱臼しなければいいが……
「お待たせ。待ったか? 」
「いいえ。今来たところです」
何か恋人とのデートの逆パターンみたいだが、気にしないでおこう。
「陽奈は1人で帰るのか? 」
「メグと一緒に書道部の部活です。展覧会があるのでそれに提出する作品と文化祭用に提出する作品で忙しいようです」
「そうなんだ」
うん、頑張ってるのはいい事だ。
陽奈は、運動部に入りたかったようだが、能力を使ってしまう可能性もあるため、俺と瑠奈が止めて文化部の書道部に入ったようだ。
メグって子が一緒なのが入部するきっかけだったみたいだが……
「じゃあ、行こうか? 」
そう瑠奈に話しかけると、ふと、瑠奈のバッグがはち切れんばかりに膨らんでいたのがわかった。
「バッグどうしたの? 」
「あ~~これですか……」
瑠奈は面倒くさそうにバッグを開けて見せた。
そこには、溢れる程の手紙がぎっしり詰まっていた。
「それって、もしかしてラブレターとか? 」
「さあ、何なのでしょう? まだ、見てませんからわかりませんが、私の下駄箱にぎっしり詰まってたので、家に帰ってから捨てようと思って持ってきました」
イヤイヤ、せめて中身は読んだ方がいいと思うぞ……
「そうか……モテるのも大変だな」
「モテる? これは、都会で有名なイジメではないのですか? 」
「都会だけで有名ではないぞ。イジメは、社会問題だ」
「そうでしたか……社会は得意なのですが、まだまだ私も修行が足りませんね」
うむ、どう説明したら良いのやら……
そう考えていると、校門の目の前に黒くて立派なリムジンが横付けされた。
その高級感あふれるリムジンは、見覚えがある。
車の中から、身なりの整った初老の紳士が出てきた。
俺の顔を見て、声をかける。
「お迎えにあがりました。霞様」
「え~~っと、戊家の執事さんでしたよね」
「はい。旦那様から庚家、辛家の者達と霞様がお会いになるというのでお迎えに上がるように言付けされました」
「そうでしたか……」
校門前では、帰宅中の生徒が沢山いる。
俺達を見てヒソヒソ話し声が聞こえてきたり、スマホで写真を撮ったりしている奴がいる。
ここでは、マズイ……
この場はさっさと退散した方がいい。
「わかりました。お願いします」
俺と瑠奈は、急いでそのリムジンに乗りこんだのだった。
~~~~~
「あれって霞君だよねーー」
水沢 清香は、入部している音楽部の練習日ではないので、家に帰ろうと学校を出ようとしたら、校門前に凄い高級な車が止まっているのを見つけた。
そして、執事さんらしい人が景樹とその妹さんを車に招き入れてどこかに行ってしまったのを目撃する。
「霞君って何者? もしかして、何処かの御曹司とか? 」
普段は、前髪をメガネの下まで垂らして顔を隠すようにしているちょっと変わった男の子だけど、優しい絵を描く御曹司だったのかも……
水沢 清香は、そんな事を思っていた。
~~~~~
リムジンの車の中では、俺と瑠奈そして執事さんが世話をするように座っている。
「あの~~何処に行くのでしょうか? 」
「赤サカの料亭にご案内するように言われております」
料亭なの? 警察署とかじゃないのか……
「あの~~」
執事さんに尋ねようとしたら、
「私の事はセバスチャンとお呼び下さい」
「………えっと、日本人ですよね? 」
「はい、正真正銘日本人です」
「外国の人の血が混じってるとか? 」
「いいえ、外国人の方の血は混じっておりません」
「でも、セバスチャンなのですか? 」
「はい。その通りです」
セバスチャンと言い張るちょっと変わった執事は、整った髭を触りながら断言した。
「兄様、古今東西、執事の名前はセバスチャンと決まっていますよ」
そんな事も知らないとは? という顔をしないで、お願い……
「では、セバスチャンさん、戊当主も出席されるのですか? 」
「いいえ、旦那様は、今、海外に行っておられます。私が暇でしたのでお迎えに上がるように言われた次第です」
暇だったんだ……
「セバスチャンさんは、何か武道を嗜んでいますよね? 」
その身のこなしは只者ではない。
「私の事はセバスで結構です。さんをつけると言いにくいでしょうから。それと、武道ですが、護身術を少々扱えます。これは、旦那様をお守りする為に学んだものです」
護身術か……それも、ただの護身術とは思えないが……
「今日は、妹様もご一緒なのですね。確か双子だとお聞きしておりますが、もう1人の方は宜しいのですか? 」
「陽奈は部活動が忙しそうなので、今日は瑠奈だけです」
すると、瑠奈が自己紹介を始めた。
「最初にご挨拶申し上げるべきでした。私は『霞の者』霞 瑠奈です。兄様の妹になります。セバス様、今日はわざわざお迎えに来ていただきまして感謝申し上げます。兄様共々お見知り置きくださいませ」
「これは、ご丁寧な挨拶、痛み入ります。今後とも良きお付き合いが出来ますようこちらこそお願い致します」
俺にはこんな気の利いた挨拶なんか出来やしない。
瑠奈は凄いな、と感心する。
「ところで、昨日の戦闘の事は聞き及んでおります。『紅の者』が仕掛けたとか……」
「はい、そうです。紅の者の女郎蜘蛛と呼ばれるクノイチともう1人は、直ぐに気絶させたので名前はわかりません」
「そうでしたか……女郎蜘蛛でしたか。今回の騒動は……」
「セバス様は、女郎蜘蛛のことを知っていらっしゃるのですか? 」
「戊家の執事ですから、名前だけは知っておりますが、糸を操る厄介な相手だと聞いております」
「セバスさんなら問題はないと思いますが、厄介なのは毒を仕込んだ攻撃です」
「毒ですか……成る程。どのような戦いだったのでしょうか? 参考までにお聞きしても? 」
「いいですよ。まず、女郎蜘蛛は、クノイチですから最初に仕掛けるのは自身の色気です」
「色ですね。ハニートラップですか……」
「自分の色気で相手の隙を突くのは常套手段です。その中に、麻薬成分を含ませたタバコを吸っていました。敵の思考を混乱させるためです。そして、密かに毒を仕込んだ糸を放っていました。思考と毒が回った時にとどめを刺すといった戦法です」
「ほう、その毒を仕込んだ糸は敵を傷つけなくとも作用するのですか? 」
「毒の種類にもよりますが、私に使ったのは空気感染する類のものでした。もしかしたら、相手によって使い分けてるのかもしれませんね」
「成る程……麻薬成分、もしかしたら媚薬かもしれませんが、思考を鈍らせその隙をついて毒を注入する。まさしく女郎蜘蛛と言ったところでしょうか。これは、参考になる話をありがとうございます」
「いいえ、大した事はありません」
一瞬、セバスの目が鋭くなった感じを受けたが、敵意とか悪意ではない。
興味というべきか……
「兄様、聞き捨てならない事を今おっしゃいましたけど? 」
「えっ!? どんな事? 」
「色香でどうのこうのという話です」
「……そうでしたっけ? 」
「そう言えば忘れてました。女郎蜘蛛との戦闘の話を詳細に話してくれるという話をです」
瑠奈が怖いのだが……
「今、話したのじゃダメかな? 」
「最初の部分を詳細に、その時の兄様の感情も含めて説明下さい」
「わかった、わかった。家に帰ってからね」
「いいえ、今すぐ聞きたいです」
そんな俺達のやり取りを見て、セバスさんは微笑ましそうな笑顔を向けていた。




