第18話 学園生活
~~次の日~~
「兄様、庚家当主と辛家当主から事情を聞きたいと連絡がありました」
朝、朝刊配達を終えて帰ってくると、お弁当を詰めていた瑠奈がそう話す。
「庚当主はわかるけど、何で辛当主まで? 」
「辛当主は、警視総監です。今回の事件について兄様からお話を伺いたいと言っています」
「そうなんだ……」
面倒だなぁ……
里にいた頃は邪鬼倒すだけで、こんな面倒な事はなかったのに……
「そうだ。瑠奈も一緒に行かない? 」
「えっ! 私が同席しても宜しいのですか? 」
「うん、瑠奈がいてくれた方が心強いよ」
「分かりました。ご一緒します。予定は、放課後、学校が終わってからと連絡を入れておきます」
「うん、頼むね」
俺は、会話が苦手だ。
特に、お偉いさんとの会話は疲れてしょうがない。
悪いが、瑠奈にお任せしよう。
「さて、シャワーを浴びるか……」
俺は脱衣所に行くと、そこにはシャワーを浴び終わったばかりの陽奈がいた。
「えっ……」
「お兄!? 」
2人で見つめあって一瞬、固まってしまった。
すると、瑠奈がやってきて、
「兄様、そういえば、陽奈が先にシャワーを……はあ!? 」
3人で膠着状態となる。
里では、子供は俺達しかいなかった。
小学生、中学校の頃は、里の分校でも裸で過ごしてた時もある。
(因みに先生は俺達の母親です……はい)
つまり、このような状況は日常茶飯事だったのだ。
だが、都会に出てきて、イヤ、最近では、滅多にこのような状況には陥らなかった。
「何となく恥ずかしい」そんな、感情が芽生えていたからだ。
「うん、うん。みんな大きくなって……」
『バカ兄! 何ジロジロ見てんのよーー! 』
『兄様、謝罪と謝罪と謝罪を要求します! 』
うん、これが大人になっていくという事なんだね……
俺は、双子妹達から正座させられ、学校に行く時間まで責められ続けたのは言うまでもない……
◇
「人間関係は難しいな……」
学校の机に座り、朝のホームルームが来るまでの時間、俺は、窓の外を見ながらそんな事を考えていた。
「旦那様、おはよう。何が難しいの? 」
隣の席の壬 静葉だ。
昨日、転校してきたばかりだ。
「おはよう。壬さん」
挨拶だけは、きちんとしなければいけない。
「親しき仲にも礼儀あり」親父が俺達が子供の頃から言ってた言葉だ。
だが、それ以上は深く関わらない。
何でかというと、壬が教室に入ってきただけで、クラスの男子のみならず女子までヒソヒソと騒ぎ出していたからだ。
俺の罵声を除けば、概ね好印象な噂ばかりだ。
「ジッ」と俺を見つめている壬は、問いの答えが欲しいのだろう。
「何でもないよ」
完璧な答えだ。
普通ならそれ以上は突っ込んでこないだろう。
話しかけるなオーラを全身から出しているのだから……
クラスの男子から、ヒートアップした罵声が浴びせられるが、気にしてたら生きていけない。
あいつらは、ただの、モブなのだから……
そこで、俺は気づいてしまった。
重大な事だ。
クラスで騒いでる男子がモブなら、俺は、モブではないのではないかという事だ。
『普通にしてた方が目立たないのにね~~』
以前、陽奈が俺に言った言葉だ。
そうか、陽奈は既にモブの真髄を知っていたのか。
陽奈の兄でありながら、俺は陽奈に負けていたという事か……
恐るべし、双子妹達よ……
でも、俺はこのスタイルを変える事はない。
誰とも関わらない事が一番平和だとわかっているし、俺の理想のモブは妹達が考えているような普通のモブではない。
究極のモブなのだから……わははは。
チャイムが鳴り、ホームルームが始まった。
流石に、庚は登校していない。
先生もいちいち生徒1人が休んでも気にしていない。
こういう雰囲気は、俺には好都合だ。
居心地がいい。
「明日は校外学習の日です。上ノの美術館に行きます。グループでも単独でも構いませんが、各々レポートを提出してもらいますよ。それと、美術館内では騒がないようにね。もう、高校一年生なんだからね。わかった? 」
『は~~い』
「じゃあ、プリントを配るので無くさないようにね」
前の席の子がプリントを回し始めた。
そうか、明日は校外学習の日か……
現地に行って公園のベンチでのんびり昼寝をしていよう……
それが、俺の予定だ。
おっと、前からプリントが回ってきたぞ。
何々……
校外学習 上ノ美術館
午前9時30分 現地集合。午後2時30分 現地解散だと……
す、素晴らしい……。
何と自由な校外学習なんだ。
「みんな、プリント行ったわねーー。もらってない人いる? 」
「大丈夫そうね。明日は、現地集合です。間違って学校に来たりしない事。いいわね。それと、結城さんと水沢さん。後で先生のところに来てちょうだい」
さて、寝るとするか……
ふと、隣を見るとまたまた固まっている壬がそこにいた。
机の上を見るとプリントがない。
そうか、立て続けの転校生で先生もうっかりしてたんだな……
「これ、やるよ」
「いいの? 」
「ああ、俺は内容を理解したから問題ない」
「ありがと……」
壬も俺と同じモブ化を目指しているのか?
流石、十家の壬家だ。
わかってるではないか……
俺は、いつものように眠りに落ちるのだった。
◇
休み時間のたびに、壬の席の周りは女子生徒やら男子生徒が駆けつけて来ている。
「ねぇ、壬さん、L*NE交換しよう? 」
「何それ? 」
「えっ、もしかしてアプリダウンロードしてない? 」
「アプリって何? 」
「えっ!? もしかして、スマホは? 」
「スマホ? 」
「壬さん、スマホ持ってないの? 」
「持ってない」
『えっーー!! 』
大騒ぎになっている。
ダメだ。
ここでは落ち着いていられない。
女生徒達の足や太ももがぶつかって俺の机はガンガンと響き渡っているのだから……
俺は、トイレに行く風を装って、静かにその場を立ち去る。
すると、廊下に出たところで水沢さんに話しかけられた。
「霞君、昨夜、池フクロウの公園のベンチに座ってなかった? 」
何っ……
見られたのか?
マジで……
「あの公園はたまに行くけど、昨夜は行ってないかな」
「そうなんだ。妹さんと一緒にいたのを見かけたと思ったけど勘違いだったみたい。ごめんね。変な事を言って」
「大丈夫だよ。問題ない」
あの時、気配を消していたと思うが……
イヤ、気配は消していなかった。
少なくとも 陽奈が鳩を使う時……
俺の心臓はバクバクだ。
どんな偉い人と会ってもこんなに動揺する事はない。
なのに、何故……
俺は、急ぎ足でトイレに駆け込んだ
~~~~~
その時、水沢 清香は自分のスマホを見ていた。
そこには、公園のベンチに座る景樹と妹の陽奈が写っていた。
「間違い無いよね。家の近くであった時と同じ格好だもの。それに美人の妹さんを間違えるはずがない。なんで霞君、嘘つくんだろう? 」
水沢は、そう思ってスマホの写真を覗き込んだ。
~~~~~
昼休み、壬はお弁当を持って来ていた。
女子達と一緒に食べるようだ。
俺は、自分の弁当を持って1人になれる場所を探す。
すると、結城 莉愛夢から声をかけられた。
「今日は妹さん達と食べないの? 」
「ああ、騒がしくなるからね」
「ねぇ、何で昨日は逃げ出したのさ」
そう言えばそんな事もあった……
「何となく? 」
「私が聞いてるんだけど? 」
「そうでした」
「今日、絵里香が休みだから食べる相手がいないのよね~~静かに食べれる場所知ってるから一緒に食べない? 」
「はい!? 」
静かに食べれる場所は魅力だが、結城と食べるなど問題外だ。
「壬さんも一緒にね」
「えっ……」
俺の背後に気配を感じる。
そこには、お弁当を持った壬 静葉が立っていた。
何で?
こうして、俺と結城、そして、壬は図書館の屋上で一緒にお弁当を食べている。
いくつかのプランターと、物置小屋まであり、
「ここは、穴場なんだよ。中等部の時、掛け持ちで菜園部に入ってたんだ。この場所は、その菜園部の活動場所なの。でも、廃部になっちゃって鍵だけ持ってるんだ。本当は返さないといけないんだけど、結構この場所好きだから返してないの。これ、秘密だよ」
学校での自分だけの場所。
羨ましい……
「良い場所。落ち着く……」
「良かった。壬さんが気に入ってくれて」
「菜園部か、面白そうだね」
「面白かったよ。自分で育てた野菜とか、超美味しかった。でも、人数集まらなくて廃部になっちゃったんだよ。霞君は何部に入ってるの? 」
「この間、美術部に入部届けを出したよ」
「そうなんだ。壬さんは入りたい部活見つかった? 」
「まだ……」
「そうなんだ。剣道部に誘いたいけど運動部のイメージって感じもしないしねぇ。そうだ。霞君と同じ美術部にしたらどう? あそこも人数少なくて困ってるって聞いてるから」
「じゃあ、そうする」
「じゃあ、担任先生に伝えておくよ」
「うん、ありがと」
何で同じ部に……と言いたいところだが、これは、きっと朝、結城が担任の先生に呼び出された事と関係があるに違いない。
クラス委員長の庚が休みなので、結城が壬の案内役を頼まれたのだろう。
まぁ、同じ部とはいえ、絵を描いて提出すれば殆ど出る必要がない。
壬ともそんなに頻繁に会う事もない。
「庚 絵里香はどうしたの? 」
突然、壬がそう言いだした。
「やはり、気になるよね~~昨日、あんな事があったから。私も連絡入れてんだけど既読がつかないんだよね。先生は明日の校外学習には来るって言ってたけどね」
昨日の昼、俺達とお弁当を食べてた時、庚と壬が険悪になった件を結城は言っているのだろう。
「既読って?」
壬は違う事を考えていたようだ。
「スマホのアプリだよ。私が送ったメッセージを相手が見ると既読済みになるんだよ。既読がつかないのは、私の送ったメッセージを読んでないって事なんだ」
庚のスマホは壊されたはず。
既読がつかないのは当たり前だ。
「そうなんだ。知らなかった」
「そう言えば壬さんはスマホを持ってなかったのよね。知らなくても当たり前だわ」
「私もスマホが欲しい。どうしたら買えるの? 」
「携帯ショップに行けば買えるよ。お家の人に相談してみれば? 」
「わかった。そうする」
壬は何だか嬉しそうだった。
その時、屋上のドアが開いた。
扉が開き、そこに立っていたのはあのホテルから出てきたクラスメイトの飯塚 早苗だった。