第17話 倉庫での戦闘(3)
「くっ、くそーーっ! 」
庚流『無双剣』の神霊術が、鬼に効かなかった庚は、ただ、鬼から繰り出される攻撃を避けるだけだった。
「満身創痍の状態だなぁ、そろそろ助けるか……」
鬼の動きは速くない。
だが、持久戦になれば、庚の体力が先に尽きるのは明らかだ。
裏口から潜入したのは良いが、俺の姿を庚に見られるのはマズイしな……
庚に知られたら、俺のモブ化計画は、完全に頓挫する。
それが、さっさと庚を助けださない理由だ。
でも、この件で庚の当主から『霞の者』の事を知るかも知れない。
俺達にはそれは止められない。
それは、庚家の問題だからである。
遅かれ早かれ、知られてしまうという事か……はあ、どうしよう……
転校するかなぁ……
すると、陽奈が気配を消した俺の隣にやって来た。
「お兄、何でさっさと助けないの? 」
「うむ……今、それを考えてるんだ。将来の事をね」
「えっ、将来の事? 」
「そうなんだ。陽奈、これはとーーっても重要な事なんだ」
(この状況の中で、お兄がそんなことを考えているって事は……もしかして、結婚とか? 相手は庚さん……)
「そうなの? お兄、もしかして庚さんの事……その~~」
「どうかしたか? 陽奈。そろそろマズイか……面倒だなぁ~~」
(えっ!? 庚さんを助けるのが面倒なの? じゃあ、庚さんとの結婚を考えてたわけじゃないんだ。ここにいる女性は私だけ……も、もしかして、お兄が私と……その、結婚とか考えちゃってるわけ? )
「陽奈、顔が赤いぞ。風邪でも引いたか? 」
(お兄の手が私のおでこに……プシュー)
「ううん、何でもないよ……」
「陽奈には、見張りを頼みたい。『紅の者』もいるようだから手を抜くなよ」
「う、うん。わかった……」
あれっ、陽奈が大人しく俺の言う事を聞いてるぞ……
「でも、あのオーガキングと1度戦いたかったなぁ~~」
「一角鬼ね。オーガキングじゃないから」
「オーガキングと戦いたかったなぁ」
「一角鬼です」
「オーガキングだよ。Aランクモンスターの? 討伐証拠のあの角を持って帰ると大金持ちだよ。冒険者ギルドで『お~~スゲーー新人が出て来たぜ! 』ってなるんだよ」
知らなかったの? みたいな顔を向けないでほしい……
陽奈の将来が心配だ……
「お兄、何、呆けてるの? 」
「陽奈の将来の事をね、考えてたんだ」
「えっ……」
(やはり、お兄は私との将来の事を考えてくれてる……)
何で陽奈はモジモジしだしたんだ……
そうか、トイレに行きたいのか。
じゃあ、早く終わらせないと……
「陽奈、行くぞ! 」
「待って、私、まだ心の準備が……いけてないのに~~! お兄は、早すぎ! 」
◆
~~そんな兄妹のやり取りの少し前(庚 絵里香 視点)~~
「ダメだ。動きは速くない。だが、私の剣はまるっきり効かない」
『うおおおお!! 』
鬼の雄叫びが何だかさっきとは違う。苦しそうだ……
すると、おっさんがやってきて、鬼の状態を観察しだした。
「嬢ちゃんがここまで粘るとはなぁ~~薬が足りねぇみてぇだな。ほらよっ! 」
鬼に向けて瓶を投げつけた。
鬼は、それをキャッチして、中身を飲み干す。
すると……
『がおおおおお!!』
鬼の身体から黒い妖気が溢れ出した。
見るからに禍々しい……
「そうだ、そうだ。この力だ。わははは」
おっさんはどこか嬉しそうだ。
しかし、黒い妖気を纏った鬼は、先程とは動きが違い、辺り構わず破壊しだした。
「なっ……! 」
おっさんもその様子を見て、少し焦ったような顔をしている。
鬼は、庚ではなく、近くにいた見張りをその手で掴んだ。
『ミシミシ……』
骨の砕ける音がする。
捕まった見張りの悲鳴が響き渡った。
「暴走してるのか……」
庚は剣を向けたまま動けないでいた。
鬼の気に当てられたのだ。
鬼は、倉庫にいた見張りの男を次々と捕まえては、それを口に運んでいる。
「ヒィーー! 」
「助けてくれーー!! 」
悲痛な悲鳴が響く。
まさに、地獄絵図だ。
おっさんが、私の背後に走ってきた。
そして、
「お、お前の相手は、この女だ。わ、忘れたのか? 」
鬼が私の方を向いた。
おっさんは、裏口に向けて走り出す。
鬼は、私の目の前にいた。
両手を握り、大きく振りかぶった。
死…………
私はそう理解した。
もう、ダメだ。
逃げられない……
その時、私の身体は宙に浮いた。
いや、浮いたような感覚がしたのだ。
鬼が床を叩く大きな音がした。
爆弾が落ちたような大きな音だ。
だが、私はとても心地良かった。
私を誰かが優しく抱いていてくれたからだ。
目深に被ったフード。
夜店に売ってるような玩具の熊のお面。
その熊のお面の眼は綺麗な金色に輝いている。
その熊の男は、私にこう言った。
「すまん、少し眠っててくれ……」
私は、そこで意識を失った。
◆
~~少し前の事~~
「お兄、あれ、まずくない? 」
いざ、出陣という場面で変なおっさんが、鬼に瓶を渡した。
鬼はそれを飲んで妖気を膨らませて、穢れを振りまいている。
倉庫の中の闇から、低級の邪鬼が溢れ出て来た。
「面倒な事をしてくれるなぁ」
「あれがオーガキングの最終形態なの? あと一段階ぐらいランクアップしてくれればラスボス感が出るのにね」
湧き出る低級邪鬼を二刀流で斬りつけながら、陽奈は呑気にそう呟く。
「わ~~エゲツなっ! 人を食べてるわ~~食欲無くすわ~~」
流石の陽奈もドン引だ。
邪鬼には良くある事で、人を食べて強くなる者もいる。
そんな光景を見るのは、俺達は初めてではない。
「あっ、マズイな……」
一角鬼の標的が庚さんを捉えた。
俺は神霊術を行使する。
一瞬で移動して庚さんをお姫様抱っこした。
庚さんは、俺の顔をジロジロ見つめている。
バレたら大変だ……
「すまん、少し眠っててくれ……」
俺は、庚さんの後頭部を『チョン』っと手刀で打ち付ける。
気絶させた庚さんを俺は、倉庫の中の安全そうな場所に運んだ。
下着姿だった為、仕方なく俺のパーカーをかけておく。
裏口から逃げ出そうとしていた『紅の者』らしき人物に追いつき、ボディーに一撃を入れて気絶させる。
女郎蜘蛛の方が手応えがあったな……
服を脱がして拘束しておくと、陽奈が一角鬼と戦い始めていた。
「陽奈、頼むから全力は出すなよ」
「わかってるって~~」
嬉しそうな顔をして、両手剣で一角鬼の攻撃を捌いている。
俺があの一角鬼と戦うはずだったのだが、瑠奈がいないと作戦も何もあったもんじゃない。
俺は、低級邪鬼を相手しながら生き残った見張り1人を拘束していく。
「よっしゃーーっ! 」
陽奈は嬉しそうに一角鬼の腕を斬り飛ばした。
「おーー見事だ。血が吹き出て噴水のようだぞ」
「えへへへ、お兄に褒められちゃった」
一角鬼は、斬り落とされた腕を庇いながら陽奈に襲いかかる。
もう一つの手に纏わり付いている鎖を振るいその鎖が倉庫の壁に当たった。
壁が凹み、大きな音がする。
「そろそろ撤退しないとマズイな……」
こんな大きな音を立ててしまっては、工場地帯とはいえ、不審に思わない者はいないだろう。
「陽奈、そろそろ帰るぞ」
「うん、わかった。仕留める……」
一度でも人を喰らった邪鬼を生かしては置けない。
それが例え元人間でもだ。
陽奈がジャンプして、一角鬼の顔付近に接近する。
そして、剣を振り抜きその首を落とした。
『ボトッ』っと首が落ちた鈍い音がする。
そして、血が吹き上がり、その巨体は大きな音を立てて床に倒れた。
その身体からは黒い妖気が溢れ出て来た。
そして、その妖気は、闇の中に吸い込まれていった。
『ウーーゥーー! 』
パトカーのサイレンの音だ。
「陽奈……」
「うん」
庚さんはここに置いていって問題ないだろう。
あとは、庚家が何とかしてくれるはずだ。
俺と陽奈は、裏口から倉庫に出て、壁を乗り越えてその場から離脱した。