第15話 倉庫での戦闘(2)
庚 絵里香の前には、額に一本の大きな角が生えた真っ黒な身体の鬼がいた。
『うおおおおおお! 』
その真っ黒な鬼は、倉庫が震えるほどの雄叫びをあげた。
「はははは、何という禍々しさ、何という力強さ。これだよ、これ。俺が求めていた力は、わははは。我ら『紅の者』の蔵に眠っていた古文書を解読できたおかげだ。こいつは俺の物だ。見ていろ、今までバカにしてきた連中に一泡吹かせてやる。わはははは」
おっさんは、その鬼を見て、嬉しそうな表情で語る。
「何という事だ……」
これが鬼、今まで討伐してきたものとは全く違う……
「ほら、薬だ。たっぷりとくれてやる。俺の言うことを聞いてさえいればなぁ」
おっさんは、鬼に向かって嬉しそうに話しかける。
鬼も理解したのか、大人しくしていた。
「兄貴、凄いですねぇ。ちゃんと兄貴の言うこと聞いてますぜ」
倉庫にいたおっさんの手下が、震えながら話しかけた。
「わははは。当たり前だ。この為に何人も犠牲にしてこいつに喰わせてやったんだからなぁ」
「何だって……狂ってる。この者達は狂っている」
「剣士の嬢ちゃん。何か言ったか? 今、俺は機嫌がいい。そうだ。嬢ちゃんに最後のチャンスをあげよう。俺は優しいからな」
「最後のチャンス? 」
「おい、剣を持ってきてやれ」
「へい」
おっさんは、そこにいた部下に命じた。
その部下は、奥から庚の剣を持ってきた。
おっさんは、それを受け取り、庚の前に投げる。
「嬢ちゃんに選ばせてやろう。嬢ちゃんが勝てば自由にしてやる。負ければ、嬢ちゃんは、俺達の玩具だ。さあ、どうする? 」
その場にいたおっさん達は、ニヤニヤとイヤらしく笑みを浮かべている。
「勿論、戦う。私は十家の庚家の長女だ。邪鬼を目の前にして黙っているわけにはいかない」
「そうこなくちゃなぁ。わははは。おい、拘束を外してやれ! 抵抗するんじゃねぇぞ。逃げようとしたらこいつがお前を撃ち抜くぜ」
命令された部下は、庚の拘束を解いた。
手には拳銃が握られている。
「さあ、出番だ。あの女を殺さない程度にのしてやれ。褒美は、たくさんくれてやる」
すると、鬼は、更に大きな雄叫びをあげて繋がれた鎖を引き千切った。
庚は、剣を拾い上げ、鞘から刀身を引き出した。
男達は銃を庚に向けている。
この場から逃げればあの銃が庚を襲う。
「さあ、第1ランドと行こうか? 何秒持つかな? わははは」
おっさんの笑い声が倉庫に響き渡った。
それが合図かのように鬼は先程引き千切った鎖を庚に叩きつけた。
『ガッシャッーーン』
大きな音と共に粉塵が舞い上がる。
庚は、剣を構えながらその攻撃を後ろに下がって避けた。
「おーースゲーー!!」
おっさん達は鬼の力強さに歓声を上げた。
庚は、この大きな鬼と対峙して分かった。
鬼から発せられる穢れた妖気が大きくなっていくことを。
「このままでは、こいつは手が付けられなくなる……例え十家でも、敵う相手ではない……」
目の前で対峙してるからこそ理解できる。
庚は、無理とは分かっても襲いかかってくる鬼の両手から繰り出される鎖を避けながら、剣で捌き自分の間合いに入る。
そして、庚流神霊術『無双剣』
庚家に伝わる神霊術の1つ『無双剣』を発動した。
この技は、1振りの剣で数本もの斬撃を浴びせられる剣技だ。
庚家が全盛期の頃、1度の剣の振りで17連撃が可能だったと聞いている。
だが、現在では、庚家当主でも5連撃が最高で、絵里香の場合は、調子が良い時に3連撃しか打ち出せなくなっていた。
それでも、先祖から受け繋いだ剣技である。
その威力は、普通の邪鬼なら相手にならない。
だが……
「な、何故だ……」
1振りで3連撃が打ち放たれた。
庚 絵里香の全力だった。
鬼を直接斬り裂いた感触がある。
だが、その鬼は、無傷だった。
◇
~少し前の事~
倉庫を見渡せる土手の上で、倉庫から大きな雄叫びと振動を感じた。
「お兄、これって……」
「久々の上級みたいだな」
「私やりたい。お兄、代わってよ~~」
「今回は、庚 絵里香に邪鬼討伐を諦めさせるという目的もある。変更はナシだ」
「そんなぁ~~つまんない。つまんないーー! 」
上級邪鬼でも陽奈なら問題なく討伐できる。
俺が心配してるのは陽奈がやり過ぎて周辺を破壊し尽くしてしまうのではないかという事だけだ。
「陽奈、今度の休みに高級レストランで食事を奢ってあげよう。お肉なんかものすごーーく柔らかくて口の中で溶けちゃう程だ。美味しいぞーー」
「うん、分かった。私、見張りをやっつけるね」
即答だった。
これは決して餌付けではない。
教育だ……そう、絶対……多分……
「じゃあ、行きますか」
陽奈の締まらない出陣の合図で、俺達は動き出した。
◇
一般人相手なら神霊術を使わなくとも気配を消すだけで相手に近寄れる。俺は、裏口を見張っていた2人に近づき気絶させた。
気絶した2人の服を脱がしてパンツ一丁にして、拘束する。
服の中のナイフや拘束を解く可能性がある金属を取り除く為と、服の上から縛ることで服の厚みによって拘束が緩む可能性を排除する為だ。
肌に直接食い込むように縛りあげれば抜け出す事は出来ない。
服の中から拳銃2丁と弾薬が見つかった。
ポケットと足の脛脇部分にナイフも仕込んであった。
スマホの電源は落としておく。
さて、陽奈はどうしたかな?
~~~
陽奈は、散歩する中学生を演じていた。
(お兄のように気配消して速攻で気絶させてもつまんないしね~~)
逃げ出した猫を探している、か弱い? 女子中学生の設定だ。
「猫いないなぁ~~ニイニイ、ニイニイどこ行ったの? 」
そう倉庫の前で声をあげてると、見張りの1人がニタニタしながら近づいてきた。
「何、ガキがこんなとこ彷徨いてんだあ? はあ? 」
「飼ってる猫が居なくなっちゃったの? お兄さん、見かけなかった? 」
甘えるような顔で見張りの男性を下から覗き込む陽奈に、見張り役の20代前後の男は『ゴクリッ』と唾を飲み込んだ。
「そうか、猫を探してたのか、そう言えば倉庫の方で見かけたなあ。ニャーとかヒューとか鳴いてたぞ」
見張りの男は、陽奈の可愛らしさに負けたようだ。
あわよくば、手篭めにしようと思ったのだろう。
「それ、きっとニイニイだあ。お兄さん、案内して。お願い」
ウルウルした瞳を輝かせて甘えるようにそう言うと、案の定、見張りの男は食い付いてきた。
「構わねーが、タダって訳にはいかねぇなぁ。俺も仕事があるしなあ」
「お金、そんなに持ってないよ~~」
「お金じゃなくっても、お前ならいろいろ支払う事が出来るぜ。何なら俺が教えてやろうか? 」
「本当? ありがとう。お兄さん」
「じゃあ、こっち来な」
その見張りの後をトボトボと付いていく陽奈は、猫を探すフリをしながら見張りの様子を伺っていた。
すると、少し年上の見張り役が、
「ヤス、何ガキ連れ込んでんだよ。今は、ダメだぞ」
「ああ、分かってますって。もうすぐ終わり見てぇだから、その後でちょっとつまむだけですよ」
男の返事で年上の男は陽奈の容姿を確認した。
「ほぉ~~あとで俺にも回せよ」
「分かってますって……おい、こっちだ。こっちで猫の鳴き声がしたんだ」
倉庫の裏手に回る建物の影に、その見張りは手を振りながら陽奈に合図していた。
見張りの数は、5人。
今は、全て陽奈の間合いだ。
(男って本当バカだよね~~こんな夜遅く普通の女子中学生が人気の無い場所に来るわけないのにね~~)
「あ~~あ、飽きちゃった。こんな簡単なのつまんない」
そう言うや否や、陽奈は、直ぐ近くにいた男の首に蹴りを入れる。
「1人……」
速攻でもう1人の男に回転して手刀を喉に撃ち込む。
「2人……」
ダッシュで移動してジャンプし蹴りを顎にクリーンヒットさせる。
「3人……」
ここで見張りがやっと陽奈の様子に気付く。
胸に手を入れる間際に陽奈の拳がボディに食い込んだ。
「4人……」
残りは、さっきの若い男だ。
青い顔をしいる。
一瞬の出来事で理解が追いつかないようだ。
慌てた様子で拳銃を取り出そうとした時、陽奈は既にその男の懐に入っていた。
見上げるようにその男に
「ねぇ、何を教えてくれようとしたの? 」
「お、お、お前は、何だ? 」
陽奈にイタズラしようとしていた、先程の余裕は微塵も感じられない。
「はい、時間切れ~~」
陽奈の拳がその男の顎を砕いた。
「1人ずつ拘束するなんて面倒だなぁ~~そうだ! 」
そこには、パンツ一丁になった5人の男が肌と肌を密着してまとまって縛り上げられていた。
「こうやって男同士で遊んでればいいんだよ。うぇ~~気持ち悪そう~~」
その後で、陽奈は、倉庫の扉をそっと開けた。
建物の中が何だか騒がしい。
「あっつ! 猫さんのお面被らなきゃ~~」
そう陽奈は呟いた。