42:未来(最終話)
異世界に飛ばされる、なんていう普通じゃあり得ない体験をしてからもう7年が経った。
私は、といえばあれから教育大へ進学し教員免許を取得。
小学校の教師として働き始めた。
それなりに多忙で充実した毎日を送っている。
「瑞樹先生、今日は皆でご飯食べに行くんですけど。ご一緒しませんか?」
「あ…ごめんなさい!今日はちょっと先約が…」
「そうなんですか?残念です…」
「また次の機会によろしくお願いします。」
「絶対ですよ?」
同僚にも上司にも恵まれ、幸せものだと思う。
出て行く背中を見送ってから、私は急いで帰る支度を始めた。
鞄を抱えて、校門まで辿りつくと不意にクラクションが鳴らされた。
黒いワンボックスカーが停車しているのを見つけ小走りに駆け寄る。
「キヨ君!」
「お疲れさま。さ、早く乗って?」
いそいそと車に乗り込む。
私がシートベルトをするのと同時に車が動き出した。
「わざわざありがとね」
「俺が早く瑞樹に会いたかっただけ。」
「…キヨ君…」
「そんな顔すんなって。」
その言葉に胸が痛んだ。
私は、キヨ君を選べなかったから…
「来月だよな?」
「うん…」
「楽しみだな。瑞樹の花嫁姿。」
おどけて見せるキヨ君に、私も笑った。
そうしなければ泣いてしまいそうだったから。
辛いわけじゃない。
考えて考えて、考え抜いて。
それで私は彼を選んだ。
だから後悔は無いはずなのに。
それでもこの笑顔を見る度、胸が締め付けられる。
「まただ。」
「え…?」
「また、そんな顔してる。」
キヨ君が苦笑った。
「笑って?」
「笑ってるよ…」
「心から、だよ。」
見透かされる。
心から笑うことの出来ない私を。
知らず噛み締めていた唇をキヨ君の指がゆっくりなぞった。
「俺は良かったと、思ってる…」
「……」
「お前が選んだのが狩谷で…心から祝福してるよ。だから、もう悩まないで。」
「キヨ君…」
「幸せにな。」
指先が離れる。
ただ「ありがとう」と。
戻ってきたあの日のように私は呟き続けた。
「葱と…鶏肉と…」
「椎茸!あとは、マロニ-!」
「酒は?酒がねぇと盛り上がらねぇぞ?」
「あ!忘れてた!」
男前に分類されるだろう4人の男がスーパーマーケットで買い物をする姿は主婦の視線を集めていた。
そんな視線を気にしているのは一人だけ。
「お前ら…もう少し周りの視線を…」
「つれねぇ事言うなよ。久々に集まったんだ。楽しくやろうぜ?」
「お前は本当に良い性格してるな…」
「直。うどんも。」
「うん!やっぱ〆はうどんだよね!」
「聞き捨てならねぇな。〆はやっぱ米だろうが!」
「はぁ…」
溜め息を吐き出す。
それでも嫌な感じはしなくて、狩谷はこっそりと笑った。
それは偶然だった。
異世界から戻ってすぐ、水無瀬は狩谷達の前から姿を消した。
高校にも既に退学届が出されており、居所の検討もつかない状態だった。
そのまま5年という月日が流れ、諦めが頭をよぎっていた時。
意外な人物が狩谷の前に現れたのだ。
『よぅ』
『霧、矢…?』
『覚えてたか…』
風貌は変わっていたが、見間違う筈がない。
身構えた狩谷に、霧矢は薄く笑った。
『何もしねぇよ。もうお前は俺のライバルじゃないしな。』
『どういう意味だ…?』
『晋を俺のものに出来た…って事だよ』
『晋は…お前と居るのか…?』
ニヤリと霧矢が笑う。
『どうだかな…ッ!?』
『何、恰好つけてンだよ!』
ゴスッ、と鈍い音が響く。
霧矢に肘鉄を食らわせて、そこに現れたのはあの当時より幾分背が伸びた水無瀬だった。
『あ…』
『晋…』
狩谷の姿を認めると、気まずそうに水無瀬は顔をしかめる。
そして『ちょっと外せ、』と霧矢を追い払うと改めて狩谷に向かい合った。
『ぁー…見つかっちまったな…』
『…霧矢と居るのか…?』
『まぁな…』
歯切れの悪い言い方をする水無瀬に、狩谷は拳を握りしめた。
そしてその拳を振り上げて水無瀬へ叩き付けた。
そんなに速いスピードではない。
水無瀬なら避けられないはずは無かった。
しかし水無瀬は微動だにせずその拳を頬で受けたのだ。
『って…、』
『これで、チャラにしてやるよ…』
『ヒロ…』
『だから、戻って来い…もう、勝手に消えるな…』
切れた唇から血が伝う。
狩谷の言葉が水無瀬の胸を締め付ける。
結局の所、何も変わらない。
どれだけ離れても、傷付けても。
狩谷は変わらず接してくれる。
それを素直に受け入れられなかった過去の自分は子供だったのだな、と改めて水無瀬は思った。
しかし、今は違う。
あれから過ぎた5年という月日は無駄ではなかった。
今なら素直に言葉に出来る。
『俺は、お前を選べない…』
『お前なあ…二度もフるなよ…』
『でも…どう考えたってお前は俺にとって大事な存在なんだ…だから、もう二度と黙って消えるな…』
『ヒロ…ありがとな…』
水無瀬が狩谷の腕を引く。
そしてあの頃より幾分背の伸びた身体をきつく抱き締めた。
『これで、最期にするから…』
『…あぁ、』
5歳の頃出会った。
そして互いの想いはすれ違い続けた。
でも今ようやく通じ合えた気がした。
『シン…』
『やっぱ、俺恋人とかじゃなくて良いから…お前の近くに居たい…』
『そうすればいい…』
『ヒロ…が、俺の名前を呼んでくれればそれで良い。』
『呼ぶよ…何時までも。』
(俺が呼ぶ。シンが辛いとき、俺がシンの名前を呼ぶから!だから、笑っててよ。シン!)
「変わらねぇ、な…お前は…」
「そうか…?」
「お前が、幼馴染で良かった…」
何時の間にかカートをを押していた狩谷の横に水無瀬が並ぶ。
手が狩谷の首元へ伸びて、古びたチョーカーをそっと掬い上げた。
「これ、持っててくれたんだな…」
「…ああ」
「嫌な思い出ばっかだったけど、あんなでも唯一の母親だしな…」
「返すか?母親から、貰ったんだろ…?」
「いや…良い。持っとけよ。」
水無瀬の指が離れる。
「そうすりゃ、嫌な記憶が消える…だから、持っててくれ。」
「…おう。」
立ち止まっている2人を訝しげに直が振り返る。
「何やってんのー?会計するよー!」
「悪い!直ぐ行く!」
大袈裟な仕草で自分達を呼ぶ直を見て、水無瀬が小さく『アイツ幾つだよ』と呟いた。
盗み見た横顔はとても穏やかに微笑んでいて。
狩谷も釣られるように笑った。
「お、出てきたな。」
「すっごい荷物…!買いすぎじゃない?」
「あ!蓮ちゃん、岡野君!」
「15人分だからな。アイツらも来るらしい。」
「岡野!重いんだから早く車の後開けろよ!」
「ちょ、晋!卵入ってんだからあんまり振り回すな!」
とても、幸せだと感じる。
優しく、強く、そして暖かい。
そんな5人と出会えた事が。
そして新しく増えた仲間達。
敵として争った6人、利用され傷付けられた3匹の妖怪も今は解り合う事が出来た。
誰も居なかった私の周りに今はこんなに人が居る。
それがとても嬉しい。
だからこれからも歩いていけるのだ。
ただ真っ直ぐ、前だけを見て。




