41:帰還
BL表現少しアリ
明るい光が顔を照らす。
眩しさに顔を思わず顰める。
ゆっくりと重い瞼を持ち上げていくと、真っ白な天井が視界に入った。
「ここ、は…?」
「森波総合病院。」
「…?」
独り言のつもりで呟いた言葉に返事が返ってきた事に驚きながらも、瑞樹は緩慢な動作で首を横に向けた。
そして、視界に映ったその姿に思わず身を起こす。
「!」
「お目覚め…?」
「凛子…さん!?」
「そうよ…覚えているみたいね…」
驚く瑞樹を尻目に、凛子は淡々と状況を説明していった。
瑞樹を含む白星の6人は森波第一高校のグラウンドで、凛子を含む黒星の6人は森波公園でそれぞれ発見されたらしい。
全員目立った外傷は無かったが、総じて意識を失っておりこの病院へ搬送されたようなのだ。
「じゃあ…皆は…」
「無事よ。まだ意識を失っている人もいるけれど命に別状は無いらしいわ。」
「…良かったぁ…」
力が抜け、瑞樹は再びベッドへと沈み込む。
その姿に凛子はくすり、と微笑んだ。
「アナタのお陰。」
「私は何も…」
「アナタは最期まで諦めなかった。こうやって元の世界に戻ること…私は正直諦めていたから…」
「凛子さん…」
「だから、ありがとう。」
凛子がふわりと微笑む。
出遭った時の様な殺伐とした雰囲気は無く、その姿はただの女子高生だった。
瑞樹も釣られるように微笑んだ。
「そう言えば、アナタの学校の男の子たち。306・305号室にいるらしいわ。」
「306と305だね!私行ってみる!」
「えぇ。気をつけて。」
ベッドから飛び降りると瑞樹は病室を飛び出した。
逸る気持ちを抑えきれず思わず小走りになる。
同じフロアにその病室は有り、直ぐに辿り付いた。
305には岡野と狩谷の名前。
ノックをする暇すら惜しくて、瑞樹は勢い良く305号室のドアを開けた。
「瑞樹!」
「目、覚めたのか!」
「キヨ君…ヒロ君!!」
2人は窓際のベッドに並んで腰掛けていた。
その姿を認識した途端、安堵に瑞樹の涙腺が緩む。
二人の下へ駆け寄ると手を広げ2人に勢い良く抱きついた。
「無事でよかった…!」
「お前こそ…」
「皆が護ってくれたお陰だよ…」
「俺達、瑞樹の守護者だしな。」
ぎゅうぎゅうと抱きついてくる瑞樹の背中を優しく撫でると岡野はスッと立ち上がった。
「キヨ君…?」
「俺、ちょっとジュース買ってくるわ。ゆっくり話せよ。」
「岡野!」
岡野は振り返ると首を横に振って狩谷の言葉を制した。
狩谷もその行動の意味を悟り小さく頷いた。
出て行く岡野の背中を見送ってから狩谷は口を開いた。
「瑞樹…覚えてるか?」
「ヒロ君…」
「無事にもとの世界に戻れたら言いたい事があるって…」
「うん…」
瑞樹が顔を上げる。
そして視線がしっかりと重なった。
其処に気まずさや恥ずかしさは無く、ただ純然と2人は見詰め合う。
「私も…聞きたいと思ってた…」
「そっか」
瑞樹の頭にあった手はゆっくりと滑り、肩を掴む。
肩に触れる手は熱く、それだけで狩谷の緊張を物語っていた。
そして不意に沈黙は破られる。
「瑞樹…」
「俺は、お前の事が…好きだ。」
狩谷の告白を、目を逸らさずしっかりと受け止める。
そしてゆっくりと口を開いた。
「嬉しい…ありがとう、ヒロ君…」
「…前にも言ったけどお前を困らすつもりは無い…でも、もう遠慮もしたくない。」
「…ヒロ君」
「お前を好きな事、偽りたくないから…」
漆黒の瞳に見詰められ、瑞樹の胸は痛いほど脈打つ。
暫く沈黙が続き、ふと狩谷の視線が瑞樹から離れた。
「そこまで。あんま良い雰囲気なるなよなぁ…」
「キヨ君…!」
「妬けるじゃん、」
ポン、と瑞樹の頭に手が乗せられる。
釣られるように振り返ると、柔らかく微笑む岡野と目が合った。
「邪魔すんなよ、良い感じだったのに」
「するよ。俺だって瑞樹の事好きなんだからさ。」
「ま、気持ちはちゃんと伝えたから良しとするか…」
「これで、同じ立場だな。」
「俺に自覚させたこと、後悔すんなよ?」
「しないよ。負ける気も無いしな」
笑顔で軽口を叩き合う二人を見上げ、瑞樹は思わず笑った。
そんな瑞樹を訝しげに二人は見下ろす。
「瑞樹?」
「何か、二人とも前より仲良くなったみたい」
「…そう、かもな」
岡野が笑う。
それに釣られるかのように狩谷も笑った。
今までお互いがお互いの行動に遠慮してきた。
しかし、それが取り払われたことで二人の心は何処か穏やかだった。
例えライバルになるとしても、親友であることには変わり無いのだから。
「何時かで良い。何時かお前が俺達の内どちらかを愛せると思ったら、その時選んでくれ。」
「勿論、俺達じゃない他の誰かを好きになったらそれはそれで良いんだ。」
「あぁ。瑞樹が…一番幸せになれると思う道を進んでくれれば良いから。」
優しい言葉に堪えていた涙が溢れ出す。
瑞樹は手で零れてくる雫を必死に拭いながら、何度も『ありがとう』と呟いた。
2人は何も言う事無く、ずっと泣きじゃくる瑞樹の頭を撫で続けた。
―――その頃、306号室。
「ん…」
「直…!」
優しく梳かれる前髪。
ぼんやりとした視界に、心配そうに眉を顰める北森の姿が映った。
名を呼ばれ意識が段々しっかりしてくると、漸く自分が病院のベッドに寝かされているのだと気がついた。
「と…る?」
「…良かった…」
「あれ?此処…今までのが、夢?」
もぞもぞと布団の中から手を出して、直は目の前にいる幼馴染の頬に手を伸ばす。
確かに自分は、この幼馴染の前で死んだはずなのに。
直の疑問に応えるかのように北森は首を横に振った。
そして伸ばされた手をそっと握り締める。
「夢じゃ、ない…でも、戻ってきたんだ。」
「じゃ、此処は元の世界…?」
「あぁ。」
「そっか…良かったぁ…」
ふわり、と直が笑う。
北森の胸がツキリと痛んだ。
あんなにも苦しめたというのに、未だ直は自分に微笑みを向けてくれる。
それが北森にとって苦痛だった。
泣いて喚いて責め立ててくれれば、少しは救われるのに。
「透…後悔してるの?」
「少し、な。俺はこの世界に戻ってくるべきじゃなかったのかもしれない…」
言い終わるとほぼ同時に、直の指が北森の頬を抓った。
「まだ、そんな事言うの?」
「直…」
「僕と、最期まで一緒に居てくれるんでしょ…?」
「あぁ…」
「じゃあ何も迷う必要ない。後悔だっていらない。今、透は僕の隣に居る。それ以上に何があるのさ?」
北森自身、ずっと負い目を感じてきていた。
凪を庇い迫害を受けていた自分の父は、一度だって凪の事を責めたりはしなかった。
母親がそれに耐え切れず出て行った時も。
北森が同級生に妖怪の仲間だと、虐められた時も。
凪ではなく自らの無力さを何時も嘆いていた。
凪が封印されていた祠に向かって毎日『ごめんな』と謝り続けていた。
ふ、と糸が切れたかのように自ら命を絶った父を見て。
心の何処かでほっとしていたのだ。
あれ以上に、父が苦しむ様をもう見なくて済むのだから。
凪が蘇った時。
父の言葉が呪縛となり北森を縛り付けた。
悟が繰り返していた『ごめんな』という言葉。
それは何時しか北森の心の奥に染み付き、凪を父の代わりに助けたいと思うようになっていった。
―― 悟の、子ですか…?
―― あぁ。
―― 悟は…?
―― 死んだ…
―― そう、ですか…
―― ごめんな…
出会った時。
思わず北森は凪に呟いていた。
父の身代わりの様に何度も謝罪の言葉を。
凪はただ静かにその言葉を聴き、最期に呟いた。
―― 貴方は悟じゃない…でも悟の心を持っている…それが心苦しい…
それが何を意味するのか、その当時の北森には分からなかった。
しかし今なら分かる気がした。
「俺は、透でありながら悟でもあったんだ…」
「透…?」
「親父の言葉を聴いているうちに、俺は何時しか親父と同じ心を持った…」
悟の無念が北森に宿り、凪の復讐へ手を貸す道を選ぶ。
透でありながら悟として、凪と共に行動する。
それがきっと凪は苦しかったのだろう。
凪は悟の事をただ純粋に好きで巻き込みたくないと思っていたから。
だから北森の心を壊してしまおうと考えたのだ。
直という人質を取って。
そうしなければ凪自身が壊れてしまうから。
しかし、北森の心は壊れなかった。
北森透にとって、仙崎直という存在が全てであったから。
心なく行われた迫害は、やはり幼い北森にとっては耐え難かった。
父も母も自らのことで手一杯で北森に気を配る事も無かった為、一人でそれにじっと耐えていたのだ。
何時しか、北森からは表情が消え感情すらも失いかけていた。
そんな時現れたのが、父親の転勤の都合で引越してきた直だったのだ。
『一人?』
『……』
『じゃあ一緒に遊ぼう!』
直の明るさや無邪気さ、素直さは頑なになっていた北森の心を徐々に解していった。
そしてその存在を失いたくないと強く思うまでそんなに時間はかからなかった。
直は北森にとって、光でありかけがえのない存在となった。
「やっぱり…親父と俺は違う…」
「そうだよ!透は透なんだから…」
「あぁ。俺にはお前が居る…それだけで、良かったんだ。何を…足掻いていたんだろうな…」
北森の腕が伸ばされ、直の体が引き寄せられる。
「悩む前に…こうしとけばよかった…」
「透…」
「好きだ…」
直が抱き締め返そうと腕を伸ばしたその時…
「あー、もう!うぜぇ!!」
隣のベッドでがばりと水無瀬が身を起こした。
2人は慌てて身体を離す。
「寝たフリしてたけどもう限界だ。てめぇら、それは失恋した俺へのあてつけか?」
「そういうわけじゃ…」
「え!?水無瀬君失恋したの??」
否定しようとした北森に被って、直が驚きの声を上げる。
水無瀬の視線がゆっくりと直へ向く。
そして勢い良く立ち上がると、直のこめかみに拳骨を両側から押し当てた。
「いたたたたたた!!痛い痛いッ!!」
「てめぇ、よくも傷心の俺にそんな事聞けるよなぁ?」
「自分で失恋て言ったじゃん!!っていうか誰が傷心!?全然元気じゃん!!」
「うっせ。今俺の心はズタズタに傷ついてんだよ。」
ぐりぐりと直のこめかみを一頻り締め上げると、漸く満足したのか水無瀬はその手を下ろした。
痛みから解放された直は既に涙目だ。
恨めしげに水無瀬の顔を見上げる。
「酷い…」
「酷いのはどっちだ…おい、北森。コイツちゃんと躾けとけよ。」
「…悪気は、無いから。」
「悪気が無いのが性質悪いってんだよ…」
溜息を吐き出すと水無瀬は立ち上がった。
その姿に違和感を覚える。
水無瀬は病衣では無く、制服を着ていたのだ。
そして水無瀬のベッドの周りにはもう何も無い。
そのまま出て行こうとする水無瀬の制服の裾を、直は思わず掴んでいた。
「何処…行くの?」
「煙草。」
「嘘だ…」
もう一度、深い溜息を水無瀬が吐き出した。
そして苦笑いをその顔に浮かべる。
「こんな時だけ、マジで勘が良いよな…」
「居なくなる気でしょ…」
「まーな。」
「何で!?そんないきなり…」
つい、と水無瀬は視線を逸らす。
そして直の手をそっと振り払った。
「いきなりでもねぇよ。これは俺自身が決めてた事だ。」
「決めてた…?」
「裕之にこれ以上迷惑かける訳にはいかねぇからな。」
「だが、狩谷がそんな事思うとは…」
北森の言葉を水無瀬は首を振って遮る。
「分かってる。」
何年か振りに狩谷と言葉を交わして水無瀬は思った。
その存在は昔と変わらず優しく穏やかなものだ、と。
このまま傍に居続ければ、だらだらと依存してしまうような気がした。
「ヒロは優しいから、な。俺が一生付きまとっても文句言わねぇよ。」
「…」
「それに甘えちまうのが嫌なんだ…だから、これは俺の意地。」
ドアに手を掛ける。
そこで漸く、水無瀬が振り返った。
泣きそうになっている直の表情を見て戸惑う。
「んな顔すんなよ。らしくねぇ…」
「だって…!友達だから…」
「…ダチ、か。」
今まで独りで生きてきた。
だから、今更独りに戻ることなんて水無瀬にとって何でも無いことの筈だった。
なのに、直の言葉に胸が痛む。
彼らと離れ難いと、思ってしまう自分に心の中で苦笑した。
「ま、悪くはねぇな…」
「…また、会えるよね?」
「さーな。お前らがそう望んでくれるなら会えるんじゃね?」
「望んでる、ずっとだ…」
「なら、会えるかもな。」
白いドアを開く。
もう一度だけ2人を振り返り、水無瀬は優しく笑った。
そして今度こそ背を向けると部屋から出て行った。
「ホントに行っちゃった…」
「…あぁ…」
「良かった、のかな?」
直の問いに北森は首を振った。
「分からない…ただ、離れるという決断をするのはきっと簡単じゃ無かった筈だ…」
「うん…」
「それでも、その決断をしたんだから、もう俺達が立ち入れる事じゃない」
「そう…だよね、」
「それに、もう会えない訳じゃない…」
頷く直の頭を撫でながら、北森はそっと微笑んだ。
直もそれに笑顔で返す。
感じていた悩みが、それだけで少し薄らいだ気がした。
もう会えない訳じゃない。
例え今は離れていたとしても、何時かまた必ず出会える。
前を向いて歩いてさえすれば、必ず…
「直くん、北森くん…入るね?」
「蓮ちゃん…」
「あれ…?水無瀬君は…?」
今は、辛いけれど…
きっと。
「水無瀬なら煙草を吸いに行った」
「そっか。じゃあ帰ってくるの待ってなきゃね。」
「うん。ずっと…待ってようね…」
きっと何時かまた。
笑い合える日が来る事を祈って。




