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FIVE  作者: AkIrA
34/42

34:黒幕

怜王の姿が消えてからも狩谷はずっと考えていた。

あの言葉が全部本当だとすれば。




「ん…、ヒロ…君?」

「瑞樹…」



その声で狩谷は我に返る。

視線を下ろすと、目を覚ました瑞樹が不思議そうに狩谷の顔を見上げていた。

何も言わず、狩谷はその身体をきつく抱き締める。


真実を告げるべきか戸惑う。

それを瑞樹に伝えてどうなるというのか。




「どうしたの?」

「何でも…無い。もう少しだけ…このままで…」

「ん…」




狩谷の様子がおかしい事に気付かないほど瑞樹も鈍くは無い。

何も言ってこないのは狩谷なりの理由があってこそのことだろうと瑞樹は思う。

だから何も問うことはせず、その腕の中で大人しくしていた。

不意に狩谷が言葉を発した。




「なぁ…」

「何?」

「北森は…何処に居る?」

「北森君なら、蒼さんと翡翠さんと一緒に書庫に行ったよ?」

「そうか…」




瑞樹から身体を離すと狩谷は立ち上がった。

その姿を瑞樹が目で追う。




「ちょっと、北森んトコ行って来るわ。お前は仙崎連れて、晋の部屋に行ってろ。」

「危ないこと…しないよね…?」

「北森たちと調べものしたいだけだよ。何心配してんだ…」




優しく笑うと、狩谷は瑞樹の頭を撫でた。

しかし瑞樹の表情は晴れないままだ。





「私も一緒に行きたい。」

「お前が来るまでも無いって…」

「そうやって!」




瑞樹が声を荒げる。

見上げてくる表情は悲痛に満ちていて、狩谷は思わず視線を逸らせた。




「そうやって…ヒロ君は一人で辛い想いをするの…?」

「書庫に行くくらいで大袈裟だな…」

「気付いて無いんだね…」




瑞樹の指先が狩谷の頬に触れる。

びくり、と狩谷は身体を竦ませた。




「ヒロ君は…嘘吐くの下手なんだよ。」

「…」

「嘘、吐かなくて良い…って私に言ってくれたの、ヒロ君だよ…」





狩谷が何をしようとしているのか、今の瑞樹には分からない。

それでも狩谷の表情から、きっと良くないことなのだろうということは容易に想像がついた。


今、この手を離せばきっと自分は後悔する。

瑞樹は狩谷の手を強く握った。





「…泣けない時、何時もヒロ君が私の手を引いてくれたよね…」

「瑞樹…」

「だから私も、この手を離さない。」





瑞樹のその言葉を嬉しく思う反面、素直にその言葉に頷けない自分も居る。


一緒に来てしまえば、必ずショックを受けるだろうから…

また、彼女を泣かせてしまうかもしれないから…


狩谷は俯いて、唇を噛む。

唇が切れ血が一筋、その顎を伝った。





「もう、泣かないよ。」

「…無理する必要は無いんだ。お前が白星で在らなければならない必要だって無い…」




狩谷の言葉に瑞樹が笑う。

その笑顔だけで、自分の不安など吹き飛ばされるような感覚すら覚える。




「私は自分の事、白星だなんて思ったこと無い。」

「瑞…」

「私が皆を護りたいの…」




自分が躍起になって瑞樹を護りたいと思った気持ち。

それは彼女も同じだったのだ、と狩谷は初めて気付いた。


白星だから。

女だから。

大切な人間だから。


だから自分の身を切り刻んででも護りたいと思っていた。

それすら自分の驕りだということすら気付かずに。

傷を負うたびに治してくれていた人物こそが瑞樹であったのに。




戸惑いはもう消えていた。





「そう、だよな…お前を護りたい、なんて俺の思い上がりだ…」

「ヒロ君…」

「…行こう。」

「うん!」




差し出された手を瑞樹は取る。

自分のものより一回り以上大きな手。

繋がれた部分から温もりが伝わる。




「お前がどんだけ傷ついても、絶対支えてやるから。」




それだけ呟くと、狩谷は瑞樹の手を引いたまま書庫へと向かった。

残酷な現実を見据えるために。































































「どう?」

「中々、面白い展開になってきたよね?」




色違いの瞳が見つめてくる。

甘えるように擦り寄ってきたその頭を軽く撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。

そこは幾ら人の形をしてようと『狐』のままだ、と北森は思った。




「透兄、こっち来るよ。」

「誰?」

「この波動は、カリヤとミズキだね…」




翡翠が目を閉じながら返事を返す。

その名前を聞いて、北森の眉間に僅かに皺が寄った。

それを見て蒼が面白そうに下から覗き込んでくる。




「あれ?透兄、ちょっと迷ってる?」

「煩い…」

「珍しいじゃん。そんな風に表情崩すなんて、さ。」

「気のせいだ。それよりアイツらは?」




再び表情を消し、北森は踵を返す。




「ちゃんと捕まえてるよ。幾らアイツらが強いからって、俺達2人の結界には手も足も出ない。」

「瑞樹と狩谷は俺が此処で迎える。約束は護れよ…」

「了解!じゃ、頑張ってね!」




その言葉を最後に翡翠と蒼はその場から消えた。

残された北森は扉を睨む。

引き戸がガタリ、と音を立てた。





「来たか…」





ドアが開き、二人が入ってくる。

耳が痛いほどに静かな空間。



最初に口を開いたのは北森だった。





「何しに来た…?」

「黒幕を、暴きに。」




狩谷が淀みなく答える。

北森と対峙することに対しての驚きは無いようだった。





「黒幕、か。」

「アンタの師匠…凪さんだろ?この世界を創ったのは。」




北森の目に変化が現れる。

その瞳孔は縦長に、瞳の色は金色に変わったのだ。

それは彼が人外の存在であるということを強調していた。




「だと、したら?」

「凪さんに会わせろ。そしてこの世界から俺達を出して欲しい。」

「悪いが、出来ない。」

「どうして!」




そこで瑞樹が初めて口を開いた。

目は真っ直ぐに北森を見つめている。




「何で…北森君!直君の事はどうでも良いの?」

「……ぃ」

「さっき言ってたじゃない!直君の傍に居たいって…」

「煩い!」




北森の目が見開かれる。

それだけで衝撃波が巻き起こり、瑞樹の身体は壁に飛ばされる。

しかし瑞樹が壁に衝突するよりも早く狩谷が水を呼び出した。

壁の前に創られた水の膜が瑞樹の体を優しく受け止め、衝撃を吸収する。




「わかんねぇな…何でこんな回りくどい事したんだ…?」

「お前らが知る必要は無い。全て師匠の意のままにしただけの事だ。」

「凪さんの意思、な…。お前は、どうしたいんだ?」

「俺は師匠に言われたとおりにするだけだ。感情なんて無い。」





その変貌に瑞樹は戸惑う。

さっき言葉を交わした北森とはまるで別人のようで。





「北森君が言ってた事は…全部嘘、だったの?」




直を大切だ、と語っていた横顔も。

ありがとう、と言ってくれた笑顔も。

全てが偽りだったというのだろうか。




瑞樹は愕然とした想いで、目の前に立つ北森を見上げた。

その表情に全くと言って良いほど生気は無かった。





「その方が…お前たち人間は騙しやすい。」





狩谷が壁を殴りつける。

鋭い音が静かな空間に響いた。

手加減無く壁にぶつけられたその拳からは血が滲んでいた。




「お前の…仲間って言葉、嬉しかった…」

「戯言だ…」

「敵、と見なすしか無いのか?」

「その方がお前達の為だ…」




北森の身体が金色の炎に包まれる。

その炎は本気で自分たちを殺そうとしている。

肌が焼けつくような痛みに狩谷は顔をしかめた。




「瑞樹…下がってろ…」

「嫌だよ…私も戦う…」




ここで狩谷一人戦わせれば、まるで自分だけ逃げているみたいで。

瑞樹は一歩踏み出し、狩谷の横に並んだ。




「巻き込まない保障はねぇぞ…?」

「うん。分かってる。」




幾ら言っても聞かないだろう、と狩谷は軽く溜息を吐き出した。

そして先程、怜王相手にした時の様に強く念じる。

蒼い炎が再びその身体を覆った。




「…此処に来て随分強くなったな」

「ふざけんなよ…俺よか何倍も力在るくせにそういう言い方は嫌味にしか聞こえねぇ。」

「それに気付けるのも、お前が成長した証拠だ。」




北森の身を包む金色の炎。

立っているだけでもその力の差がありありと分かった。

恐らくそれでも北森は力を抑えているのだろう。




「さっきみたいに命を燃やしてみるか?」

「…」

「そんな事をすれば…今度こそお前は死ぬけどな。」

「それしか方法がねぇなら…やってやるよ!」

「駄目!!」




瑞樹が狩谷を止める。

その身体は淡く白い炎で薄っすらと覆われていた。

有無を言わせない瑞樹の視線に狩谷は手を下ろした。

それを確認すると、瑞樹の目は北森へと向けられる。




「死なせない…」

「…」

「誰も死なせない!」




強くは決して無い。

それでも瑞樹の発した光が波動となって空間を満たしていく。

次の瞬間、北森は身体から力が抜けていくのを感じた。




「私は…信じてるよ…北森君が言った言葉…」

「…」

「だから、悲しい事…言わないで…」




瑞樹は懇願するように声を搾り出した。

北森の目が僅かに細められる。

何かを考え込むかのように視線が泳ぐ。

そして暫く逡巡した後、視線が再び瑞樹へと戻った。

その瞬間、自分の力が何かに押し返されるような反発感が瑞樹の身体に伝わる。




「お前が、そうしたいならすれば良い…」

「…っ、」

「お前が選ぶ選択肢が『死』のみになるだけだ」




襲い掛かる圧力に負けないように、瑞樹は足に力をこめた。

それでもじりじりと身体が自らの意思に反して後方へと吹き飛ばされそうになる。

その時、ふわりと暖かい感触が瑞樹の背に当たった。




「今の、もう少し頑張れるか…?」




耳元で響く声。

振り返って確認せずとも、自分が狩谷に支えられているのだと瑞樹は分かった。


護るべき存在、としてでなく。

共に戦う存在として認めてくれているかのような狩谷の言葉が嬉しかった。

瑞樹は思わず零れそうになる涙を堪えると、力強く頷いた。






「勿論!」

「行くぞ…!」






瑞樹が再び構えるのと同時に狩谷が前へ飛び出した。

瑞樹によって抑えられているとはいえ、北森の力は恐らくまだ狩谷より上だろう。

それでも立ち止まったり、迷ったりするような暇は無かった。

自分の持てる力を全て吐き出し、それを拳へと溜める。


飛び出した勢いそのままに狩谷は北森を正面から殴りつけた。

狩谷の拳は北森の左手によって受けられている。

しかし狩谷は怯むことなく、そのまま拳を力尽くで押し込み横に跳ね上げた。


僅かに崩れる北森の重心。

その隙を狙い定めて、狩谷は反対側の肘を北森のこめかみに叩き込んだ。

骨と骨がぶつかり合い、皮膚が裂ける。

真っ赤な鮮血が地面へ散った。





「瑞樹…お前の力は確かに厄介だな…」

「…不死身かよ…」

「傷を癒す力…といっても元を正せば反作用の力だろうな…」

「反作用…?」

「開いた傷を塞ぐ、発せられる力を押さえ込む…この世界に於いては珍しい力だ‥」





ゆらり、と北森が顔を上げた。

目が合っただけで身体が竦みそうになる。

逃げ出してしまいそうになる身体を叱責して、瑞樹は真っ直ぐ北森に視線を合わせた。





「まずは、お前からだ…」

「北森!やめろ!!!」





北森の手が自分へと真っ直ぐ向けられる。

狩谷が動くより先に、北森の掌が光る。

放たれた光が瑞樹の身体を一瞬にして飲み込んだ。



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