31:最後の守護者
少し残酷な表現アリ
襖越しに聞こえた会話。
どうやら先程より瑞樹の様子は落ち着いているかのようだった。
狩谷は詰めていた息を吐き出しその場から離れた。
向かうのは神社の裏手にある庭。
岡野が戦った場所だ。
充満していた血の匂いは大分と薄れてきている。
地面に広がっていた赤色も時間の経過と共に茶色く変色していた。
狩谷はその場で掌を身体の前で合わせた。
目を閉じ、そして念じる。
空が薄く翳る。
間もなく雨が降り出した。
降り注ぐ雨粒が地面に広がる血を洗い流す。
徐々に地面から色が消えていく。
それを確認してから、狩谷は漸く合わせていた掌を解いた。
その時、少し離れた位置で水が撥ねる音がした。
予感していた事とはいえ些か早い登場だ。
狩谷は鼓動が早くなるのを感じた。
濡れた前髪から覗く冷たい眼が真っ直ぐ狩谷を射抜いていた。
血の気の無い口元が笑みを形取る。
「馬渡怜王…」
「お前は血、嫌いか?」
「好きな奴なんているのか?」
綺麗な笑顔が酷く歪んで見えた。
狩谷が今まで対峙してきた他の守護者達とは明らかに違う。
本当に狂った人間が見せる笑顔だ。
「半分同感。俺は自分で流させた血は好きだ。」
「悪趣味な野郎だ…」
細い指が真っ直ぐ狩谷の胸元へ突きつけられる。
「だから、お前も細切れになって死ねよ…」
「お前も…?」
「此処で死んだ奴らと同じ様に、だよ。」
ざわり、と嫌な感覚が走る。
狩谷の漆黒の瞳が怜王を睨みつけた。
その身体には蛇の様な水流が纏わりついて怜王を威嚇している。
まるでその怒りを表しているかのようだ。
「良い殺気だぜ…狩谷裕之。」
「…」
「お互い最後の守護者だ。楽しんでやろうぜ。」
怜王が大きく手を広げる。
その手から蜘蛛の巣のように糸が発せられていく。
ランダムに張り巡らせられた糸が2人を囲んだ。
迂闊に動けばそれだけで怪我する。
その時、怜王が何か思い出したかのように口を開いた。
「そうだ、お前…この世界の矛盾には気がついてるか?」
「矛盾…?」
「はっ。聞くだけ無駄か…」
「何のことだ…?」
「俺に勝てたら教えてやるよ。その可能性は0だけどな…!」
その言葉と同時に怜王が動いた。
地面を蹴り宙を舞う。
その手には白い鞭が握られていた。
不規則な動きで振り下ろされる鞭を狩谷は横に飛んでかわした。
すぐさま狩谷も武器を召還する。
蛇の様だった水流が真っ直ぐと伸び、狩谷の手の中に納まった。
「三節棍か…脆弱な武器だな」
「!」
一度怜王が腕を振る。
白い鞭が狩谷の三節棍へ絡みついた。
奪われまいと力をこめて狩谷は三節棍を握り締める。
お互いの力が均衡し、二人の動きが止まった。
その瞬間を見計らい狩谷が三節棍を分解させた。
突然引力を失った怜王がバランスを崩す。
出来た隙をつくように再び狩谷が三節棍を組み立てようとしたとき、怜王が不敵に微笑んだ。
「功と戦った時と同じパターンじゃねぇか。」
「くっ!」
再び一本に戻ろうとする三節棍の接合部分に怜王の鞭が巻き付く。
それを怜王が引っ張った。
ばきり、と嫌な音を立てて接合部の鎖が軋む。
「この鞭は、糸を束ねて作られたもんだ。この位の鎖なら簡単に切れるぜ?」
怜王が言い終わった瞬間、狩谷の三節棍の鎖が切れ一節が弾け飛ぶ。
まるでヌンチャクの様になってしまった武器を狩谷は握り締めた。
「武器がなくなったな。どうする?」
「いいや。無くなってなんかいないさ。」
二節になったそれの片方を握り、狩谷は手首を回した。
扱いなれた手つきで、その動作を繰り返す。
すると振り回されている方の節を中心に水の渦が巻き起こった。
「これも結構扱いやすい…」
「くっ!」
狩谷が腕を振るうと、ひゅ、と鋭く空を切る音が響く。
次の瞬間には怜王の頬が裂け、血が流れ出した。
息つく暇も無く、今度は怜王の側頭部目掛けてヌンチャクになった武器を振り下ろす。
「っ!」
真横に吹っ飛ばされ、怜王の身体は地面を滑った。
倒れたまま動かない怜王。
すると怜王の頭上から糸が伸びてきてその手足に絡みつく。
まるでマリオネットの様にその身体が持ち上げられた。
「結構、やるじゃん…」
糸に助けられ立ち上がった怜王はにやり、と笑った。
言い様のない感覚が狩谷の身体を襲う。
まるで津波が来る前の、防波堤に立っているかのような不安感。
「せめて10分は持ちこたえろよ?」
「っ!」
「じゃねぇと、俺が楽しめねぇ…」
ぶわり、と見えない力の波が狩谷の身体を通り抜ける。
油断すればそれだけで倒れてしまいそうだ。
狩谷は腹に力を入れ、それに耐える。
「行くぜ…!」
白い鞭が空気を切り裂く。
避けようと足に力を入れるが動かない。
見えない力に押さえつけられているかのようだ。
このままでは確実に致命傷を負う。
怜王の鞭は真っ直ぐ狩谷の首を狙って振り下ろされているのだから。
手段を選んでいる時間は無い。
狩谷は自らの左足を、ヌンチャクで殴りつけた。
(動け…!)
激痛と共に狩谷の身体に感覚が戻る。
動く方の右足で地面を蹴り、辛うじて鞭から逃れた。
鞭の先は狩谷の肩を掠めて地面にめり込んだ。
「痛みで誤魔化すとはな…恐れ入ったぜ。」
怜王は地面から鞭を引き上げる。
白い蛇の様にそれはくねり、怜王の手の中に戻った。
感じる違和感。
狩谷は痛む左足を引き摺り怜王を睨み付けた。
「お前の属性は…何だ?」
「んなもん馬鹿正直に教えるわけねーだろ?」
恐らく怜王の守護者としての属性は『糸』ではない。
何が、かは分からないが何かが違うのだ。
「ま、着眼点は良いんじゃね?そうすりゃお前も気付くはずさ。けど…」
怜王の鞭がしなる。
また先程と同じ様に狩谷の足が動かなくなった。
「お喋りも飽きた…そろそろくたばれ。」
怜王の目の色が変わる。
血の様な赤色へ。
そして次の瞬間。
「!!!」
狩谷の身体を下から無数の糸が貫いた。
痛みに声を出すことすら出来ない。
糸が通された場所から血が噴出す。
白いシャツが見る見るうちに真っ赤に染まっていった。
「ははは!やっぱ良いな、人を壊す瞬間ってよ…!」
「か、はっ、…」
「ゾクゾクする…」
ぺろり、と標本の様に吊るされた狩谷の頬を流れる血を怜王が舐め取る。
痛みに狩谷は顔を顰めた。
そんな狩谷の耳元で怜王は囁くように言葉を紡ぐ。
「この糸は徐々に外側へ引かれていく。全て引かれれば、バラバラになって終わりだ。」
「くっ、そ…」
「まだそんな眼が出来るんだな。」
楽しげに怜王が狩谷の頬を撫でて離れた。
少し、糸が外側へと動く。
「っ、あああぁっ!」
激痛が走る。
文字通り、内側から身を裂かれているのだから無理も無い。
狩谷の悲鳴を聞きながら怜王は踵を返した。
「だいたい30分ってとこだな。抜け出せるもんなら足掻いてみな。」
その言葉を最後に、怜王の姿は狩谷の視界から消えた。




