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FIVE  作者: AkIrA
30/42

30:過去(仙崎直)

BL表現アリ!

「直…」



心配そうな表情を見せる北森を、軽く目線で制すると直は口を開いた。




「僕の両親は、僕が幼い頃離婚したんだ。」

「離婚…」

「うん。でも…とっても良い家族だったんだよ。」




直が昔を思い出すかのように、目を伏せた。



















原因は父親の浮気。

2人は何日にも渡る喧嘩と話し合いを繰り返し、ついに離婚へと至った。




『おかあさん…おとうさんは…?』

『直、ごめんね…おとうさんはもう居ないの…』




母親の長い髪の毛が直の頬に当たる。

幼い直は母親の言う意味が分からず、ただその泣き顔を見上げることしか出来なかった。


泣きながら『ごめんね』と繰り返す母親。

幼いながら直の心にその涙は深く刻み込まれた。

これからは自分がこの母親を護っていかなければいけない、と。



時は流れ直は小学生になった。

2人きりの生活にも徐々に慣れ、母親にも笑顔が戻ってきた。

寂しさはやはり拭いきれなかったけれど、そこそこ幸せな生活を送っていた。



そして直が六年生になった頃…




『直、おかあさんね…再婚しようと思うの…』

『さいこん…?』

『あたらしいお父さんをね、直に紹介したいなぁって。』



突然決まった母親の再婚。

後日母親が連れてきたのは、40才にしては若い見た目の男性。



『よろしくね、直君』



差し出された大きな手。

しかし直は素直にそれを受け入れることが出来なかった。

向けられる笑顔に、何処か薄暗いものを感じたから…



『直?』

『なんでもないよ!よろしくお願いします!』




不安を押し隠し、直は手を差し出した。





『直君は、可愛いね…女の子みたいだ。』

『っ…!!』




下卑た笑い方に背筋が寒くなる。

握り返された手は、きついほど直の手を締め上げる。


しかし、母親の手前という事もあり露骨に嫌な顔は出来ない。

直はじとりと纏わりつくかのような不快感を必死で押し込め笑顔を作ってその場をやり過ごした。












直の感じた不安は正しかった。

義父は徐々に本性を現し始めたのだ。

母親が居ない時を見計らい、義父は直へと近づいてきた。


最初は手や肩に軽く触れてくるだけだった。

それは徐々に、過度なスキンシップへと変わっていく。



結果、直は家に居ることに苦痛を感じ始めた。

幼馴染である北森がその異変に気付くのはそう時間は掛からなかった。

母親のため、と毎日真っ直ぐ帰っていた直が寄り道ばかりするようになったのだから。





『どうした?』

『…新しい父さんさ…何か変なんだ…』

『変…?』

『‥、っ…ぅ、』




突然泣き出した直。

北森は戸惑いながらもその頭に手を伸ばし、そっと撫でた。

何度もその動作を繰り返し、直が泣き止んだのは日が完全に落ちてしまってからだった。





『ごめ…んね、』

『謝らなくていい…どうした…?』

『アイツさ…僕の身体に…』





直の身体が震える。

それを感じた北森はその肩をそっと引き寄せた。




『身体に…触ってくるんだ…』

『な…』

『一度や二度じゃない!!母さんが居ない時を狙って何度も…!このままじゃ僕…何時かアイツに!!』




直の告白に北森は息を呑んだ。

まさか自分の大切な幼馴染がそんな危険な目に合わされていようとは思いもしなかった。




『僕…どんどん汚くなってくよ…』

『おばさんには…言える訳ない…よな』




こくり、と直が頷く。

直が母親の事をどれほど大事に思っているか、それは北森が一番良く知っていたから。

そんな直の気持ちを逆手に取ったかのような義父の行動が北森は許せなかった。




『…俺が、何とかしてやる…』

『何するつもり…?』

『あの男を…殺してやる…』




直の目が大きく見開かれる。

そして次の瞬間、北森の頬に鋭い痛みが走った。

直の平手で打たれたのだ。




『直…』

『僕は…透にそんな事をしてもらうために話したんじゃない…!透まで巻き込みたくない!僕はただ…』




悲痛な叫びが北森の心を締め付ける。

最後まで聞く事が出来ず、北森は直の身体を自分へと強く引き付けた。




『直…!』

『透…』

『もう、良い…』




小さく震え続けるその身体を北森は強く抱き締める。

それしか出来ない事がとても歯痒くて。




『直…辛くなったら…何時でも来い…』

『透…』

『お前が…泣きたくなったとき…傍に居るから…』

『ありがとう…』




にこり、と直が微笑む。

その姿が単なる強がりだという事は直ぐに分かった。


しかし北森が何か行動を起こすことを直は望んでいない。

だから見ていることしか出来なかった。


直が、傷つき絶望していく姿を…





そしてその日は唐突に訪れた。










中学校に進学して間もない頃。

夜中の0時過ぎに直が北森の家へ飛び込んできたのだ。


学ランのボタンはほぼ全て弾け飛んでいて。

白い頬には殴られた痣。

袖の隙間から見える手首には縛られたかのような、鬱血痕がくっきりと浮かび上がっていた。



『はは…ついに、やられちゃった…』

『な、お…』

『ばかみたいだよね…まさか、義理のとは言え…お父さんに、こんな事…』



力なく笑うその顔は全てに絶望していた。

北森はそっとその身体を引き寄せる。



『直…』

『ッ…ぅ…ああ…』

『大丈夫…怖くない…』



汗と涙で縺れてしまった髪を優しく指で梳く。

もうこれ以上の絶望を、直に味わわせないように。



『もう、大丈夫…』

『っ…』

『これから先、何があろうとも…俺がお前を守るから…』



元々、体格差のある所為で直の身体は北森の腕の中にすっぽりと納まった。

涙が肩口を濡らしていくのを感じながら、北森は直を掻き抱く腕に力を込めた。
































「それから、透は文字通り僕をずっと護ってくれた。」



ちらり、と直は北森へ視線を向ける。


例えば直が道すがら不良に絡まれたとき。

暴漢に襲われそうになったとき。

それらを全て、あっさりと退けてみせた。




「嬉しかったよ…でも同時に辛かった…だって…」



直が苦しげな表情をみせる。



「僕を護ろうとする度、透の手が汚れていくから…」



陸上部のエースである北森にとって喧嘩は御法度だ。

しかしそんな事すらどうでも良いというように、北森は直を護る為なら平気で拳を振るった。

その姿を見る度、直の心は酷く傷んだ。



「僕がもっと強ければって…何百回、何千回思った…でも全然駄目で…」



強くなりたい、どれだけそう願おうとも持って生まれた体格はどうしようもなくて。

力をつけようと身体を鍛えても、対格差のある相手にはあっさり押さえ込まれてしまう。

直はそれをとても歯痒く思っていた。




「僕は結局透のお荷物にしかなってない…」




伏せられた直の瞳から涙が零れ落ちた。

瑞樹が思わず一歩踏み出す。

しかし、それより先に大きな影が動いていた。



大きな掌が直の頬を包み、涙を拭う。

直が顔を上げると、苦しげに眉を顰める北森が其処には立っていた。




「…俺は、言葉が少ない…」

「…透…?」

「それでも、お前は俺の心を分かってくれる。俺にとって無二の存在なんだ…」



決して大きくは無い声音。

しかしその言葉は重く、静かに響く。



「お前を厄介だなんて思ったことも、自分が汚れたなんて思ったことも一度も無い。」



大きな掌から頬に暖かさが伝わる。

止まらない涙を拭い続けながらも、北森はしっかりと言葉を続けた。



「直…俺にはお前が必要なんだ。」

「透…」

「だから、俺が汚れるとか、自分が荷物になるとか言うな…俺が、お前と居たいんだ…」



不器用な言葉が直の心に沁みていく。

突っぱねていた気持ちが、今なら素直になれるような気がした。



「ごめんね…透、ごめ…」

「何故謝る…?」

「僕も…好きだよ…ずっと前から、透の事…」



それはずっと感じていた(わだかま)り。

男に犯された自分が持ってはいけないと思っていた感情。



「僕は汚いから…僕が透を好きだなんて言ったら、透まで汚れる気がしてたんだ…」

「俺も同じ事を思っていた…」

「何か、馬鹿みたいだね…僕達」

「ああ…」



真っ赤になった目を拭いながら直は笑う。

その笑顔は何処か晴れ晴れとして見えた。



「ごめんね、蓮ちゃん…嫌な話聞かせちゃってさ!」

「そんな事思ってない!聞けて…良かった。」



瑞樹の言葉に直は首を傾げる。

それに答えるかのように瑞樹が口を開いた。



「直君の気持ちも、北森君の気持ちもとても綺麗なんだなって…」

「え…」



直が少し表情に戸惑いを浮かべる。

まさか『綺麗』だなんて言われるとは思っていなかったから。

それは北森も同じだったようで、怪訝な表情を作る。

瑞樹はそんな2人を交互に見遣ってから、ふわりと微笑んだ。




「お互いがお互いをずっと大切に思ってきたんだな、って…それって凄いことだと思うんだ。」

「そんな風に、言われると思わなかった…」




北森が口元を少しだけ引き上げ、笑った。


そして…




「ありがとう、蓮。」





初めて名を呼ばれたことよりも。

初めて北森が見せた柔らかな表情に、瑞樹は思わず息を呑んだ。


しかし直ぐにこみ上げて来たのは安堵の気持ち。

もうこの2人は大丈夫だ、という確信。





「どういたしまして。」





この後に待ち受ける運命がどんなに厳しいものだとしても。

今は笑っていたいと。



3人とも同じ事を思っていた。



その考えを確認するかのように、視線が絡む。

3人はお互い顔を見合わせてもう一度笑い合った。


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