25:親友
「まだ、帰ってこない…?」
「…でもまさか、霧矢に限ってそないなこと…」
暗い部屋の中。
大き目のソファに腰掛けている八神と怜王、その前に明鈴が立っていた。
八神は顎に手をやり、考えるような仕草をとる。
「…功や凛子はともかく、霧矢がやられたとなると…此方もちょっと考えないといけませんね…」
「次、俺行こうか?」
怜王が隣に座る八神を見上げる。
しかし八神はそんな怜王の髪に指を通すとそっと撫でた。
「…怜王はそんな事しなくて良いんですよ。」
「はぁ?んな事言ってられっかよ、残ってる守護者は俺と明鈴しか居ねぇのに。」
くだ巻く怜王を横から更に抱き締めるとその肩口に八神は顔を埋めた。
その仕草に明鈴が溜息を吐き出す。
「じゃあ、うちが行くわボス。」
これ以上は埒が明かない。
八神は怜王に戦闘させたく無いと考えている。
怜王は自分が行くと言って聞かない。
丸く治めるにはこれしかないだろう。
「霧矢達も拾えたら連れて帰ってきたる。」
「頼もしいですね…お願いして良いですか?」
「当たり前やん。つーか、ボスは怜王を戦わせる気、無いんやろ?それがアンタの望みやから…」
明鈴の言葉に八神の目つきが俄かに鋭くなる。
冷たい相貌に見据えられて、明鈴は小さく息を呑んだ。
「余計なお喋りは感心しませんよ。」
頬を走る痛み。
つっ、と血が流れて明鈴の頬から首元にかけて伝った。
明鈴はそれを軽く拭うと、指先についた血を舐め取った。
「ごめんな、ボス。じゃ、行くわ」
「気をつけて…」
部屋のドアの前で立ち止まると明鈴は振り返った。
「あぁ、ボス…思っても無い事、言わんでええですよ。」
そう吐き捨てると明鈴は部屋を出て行った。
「居た?」
首を振る狩谷に瑞樹は俯く。
彼是、一時間ほど探しているが一向に水無瀬の姿は見えない。
その時遠くから走ってくる岡野と翡翠の姿が見えた。
「瑞樹!!」
「キヨ君…翡翠さん!水無瀬君、居た??」
「いや…居なかった…」
合流した4人は肩を落とす。
瑞樹は無意識に耳に嵌る水無瀬のピアスに触れた。
翡翠が守護者の波動を追っていたが、それも途切れてしまい正確な位置を特定できずに居る状態だ。
「ヒロ君、何か心当たりはない…?」
「心当たりなんて…」
思い当たらない。
そう続けようとしたとき、狩谷はふと動きを止めた。
「もしかして…」
不意に走り出した狩谷。
3人は慌ててその後を追った。
5分ほど全力疾走した後、辿り付いたのは広い公園。
そこは昔2人がよく遊んでいた公園だ。
その中心に倒れている水無瀬と霧矢の姿を認め、狩谷は慌ててそこに駆け寄った。
「晋!!」
返事は無い。
顔は殴られた痕が有り腫れ上がっている。
口や鼻から流れ出たのだろうか、顔を汚す血。
体にも何かで貫かれたかのような傷がたくさん見て取れる。
口元に耳を持っていくと、小さく弱々しい呼吸が聞こえた。
「瑞樹!頼む…!」
「分かった!」
水無瀬の横に膝を付き、瑞樹は重ねた両手をそっと翳した。
淡い光が水無瀬を包む。
顔の傷や腹の傷はゆるゆると塞がっていく。
しかし水無瀬の意識が戻るには至らなかった。
「晋…」
開かない瞳。
狩谷はぐったりとしているその体を抱き締めた。
動かない体を、きつく。
「ヒロ君…」
2人に手を伸ばす。
数瞬、戸惑ってから瑞樹はそれを下ろした。
瑞樹の力では傷を塞ぐことは出来ても、それ以上の事は出来ないのだ。
「取り敢えず運ぼう!」
俯いて水無瀬を抱えたまま動かない狩谷を岡野が促す。
岡野の声に狩谷は下を向いたまま頷くと腕を回し水無瀬を肩に担いだ。
そのままずるずると引きずるように水無瀬を運ぶ。
見かねた岡野が反対側から水無瀬を支えた。
「しっかりしろよ!お前が支えてやらないと駄目だろうが!」
「岡野…」
「ほら、運ぶぞ!」
「…あぁ、」
狩谷は水無瀬を掴む手に力を込めた。
岡野はそんな狩谷に笑って見せると、ゆっくり足を前へ進めた。
そんな2人を尻目に今度は瑞樹がしゃがみこむ。
「ミズキ、何してんだよ!」
翡翠が振り返り、呼びかける。
そこには倒れている霧矢の傷を治す瑞樹の姿があった。
「そいつは敵だよ…?」
「わかってる!…でも、放っておけないよ…」
掌を霧矢に翳す瑞樹。
岡野と狩谷はそんな瑞樹を振り返り、口元に小さく笑みを浮かべた。
翡翠もそんな光景を見て、諦めたように溜息を吐き出す。
「わかったよ…コイツは俺が運ぶ…」
「ありがとう、翡翠さん…」
そうして4人は倒れていた2人を抱え、神社へと急いだ。
「どう?」
岡野の問いかけに狩谷が首を横にふる。
依然として水無瀬と霧矢の意識は戻らないままだ。
付きっきりで看病する狩谷の表情にも僅かに疲れの色が見えた。
「なぁ、狩谷…」
「何?」
狩谷の隣に岡野が腰を下ろす。
畳がギシリと軋んだ。
「お前は…何時もさ、言いたい事言わないよな」
突然、岡野が話を切り出した。
真意が見えず、狩谷は顔をしかめる。
「一歩引いて物事見てる、っつーかさ…何か遠慮してるようなさ…」
「何が言いたいんだよ…?」
「あぁ、ゴメン。意味わかんねぇよな…」
自分の言葉足らずに気付き、岡野は苦笑いを浮かべた。
そして、立てた膝の上に額を押し付けて暫く悩んでいるかのような素振りを見せる。
しかし暫くそうしていた岡野が、覚悟を決めたかのように顔を上げた。
「俺、瑞樹の事が好きだ。」
「んな事分かってるって、改めて言わなくても…」
「お前も、そうなんだろ?」
言い終わる前に重ねられた言葉。
それに狩谷は目を見開いた。
嫌な沈黙が流れる。
「隠すなよ、俺が気付かないわけないだろ…?」
「何…を…」
「瑞樹やお前の一番近くにいたのは、他でもない俺なんだから。」
吹っ切れたかのように、言葉を重ねる岡野に淀みは全くなかった。
何時もの物腰の優しささえ今の岡野からは感じられない。
「別に構わないんだ。お前が瑞樹の事好きでも…」
「岡野‥」
「それでも俺達が親友なのは変わらない、だろ?」
隠される方が傷つく、そう続けると岡野は顔を俯けた。
狩谷は小さく唇を噛み、そんな岡野から視線を外した。
そして、ふと噛んだ唇を解いた狩谷の口から言葉が発せられた。
「瑞樹は…特別だ…」
「狩…」
「ただ、それが恋愛対象として好きかどうかって聞かれたら…正直分かんねぇ…」
それは、狩谷の幼馴染である水無瀬も感じ取っていたところかもしれない。
瑞樹の耳に嵌っていたピアスを見たとき狩谷は漠然と思った。
眠る幼馴染の額に掛かる髪をそっと撫で、目を閉じた。
「でも、アイツは俺にとって大切な存在だ。」
言い切った狩谷を岡野は真っ直ぐ見つめる。
視線が絡み、暫しの沈黙が流れた。
その沈黙を破るかのように突然岡野がにっ、と口角を上げた。
「あー、すっきりした!」
一つ伸びをすると、岡野は狩谷の肩に手を掛け立ち上がる。
その表情は先程とは打って変わって晴れ晴れとしていた。
「お前とはずっと友達で居たいからさ。こんな事でギクシャクしたくないんだよな。」
「…そうだな」
「負けないから。」
「あぁ。」
岡野が握った拳を突き出した。
同じ様に握った拳を狩谷は軽くそれにぶつけた。
「じゃ、俺戻るわ。相手の出方も気になるし。」
「おぅ。」
「また2人が目、覚ましたら教えて。」
「わかった。」
そう言い残し岡野は部屋を出て行く。
狩谷はそれを確認すると、再び水無瀬へと視線を戻した。
それが最期の会話になるなんて、その時の2人は思ってもいなかった。




