18:襲撃−2
BL要素有り
「直君!!」
瑞樹が叫ぶ。
糸越しに駆け寄ろうとした瑞樹の動きは直ぐに遮られた。
手足に絡む白い糸が瑞樹の体の自由を奪った。
それでも手を伸ばす瑞樹へ直も手を伸ばした。
「蓮…ちゃん…」
(痛い。それに熱い。お腹の中から燃えているみたいだ。)
何処か冷静に事を分析している自分が居る事に直は自嘲した。
「直!!」
今度は北森の叫び声。
あぁ、そんな焦った顔見るの初めてだなぁ、なんてどうでも良いことを直は考えていた。
下に視線を落とせば腹から突き出た刃。
流れ出す血液。
(痛い…)
「キミも…痛い…?」
刃を突き立ててる凛子を首だけ動かして振り返る。
もう涙を流してはいなかったが、やはりその頬には涙の痕があった。
「痛い…よね、当然だ…」
凪は功と凛子とは恋人関係にあると言っていた。
なら彼女は今一体どういう気持ちなのだろうか…
好きな人が隣で自らを切りつけ血を流していて。
それなのに何も出来なくて。
ただ戦うことしか出来なくて…
「泣いて良いよ…」
ぐっ、と腹に入っている刀が動いた。
内臓を焼かれる痛みに目が眩む。
未だ背中から腹にかけて貫通している刃を直はそっと握った。
息を僅かに詰めた直を見かねて北森が一歩を踏み出す。
しかし直がそれを首を振って制止した。
「直…」
「透、大丈夫だから…」
氷をイメージして目を閉じる。
刃を傷ごと凍らせるイメージだ。
これなら抜くことはおろか動かすことすら出来ない。
「大丈夫…泣かないで…」
凛子は抜けなくなった薙刀を揺すっていたが直ぐ諦めた。
直の声なんて全く聞こえてないようだ。
否、聞こえないようにしてるように直の目には映った。
次の瞬間急に、熱が伝導したように再び薙刀が熱を持ち始めた。
凍らせた傷口が溶け出していく。
痛みと共に再び血が垂れ流れた。
「黙って…見てられるか…」
「透!」
鬼の様な形相で歯を食いしばっている北森。
何時も無表情の透がそれほどまでに取り乱しているという事実が直には嬉しかった。
しかし今は喜んでいる場合ではない。
今にも凛子を攻撃しそうな北森をもう一度直は制止した。
「透はそっちの彼の動きをちゃんと見てて…」
「でも…」
「大丈夫、大丈夫だから…僕を信じて…」
それしか言えない。
言えないけど、信じて欲しい。
そんな想いを込めて北森を真っ直ぐ直は見つめた。
そして再び直が体内に収まる熱源を凍らせる事に意識を集中させた、その時…
「な…で…」
「!」
背後から途切れ途切れの言葉が直の耳に届いた。
それは無論凛子のものだろう。
細く、苦しげに、吐き出されていく言葉。
「なん…で…こ‥う…を、た…おし…た…」
「狩谷君と、透だね…?」
「それ…さ‥え、な…け、れ…ば…」
それさえなければ…?
北森達が勝たなければ、という事だろう。
その意味を理解した直は、きつく唇を噛み締めた。
「そんなの、無理だよ…」
「…」
「君が彼を失いたく無いように、僕だって透を失いたくない。」
ずっと昔から、直は北森にに恋焦がれてきた。
勿論男同士なのだから普通に恋愛なんて出来るはずも無い。
だから直はその想いをずっと飲み込んで、北森に一番近しい存在でいる事に甘んじてきた。
しかしこの世界に来て、傷つき命の危機に曝される北森を見て直は自分の気持ちを理解した。
「僕だって、透が好きなんだ…」
それは諦めようと飲み込んできた想い。
でも心の中では全然諦める事なんて出来なかった想い。
「君が彼を好きなように…僕だって透を愛してる…」
「あ…い…」
キスしたり抱き合ったりとか、そんな風に北森とどうこうなりたい訳ではない。
ただこれから先、どれだけ年月を重ねてもずっと隣にいて欲しいと願った。
共に笑って生きて、そして年を取って一緒に死ねたなら…
それが直の素直な気持ちだった。
「僕はただ、透と生きたい…」
言い終わると同時に直は薙刀の刃から手を離した。
すると直ぐに氷は溶けて無くなる。
腹の中から響く痛みを堪え、直は足を踏ん張って身体を前に進めた。
痛みで竦みそうになる足。
「っ、ぅあぁっ!」
叫ぶことで勢いをつけて。
殆ど無理矢理直は薙刀から身体を引き抜いた。
引き抜いたとほぼ同時に自らの手で腹の傷を凍らせる。
傷口を凍結させることで出血を防ぐ為だ。
冷たさの所為で麻痺した痛みのおかげで意識を飛ばすことも無かった。
直は振り返り、もう一度薙刀を構え続ける凛子へ視線を向ける。
「僕は…っ、透と、生きるために戦う…」
「…」
「君は、何のために戦ってるの…?」
恋人のため、自分のため…
理由があるならそれなら全然構わないと直は思う。
けれど、今の彼女達はどうしても無理矢理戦わされているようにしか見えないのだ。
糸の檻の向こう側にいる、あの銀髪の男に。
凛子の形の良い唇が開いた。
「ぁ…あ、…コ…ウ…」
恋人の名を必死で呼ぶ。
黒曜石の様な瞳に映し出されているのは、失血により足元の覚束ない男の姿。
視線の先に居る功は手首だけでなく、腹の当たりも紅く染まってきていた。
きっと北森達と戦った時に負った傷だろう。
「…助…ケ…た…ぃ」
必死に搾り出す声は掠れて苦しげだ。
彼女が流す涙がはっきりと直には見えた。
それを見た瞬間…
直の体は勝手にボウガンを構え、功に向かって氷の矢を撃ち放っていた。
がくん、と功の手が後に跳ね上がったのが見えた。
もう一発、今度は紅く染まっている腹を目掛けて矢を放つ。
すると男の動きは完全にそこで停止した。
「それで取り敢えず止血出来たでしょ…?」
「あぁ…」
功が前のめりに倒れる。
その体を功の前にいた北森が駆け寄り受け止めた。
手首と腹、両方は直の氷により凍結されて出血も止まっていた。
抱き止めた北森を攻撃しようと、功の手が一度動いたがそのまま力なくだらりと下がった。
出血は止まったとはいえ、功の体は既に限界だったようだ。
「君も、これで戦う理由は無いんじゃない…?」
涙を流していた凛子を直が振り返る。
しかし凛子の表情はまた先程のような無表情に戻っていた。
手にした薙刀を振りかざし、直へ切っ先を向ける。
「そんなに…甘くは無い、か…」
糸で区切られた外の世界で笑っている霧矢。
こんな回りくどい事をしてまで、自分達を戦わせようと仕向けた男がこのまま黙って引き下がるわけは無いだろう。
功は初めから使い物にならない状態で動かされていた。
途中で力尽きるのは霧矢の予測範疇内だったのだろう。
ならば動ける凛子を利用するのは目に見えている。
どのような方法で、霧矢という男が凛子を操っているのかさえ分かれば…
直は霧矢を再び睨み付けた。
「怖い目だなぁ…可愛い顔が台無しだ。」
「うるさい!早くこの人の洗脳を解けよ!」
「洗脳?そんな事俺はしてないぜ?」
嘯く霧矢を睨む直の目つきは更に険しくなった。
言い合っているうちにも凛子は薙刀を振りかざし直へ襲い掛かる。
キン…!
金属同士のぶつかり合う音。
直へ突き刺された薙刀の刃を北森が大刀で受け止めたのだ。
「直…」
「分かった!」
全てを言わなくても、北森の言わんとすることが直には分かった。
両手を前方に突き出し、糸のドームへ翳す。
瞬時に立ち込めた冷気が徐々に糸を凍らせていく。
凍った部分へ今度は武器であるボウガンの矢を放った。
パリン…!
ぱらぱら、と穴が開いた部分から割れた氷の欠片が散って落ちた。
小さいながらも穴を開ける事が出来たのだ。
もう一度同じ様に直が構えた。
「残念。」
「っ!」
「穴が開いたら塞げば良い。」
する、と再び伸びた糸が開いた穴を塞いでしまう。
その修復が間に合わないほどの力が無ければ脱出は不可能ということだ。
自分の出せ得る力を全て出して、先程と同じ事をしようと直が腕を上げたその時だ。
「余計な真似すんじゃねぇよ、仙崎直…」
「!」
「それ以上するなら、白星の体がばらばらになるぜ?」
怜王の冷たい声。
両手足を拘束されている瑞樹の周りに糸が張り巡らされた。
人質をとられていてはどうすることも出来ない。
「お前らの相手は功と凛子だ。そいつらを倒さねぇ限り状況は変わらねぇぜ…?」
「そういうこと。」
「くっそ…」
相変わらず笑っている霧矢。
その姿と瑞樹とを見比べ、直は悔しさに奥歯を噛み締めた。




